寮長の心内

「キミの世界の人間たちはみな、キミみたいに能天気な者ばかりなのかい?」
図書室で調べ物をしているわたしのことをじいっと観察していたかと思えば、リドル寮長がそう言った。
「どういう意味ですか?」
「さきほどの言葉の通りさ。キミの世界では、キミみたいなひどく能天気で間の抜けた人間ばかりがいるのかと、そう聞いているんだ」
「そんな意地悪な質問には答えません」

図書室ではいたるところに空席があるというのに、彼はわたしを見つけると迷わず相席した。3冊ほどの分厚い本を手に持ったまま、「失礼、ご一緒してもいいかい」と涼しい顔で聞いてきたのだ。もちろん、わたしにNOと言う資格などないのだから、渋々頷いて見せた。

それで大人しく本を読んでくれているのならまだいい。しかし、彼は本を開いているのに、その視線は文字を追うのではなくわたしに釘づけだった。その視線に耐えかねて「なにか?」と聞くも、彼はにこやかに「いいや」と答えるだけ。正直、やりづらくて仕方がない。でも、彼はハーツラビュル寮の寮長だ。あっちに行け、こっちを見るな…と、わたしが彼に指図できる権限は1ミリもない。


話は戻って、わたしの調べ物はまだ半分も終わっていなかった。しかも、複数の本を行ったり来たりしながら目的の情報を探さなくてはいけないので、大変に骨が折れる。そしてそんなわたしの様子を、リドル寮長は楽しそうに眺めているのだった。

「そういえば、グリムが見当たらないね。彼はどこに行ったんだい?」
「さぁ…図書室に連れてこようとしたら逃げられました」
「ふふ、相変わらず手のかかるモンスターだね」
リドル寮長は頬杖をつきながら、柔らかく笑った。

これまで彼と接してきて分かったことがある。それはリドル寮長がわたしのことを、グリムと同じように”ちょっと珍しいモンスター”だと思っているのではないか、そういう目で見ているのではないか、ということだ。少なくとも自分と同じ人間としては見ていないだろう。
だから、先ほどのような失礼な発言を平気でするし、わたしに対して苛立ちを見せることも少ない。だってわたしは、ただの哀れな”モンスター”だから。モンスターに腹を立てたってしょうがないのだ。

「随分と課題が進んでいないようだけど、ボクが手伝ってあげようか?」
「なにか裏があるんですか?」
「…キミ、失礼なことをお言いだね。まあ、強いて言うならただの気まぐれな優しさだよ」
リドル寮長は手を伸ばし、課題が書かれたプリントを取り上げる。そして、上から下に目を通すと「なるほど」とつぶやいた。
「魔法薬学の課題か。懐かしいな、この薬草についてはボクもよく図書室に調べに来たっけ」
それから寮長は、わたしに向かって手を出した。
「ペンをお貸し」
「え?あっ、はい」
わたしが握っていたペンを手渡すと、彼はさらさらとなにかを書き込んでいく。どうやら、調べものである薬草や薬品といった項目名に印をつけて、分類をしているようだ。

「この丸印があるものはその本で。星印がついているものは、今キミが開いている本で調べられる。その他の項目はボクが請け合おう」
薬草名や薬品名を見ただけで、その情報がどの本に載っているのか分かるなんて、さすが学校一の秀才だ。わたしがボソボソとお礼を言うと、リドル寮長はニヤリと笑う。
「忙しいハーツラビュル寮の寮長であるこのボクが直々に手伝ってあげるんだから、もちろんお礼は弾むんだろうね?」
「お、お礼?」
「まさか、タダでボクを手伝わせようと思っているのかい?監督生」
勝手に手伝うと言い出したのは寮長じゃないか、と反論したい気持ちをグッと押さえる。
「まあ…わたしにできることがあるなら、なんでもおっしゃってください」
「うん、よろしい」
リドル寮長は満足気に微笑むと、わたしが積み上げた本の山から一冊を手に取る。そして、慣れた手つきで調べ物をはじめた。

+ + + + + + + + + + + + + + + + + +

寮長の助力はお世辞ではなく百人力だった。一人で調べ物を続けていたら夕食の時間も、下手したら寝る時間さえもなかっただろうが、彼のおかげで終わりのなかった課題があっという間に片付いてしまった。
「さ、あとはこの薬品だけだ。名前を間違いやすいから気をつけるんだよ」
リドル寮長は該当ページを開いた状態でわたしに本を差し出す。お礼を言って、本に書かれた情報を急いでプリントに書き込んだ。最後の一文字を書き終えたところで、思わず大きな溜息が漏れてしまう。

