背中越しに伝わる熱情

ここ数年、俺はホリデーを迎えることが毎年の楽しみになっていた。けれど、それをカリムに気取られてはいけない。だから俺は従順な態度を崩さず、また自分の心内に秘めたるものをおくびにも出さず、従者の務めを果たす努力を続けた。

しかし人間というのは、どんなに隠していてもその感情は表面に現れてしまうものらしい。もしくはカリムという男が、そういった感情の機微に敏感なだけなのか。
「俺に一週間の暇(いとま)を………?」
「あぁ!ほかの奴らもいるしウチのことは心配するな。たまには思いっきり羽を伸ばしてくれよ」
熱砂の国へ帰ってすぐ、カリムはそんなことを言った。何を考えているんだと奴の顔を見ても、白い歯を見せて笑うだけで企みがあるようには思えない。

「暇など必要ない、俺は俺のやるべきことをまっとうするだけだ」
「それならお前は従者としてじゃなく、やるべきことがあるだろう」
「………どういうことだ?」
俺の言葉にカリムは照れ笑いにも似た苦笑いを浮かべながら頬をかく。それを見て体にじっとりと汗をかいた。こいつ、何か察しているな。

「いや、なんつーか…その、ジャミルにもプライベートがあるだろ?オレはまあ、よく分からねぇけど…大事にしてる女の子の一人や二人、いるんじゃねぇの?」
「……お前、俺のスマホでも見たのか」
「まさか!なんとなくそう思っただけだ!」
そう言ってカリムはまたはつらつとした笑顔を見せる。なんとなくそう思った、と言ってはいるものの、恐らく一度くらいは俺のスマホ画面を見てしまったことがあるのだろう。でなければ、大事にしている”女の子”などという言葉があいつの口から出るはずがない。

これ以上やり取りを続けていてもボロが出るだけだと思い、俺は仕方なくその暇を受け入れた。明日から一週間、俺は自由の身だ。相手に気遣われているようで晴れ晴れとした気持ちにはなれないが、俺は一人の人間に連絡を入れてまう。…そうだ、結局はカリムの言う通りなのだ。

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カリムに暇を言い渡された翌日の昼、俺は早速一人の女性と会うことになる。待ち合わせ場所であるカフェに行くと、オープンテラスでぼんやりとお茶を啜っている人物がいた。
「悪い、待たせたか」
声をかけると、ゆっくりと彼女が俺を見上げる。
「あぁ、ジャミル。久しぶり」
控えめに笑みをたたえる彼女に、俺の心臓は忙しなく鼓動を打った。

彼女―――ナマエは古くからの友人だ。ナマエも熱砂の国出身だが、今は別の国で出稼ぎをしている。将来は商人として生計を立てたいらしく、その勉強がてら他国で働いているらしい。
そんな彼女もホリデーの時期になると熱砂の国に帰ってくる。そして俺は、この時期に彼女と会えることを毎年の楽しみにしていた。

「学校はどう?楽しい?ジャミルは頭がいいから、きっと優等生なんだろうな」
美味しそうにサラダを口に運びながら、ナマエが言った。
「まあ…そうだな、変わったやつの多い学校だが、学べることは多いよ」
そう答えた俺もスープを口に運ぶけれど、食事をするより1秒でも長く彼女の顔を見ていたくてじれったくなる。そして、このあとのプランを頭に思い描いたり、あと何時間ナマエと一緒に居られるだろうと計算したりと、俺の頭の中は始終忙しない。会いたくてたまらなかった人と会えているというのに、実際に彼女を前にするといつも先のことばかり考えてしまうのだ。

昼食を終えた俺たちは、そのまま街に繰り出す。ナマエが買い物をしたいと言っていたので付き合った。それから映画も一本観た。思ったより退屈な内容で欠伸を噛み殺していると、隣のナマエも控えめに欠伸をしていたので少し笑ってしまった。

ナマエと過ごす時間は居心地がいい。棘だらけの自分の心が、徐々に丸まっていくような心地さえする。ナマエは俺がカリムの従者であることを知っているが、それを何とも思っていないようだった。興味がないのだ、そういった力関係がおりなす社会に。だから、ナマエにとっては俺もカリムも同じ人間であり、俺は彼女のそういうところが好きだった。ただ、そうやって人間を平等に扱うがあまり、俺と彼女の関係が”友人”から一歩も進まないことも事実だったが……。


ナマエとの逢瀬は、最後、俺が彼女を家に送り届けることで終わる。帰路をたどりながら「もっと長く、できれば一日中彼女と一緒にいられたなら…」などと思ってしまうのはいつものことだったが、この日はそんな未練がましい気持ちが殊更強かった。
「実は俺、いまカリムから一週間の暇をもらってるんだ」
気づけばそんなことを口走っていた。
「だから、その……もし君がよければ、また、会ってくれないか」
言ってから俺は激しく後悔する。これじゃまるで”一週間、毎日俺と会ってくれ”とせがんでいるようなものだ。そんな粘着質な男だと思われたくない、と慌てて言葉を打ち消そうとすると、彼女はにこりと笑った。
「いいよ、じゃあ一週間毎日会おうか」
その言葉があまりに衝撃的すぎて、理解するのに少し時間がかかってしまったほどだった。

