4.パーティーにて

放課後、運動着に着替えてハーツラビュル寮へ行くと、すぐにエースとデュースが出迎えてくれた。なぜか彼らもわたしと同じ運動着姿で、その理由を聞くと「寮長に着ろって言われたから」とエースが答えた。

わたしはまず、彼らにパーティー会場や薔薇の庭を案内される。とにかくパーティーの準備は毎回大忙しらしい。
「特にこの薔薇塗りがいつも大変でさぁ〜。正直監督生が来てくれて、オレらは超助かるよ」
エースがわたしに赤いペンキの入った缶をわたしながら言う。
「僕らは色変え魔法を使えるからまだいいが、監督生は手作業だからもっと大変だろう。無理はするなよ」
デュースがわたしのために脚立を立てながらそう言った。

赤いペンキのついた刷毛で薔薇を塗っていくその作業は、たしかにそこそこ大変な肉体労働だった。だけど、一緒に作業する仲間がいることは心強い。わたしは2人のクラスメイトと談笑しながら、薔薇の色塗り作業に励んだ。


右斜め上にある薔薇にペンキを塗ろうとしたときだった。脚立に乗せていた右足がずり落ち、わたしはガクンと体勢を崩す。どうやら脚立に垂れていたペンキで足を滑らせたらしい。「わっ」と小さく声を上げると、エースとデュースが同時にこちらを向き、目を見開いた。わたしはペンキをぶちまける自分の未来をほとんど受け入れながら、背中から倒れ落ちていった。

「おっと、キミは少しばかり注意散漫だね」
背中に温かさを感じ、恐る恐る振り返る。そこには思いのほか近くにリドル寮長の顔があり、彼はわたしの肩を抱くようにして体を支えてくれていた。
「ゆっくり降りるんだ」
そう言って手を貸しながら、妙なバランスで脚立に立っているわたしを降ろしてくれる。

「どうだい、進んでいるかい?」
彼がそう尋ねるとエースとデュースは慌ててかしこまる。突然登場した寮長に驚いているようだ。
「は、はい、ローズハート寮長!3人で塗っていたので、それなりに進んだかと…」
「ふむ、たしかに悪くないね」
リドル寮長はじっくりと薔薇の木々を見渡した。
「じゃあ2人は引き続き薔薇塗りを続けてくれ。ボクは少し…彼女を借りるよ」
そう言って寮長は、ついてくるように、とわたしに目配せした。

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リドル寮長は目的地に向かう道すがら「キミは随分とやんちゃな子なんだね…」と言いながら、わたしの顔や運動着についたペンキを魔法で拭い取ってくれた。実践魔法が得意だと、こういうときに役立つのだなと感心してしまう。

彼とやって来たのは、ハーツラビュル寮の談話室だった。彼はわたしをソファに座らせると、すぐに膨大な量の書類や分厚いファイル、そして温かい紅茶を持ってくる。

「急で申し訳ないんだけど、キミにはパーティーの準備ではなくボクの仕事を手伝ってほしくてね」
「だけど…他寮の人間であるわたしが手伝っていいんでしょうか。大事な仕事なんじゃ?」
「少々面倒というだけで、いたってシンプルな仕事だ。だからキミの手を借りても問題ない。……それに、エースたちのような大雑把な人間には頼みたくないんだ」
彼に頼まれた仕事は、グループごとに分けられた書類の順番をルールに沿って揃えていくものだった。

指示通り、書類を並べ替えることに集中していると、リドル寮長がポツリポツリとわたしに質問をはじめる。好きなケーキや紅茶など、食べ物の好みを中心に質問された。しかも質問する割に話が広がるわけではないので、さながら質疑応答のようだ。そうして最後まで書類の整理をし終え頃には、リドル寮長は大変満足した表情になっていた。

「見上げたものだね、なかなか仕事が早くて助かったよ」
綺麗に片付いた書類の山を見下ろしながら、彼は優雅に紅茶を啜る。
「何かお礼をしたいんだが……そうだ」
リドル寮長は立ち上がると、キッチンの方に消えていく。そしてラッピングされたお菓子を持って戻って来た。
「これ、トレイが作ったものなんだ。彼が作ったお菓子は美味しいよ、よければキミに」
透明の袋の中には、茶葉が練り込まれたクッキーや、チョコチップ入りのマフィンが入っている。これはグリムに横取りされないようにしなくては…と思いつつも、頬がゆるむ。
「ありがとうございます。またいつでも仕事手伝いますよ」
「それはお菓子がほしいから?キミって現金な奴だね」
寮長が器用に片眉を上げながらそう言った。

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そうして迎えた”なんでもない日のパーティー”は、思ったよりも派手で賑やかなものだった。会場には楽しい音楽が流れ、テーブルには美味しい食べ物や飲み物が所狭しと並んでいる。誰もが楽しそうな笑顔を浮かべていた。

もちろんわたしも楽しかった。先日リドル寮長から質問されたときに答えた、わたしの好きなケーキや紅茶が並んでいたし、エースやデュースがいるおかげでヘマをすることもなかった。けれど、慣れないパーティーという場に、わたしはだんだん疲れていく。「お手洗いに行く」と告げてその場を離れたあと、わたしは何となく薔薇の庭に足を向けた。

赤く色づいた薔薇をふらふらと見て回っていると、背後から芝生を踏みしめる柔らかい音が近づいてきた止まった。
「パーティーはお嫌いかい?」
音のした方を見ると、リドル寮長が腰に手を当ててこちらを見ていた。特徴的な寮服姿の彼はいつもに増して威厳がある。そんな彼に少しだけ圧倒されながら、わたしは繕ったような笑みを浮かべた。
「すみません、ああいう場にはちょっと慣れていなくて」
寮長は黙ってわたしの脇を通り過ぎる。そして、数本先の薔薇の木を見上げた。
「キミが塗ってくれた薔薇、綺麗に色づいているよ」
そういえば、彼が見ている木はわたしがペンキで色塗りをした薔薇の木かもしれない。よくそんなことを覚えているなと思いながら、わたしも近寄ってその木を見上げた。

「悪かったね、急にパーティーに誘って。戸惑ってしまっただろう」
「いえ…あの、お気持ちは嬉しかったです」
こういう曖昧な返事をすると怒られるかな、と思いながらもそう答えた。(リドル寮長はこういうとき「嫌なら嫌とハッキリ言え!」と怒るタイプだからだ)しかし意外にも彼は冷静な声で言葉を返す。
「うん、次は個人的にキミを誘うことにするよ」
「はい。……ん?」
「だから、その…こういう大勢がいる場ではなく、次は少人数でゆっくり話せるような場で、だね」
急に歯切れの悪くなったリドル寮長の顔を見ると、彼の頬はうっすら赤く染まっていた。それよりも、彼が次もわたしと交流の場を持とうとしてくれていることに驚く。口うるさいけれど、相変わらずわたしの面倒を見てやろうという気持ちが強いのかもしれない。

そんな風にテンポの悪い会話をしつつ、薔薇の木を眺めていると、突然彼はこういった。
「……せっかくだから、談話室で少し休んでいくかい」
パーティーの途中なのに、寮長が抜け出したままでいいのだろうか…という懸念があった。けれど、「美味しい紅茶も出すよ」とさらに強く誘うように彼が言うので、わたしは寮長の誘いに乗って談話室に向かった。


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