「キミの課題はこれで全部かい?」
「はい、寮長のおかげで今日中に終わらせることができました。ありがとうございます」
「なんといってもこのボクが手伝ったんだ、当然の結果だよ」
彼はツンと顎を上げ、澄ました表情で言った。
「ところで、こうしてキミの課題を手伝ってあげたのだから、約束通りボクの言うことを聞いてくれるよね?」
「あっ……そうですね、はい」
「よろしい。それじゃあ、キミの連絡先を教えてくれ」
「……えっ」
「連絡先、だよ。よくスマホを使ってエースたちと連絡を取っているだろう?その連絡先をボクにも教えるんだ」
「え、あの…今回のお礼って、それだけでいいんですか…?」
「ああ、そうさ」
そして、戸惑っているわたしを見て彼が薄く笑う。
「ふふ、ボクがもっと無茶なお願いをすると思ってたのかい?勘違いしないでほしいね。ボクは仲間想いで面倒見のいい、優しい優しい寮長だよ」
そうして彼は制服のポケットからスマホを取り出した。どうやら本当に、連絡先を求める以上のお願いをするつもりはないらしい。わたしは大人しく彼と連絡先を交換した。


わたしの連絡先をゲットしたリドル寮長は、目的を果たしたと言わんばかりにさっさと自寮に戻ってしまった。課題を手伝ってもらったお礼に連絡先を提供することは、わたしにとっては痛くも痒くもないことだが、正直彼に見合っていない対価だと思う。なのに、リドル寮長はえらくご満悦で帰っていった。

+ + + + + + + + + + + + + + + + + +

その夜、そろそろ寝ようとベッドに入ると、枕元でスマホが震えた。リドル寮長からのメッセージだった。
内容は課題の疲れを労う言葉や、魔法薬学の実験についてのアドバイスなど、他愛もないことだ。けれど、普段顔を合わせて話すときよりも、文章から伝わる彼の口調は優しいように思える。

当たり障りのないメッセージを返信し、布団にくるまりながら今日の図書室でのことをぼんやり考えていると、再びリドル寮長からメッセージが来る。また、他愛もない話だった。

そうして何度かメッセージをやり取りしているうちに、「キミは紅茶が好きか?」と聞かれる。たしかにコーヒーか紅茶でいえば、紅茶の方が好きなので、好きだと答えると「街に美味しい紅茶を提供する喫茶店があるから、もし興味があるのなら連れて行ってあげてもいい」と来る。

リドル寮長とお茶かぁ…話が続くかなぁ、と思いながら返信に思い悩んでいると、彼からもう一度メッセージが来た。画面をよく見たら、先ほどのメッセージは取り消されており、その代わり「街に美味しい紅茶を提供する喫茶店があるから、もし興味があるのなら一緒に行かないかい?」とわたしを誘う文章に変わっていた。いつも高圧的な言い回ししかしない彼が、文章を訂正するなんて珍しい。

とはいえ、わたしはその誘いに乗る勇気が起きなかったので「喫茶店ですか、まるでデートみたいですね(笑)」とYESともNOともつかない返信をした。すると、彼からのメッセージがピタリと途切れてしまった。
やはり怒ったのだろうか…と少し気にかかるも、謝りのメッセージを入れるのは違う気がする。だからそのまま返事を待ってみたものの、再びスマホが震えることはなかった。


メッセージのことは次に会ったとき謝ればいいや、と思い目を閉じる…そのときだった。枕元でスマホが震えた。もちろんリドル寮長からだ。

「デートのつもりなんだけど」
―――彼からのメッセージはこの一言だけだった。

画面の上部の時刻を見ると、もう深夜1時を回っている。あの規律にうるさいリドル寮長本人が、これほどにも夜更かししていることに驚く。(たしか、ハートの女王の法律はとても厳しいんじゃなかったっけ)それだけ返信メッセージに迷ってしまったのかもしれない。

「デートのつもりなんだけど」という文章を何度か読み返す。そのうちに、わたしはあることに気づいた。
普通人間はモンスターをデートに誘わない。ということは、リドル寮長はわたしを”ちょっと珍しいモンスター”とは思っていなかった?ちゃんと同じ”人間”として見ていた?だとすれば、彼がわたしにかけてくるあの柔らかい視線、穏やかな微笑み、それらすべてには”特別な意味”があったのではないか。


急な緊張により指先が震える。それでも文字を打った。わたしも彼への返信に随分と時間がかかってしまった。「喫茶店、ぜひ連れて行ってください」と送った文字の横に1:30と送信時刻が出る。そしてそのあとすぐに”既読”のマークがついた。



拍手