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ナマエは約束通り、それから毎日俺と会ってくれた。話題のレストランに美術館、大型の図書館、公園など、いろいろな場所へ行った。街に出るだけでなくナマエの家でボードゲームをしたり、彼女のペットの世話をするなどして過ごすこともあった。一方的にお邪魔するのは悪いからと俺が料理を作ってやると、ナマエは心底嬉しそうな顔をした。

こうして夢のような日々が続き、とうとう一週間を迎える最後の一日がやってきた。
俺たちはいつものように昼食をとると、街を歩き回る。疲れたらカフェで甘いお茶を飲み、小腹が空けば露店で販売されているスナックを買った。何の目的もなかったが、最終的には熱砂の国を代表する文化遺跡を観に行こうということになった。小さい頃は何度も連れてこられた場所だったが、俺もナマエも、もう何年も訪れていない。だからこそ新たな発見がありそうだと俺たちはその場所に向かった。

目的地に着く頃には夕暮れが迫っており、それが逆に風情のある景観を生み出していた。いくつもの滑らかな岩石を積み上げ、絶妙なバランスで造られたその遺跡は、数年ぶりに見ても迫力があった。俺がこの遺跡に関するうんちくを披露すると、ナマエは楽しそうに耳を傾けてくれる。そんな時間がたまらなく幸せだった。


すっかり日が落ちた後も、俺たちは遺跡のある小高い砂山から街を眺めていた。少し風が冷たくなってきたのでナマエに俺の上着をかけると、驚いたように彼女が振り返る。
「ジャミルの体が冷えちゃうよ」
「俺は大丈夫だ」
「でも、」
突然強い風が吹き、ナマエが目を瞑る。バラバラと髪の毛が彼女の額にまとわりつき、視界を遮っているかのようだった。

俺は首に絡みつく自身の髪を振り払うと、半歩足を踏み出す。そして、背を丸めて目をこすっているナマエを後ろから抱きしめた。俺の腕の中で大げさなくらい体をビクつかせた彼女は「えっ?」と小さく呟く。

「……君が、このまま暗闇に溶けてなくなってしまいそうだったから」
彼女の戸惑いに言い訳するようなことを言う俺は、正直ダサい。それに、最後の最後にこんなことをして、自ら失恋に向かおうとしているみたいだ。それでも止められなかった。
明日からまたカリムの従者としての生活が戻る。そうすれば次に彼女と会えるのはまた来年だ。そんな焦りともどかしさに駆られ、気づけば俺はナマエを腕の中に閉じ込めていたのだ。

目の前にさらされた無防備な首筋に、そっと唇を当てる。彼女が慌てたような声で俺の名前を呼んだ。体が熱くなり、もっと肌を感じたくなる。でもこれ以上はやってはいけないと思い、ありったけの理性で衝動を抑え込んだ。

「なぜ俺と過ごしてくれたんだ、一週間も」
どうにか自分をクールダウンさせたくて、そんな質問をする。すると、ポッと彼女の体が温かくなったような気がした。
「どうして、かなぁ。ジャミルの顔を見たら、それもいいなと思ったんだよね」
俺の腕の中にいることにいまだ戸惑っているようだったが、ナマエはいつもの調子で答えてくれた。けれど、心なしか声が上ずっている。

「ふぅん、俺の顔……ね」
そのときの俺は少し意地の悪い奴になっていたと思う。もう一押ししてみたらどうなるのか、興味が湧くと同時に期待が膨らんでいたのだ。
俺はさらに強くナマエを抱き込めると、首を出し彼女を覗き込んだ。鼻と鼻が触れそうなほどの至近距離。彼女の瞳に俺が映っているのを確認できる。
「じゃあ俺が、これからもずっとナマエと一緒にいたいと言ったら、君はどう思うんだ」
え、と小さく彼女の唇が開く。吸い寄せられるようにその唇に自分を重ね合わせようとしてしまったが、寸でのところで留まる。すると、今度は明らかに彼女の体が熱くなった。

「ジャミル……ちょっと、大胆すぎるんじゃない」
文句を言うようにナマエが呟く。けれど俺には、それが文句ではなく”肯定の意”を示しているように感じた。都合よく解釈しすぎだろうか。しかし、膨らみ続ける期待をもう抑えることはできない。
「俺の質問に答えてくれ、ナマエ」
彼女の髪にキスをする。小さく悲鳴が上がった。
もう答えなんて聞かなくてよかった。彼女の背中から感じるその”熱”が答えだからだ。

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※こちらは夢企画サイト「Eden様」へ提出した作品になります。



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