”なんでもない日のパーティー”に参加したことが原因、というわけではないと思うけれど、パーティーに参加した翌日、わたしは体調を崩し学校を休んだ。体の節々が痛いな…と思いつつ登校の準備をしていたらあっという間に熱が上がり、突然の体調悪化に戸惑いながら再びベッドに沈み込んだ。
グリムがエースとデュースに連絡してくれたおかげで、2人は授業がはじまる前に薬や果物を届けに来てくれた。
「うーわ、顔真っ赤。しんどそー…お大事に」
「授業のノートは後で届けるから、監督生はゆっくり休んでくれよ」
ハーツラビュル寮のクラスメイトたちはそう言いうと、グリムを連れて学校に行った。
慣れない世界で暮らしていた疲れが一気に押し寄せたのかもしれないなぁ、なんて痛む頭に顔をしかめながら考える。とにかく体が重くて、ベッドで横になっているだけでも疲れる。眠りが浅く、うたた寝ばかりを繰り返していた。
悪夢を見て、汗びっしょりの状態で起きた。
濡れた衣服が気持ち悪く、何とかして着替えたかった。ズルズルと転がるようにベッドを降り、クローゼットまで這っていく。清潔な衣服に着替えるのに、30〜40分はかかったのではないだろうか。寒気がするから早くベッドに戻りたかったけれど、着替えに体力を使い果たしてしまったわたしはその場を動くことができない。そして結局、そのまま床の上で眠りに落ちてしまった。
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体がぐらりと揺れた気がして、目を覚ます。薄く目を開けると、鮮やかな赤い髪が目に入った。そのまま視線を下にずらしていくと、やや吊り上がった大きなグレーの瞳と目が合う。その瞳は驚いたように少し見開かれたあと、気まずげに伏せられた。
そんな風に相手の目に気を取られていたら、背中に柔らかい感触を覚える。ここはベッドの上だ。やっとベッドに戻られた、と安堵していると、首元まで布団をかけられる。人の気配がする右側に顔を向けると、赤いベストを着込んだ制服をきっちりと着用した人物がいた。その顔を数秒眺めてから、それが誰なのかをやっと理解する。高熱のせいで頭の処理能力までダウンしているようだ。
「リドル、寮長」
掠れたわたしの声に彼はゆっくりと頷く。
「もうベッドの中だから安心おし」
優しく静かな声だった。何だかホッとする。グリムもいない寮で一人高熱に耐え続けているのは、やはり心細かったらしい。
「申し訳ないけれど、キミの様子を見に勝手に部屋に上がらせてもらったよ。そしたら、床に倒れているものだから……」
リドル寮長は少し怒ったような顔で言葉を切った。しかし、その眉はいつものような吊り上がりを見せておらず、どちからといえば不安そうに中心部へ寄せられていた。
「すみません、重かった…でしょう」
つまるところ、リドル寮長がベッドまでわたしを運んでくださったのだと、今さらながら理解したわたしの口から謝罪の言葉が漏れる。わたしとそれほど身長差のない彼が女一人を運ぶのは、それなりに難儀したのではないだろうか。すると、リドル寮長はあからさまに不機嫌な顔をした。
「それはなんだい?ボクが非力そうだって言いたいのかい?……悪いけど、ボクだって男だからね。キミのような女性を運ぶくらいわけないよ。こう見えて鍛えているしね、今ここでその成果を見せられないのが残念だけれど」
わたしの言葉に相当腹が立ったのか、彼はそう一息にまくし立てた。しかし、そのあとすぐに咳ばらいをして居住まいを正す。
「……失礼、病人に向かってかける言葉じゃなかったね」
そう言ってから彼は、そばに置いてあったらしい紙袋から何かを取り出した。
「それより、気分はどうだい。できれば食事や水分を摂った方がいい」
「いい匂い…何ですか、それ」
「トレイにスープを作ってもらったんだ、栄養満点さ」
得意そうに口角を上げた寮長だったが、なぜかすぐに表情を曇らせた。
「…その、ボクは料理があまり得意でなくてね。彼に頼んで作ってもらったんだ……」
そうして、食べられるかい?と柔らかく尋ねる。わたしが頷くと、彼はいったん手に持っていたものを袋に戻し、わたしが起き上がるのを手伝ってくれた。
手渡された木製の器には、よく煮込んだ野菜やキノコが入った具沢山スープが入っていた。一口啜ると、体全体にスープが染み渡っていくような心地がする。
「すごく美味しいです」
「よかった、トレイにも伝えておくよ」
わたしがスープを食べる様子を、リドル寮長は静かに見守っている。そういえば彼は今ここにいていいのだろうか。ふと壁にかかった時計に目をやると、察しよく「ああ、今は昼休みだよ」と彼が言った。
「ボクは午後の授業までいつもより時間があるから、こうして見舞いに訪れたんだ。だから焦らなくていい、ゆっくりお食べ」
今日のリドル寮長は人が変わったように優しい。優しすぎて、少し居心地が悪くなるくらいだ。まあ、病人を前にすればどんな人間でも優しくなるだろう、と温かいスープを口に運びながら思う。
そうして彼は、わたしが食事を終え、薬を飲み、再びベッドに横になるまで献身的に面倒を見てくれた。彼の言葉や手つき、その一つひとつに優しさが込められていた。小さい頃、風邪を引いて母に看病されたときのことを思い出し、懐かしいような切ないような気持ちになる。
リドル寮長は小さなテーブルをベッドの近くに運び、その上に水差しを用意したり、本を置いたりと、わたしが一人になっても過ごしやすいようにしてくれた。そんな様子を、わたしはうとうとしながら眺めていた。
ふと、なぜここまで世話を焼いてくれるのだろうと思った。けれど、その疑問を深く考える暇もなくわたしは睡魔に絡めとられていく。「おや」とリドル寮長の声がしたあと、おでこに人肌を感じた。彼は、熱がどうのこうの…と独り言ちているようだ。やがてその温もりが離れると、優しく頭を撫でられたような気がした。
「おやすみ、ナマエ」
もうほとんど眠りに落ちていたのに、なぜかその言葉だけは、はっきりとわたしの耳に届いた。
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