前回、リーチ兄弟の仕掛けた脱出ゲームにより、長時間水浸しになったわたしだったが、風邪を引くことなく翌日も元気に登校を果たした。頑丈すぎる自分の体が恨めしい。しかし、風邪を引いたからと言って彼らがわたしを同情し、悪戯の手を緩めるとは思えないとすぐに思い直した。
とにかく前回のフロイド先輩の”あそび”は本当にひどいものだった。大げさではなく「死にかけた」わけだし、これ以上の遊びは死に直結してもおかしくないと思う。だからこの先も”あそび”が続くのであれば、わたしはいよいよ友人や教員らに助けを求めることを視野に入れていた。
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そんなある日のこと。
外は久しぶりの悪天候―――大雨が降っていた。野外での授業は軒並み中止となり、自習や室内での授業に変更された。外で活動する運動部の生徒たちも思うように体を動かせないからか、気だるく間延びした雰囲気がある。
そんな日だったから、わたしとデュースは大食堂でダラダラとコーヒーを飲んでいた。彼は部活が中止となり、寮に帰ったら筋トレをやる予定なのだそうだが、やはりこの天候でやる気が起きず、筋トレを先延ばしにすべくわたしと一緒にダラダラしていたのである。
一方エースは室内競技のバスケ部所属なので、いつも通り部活に行っていた。ということは、同じくバスケ部員であるフロイド先輩も部活に勤しんでいるはずであり、部活動中はわたしが”あそび”に付き合わされる心配もない。だからわたしは、友人と過ごすつかの間の休息を思いきり楽しんでいたのだ。
わたしたちはデュースが寮から持ってきたトランプで遊んでいた。
トランプゲームというのはこの世界でも共通のルールらしく、我々はできうる限りのトランプゲームを楽しむ。しかし、2人でのプレイだとできるゲームも限られているし、なかなか盛り上がらない。どんなゲームでも大体相手の手札を予想でき、熟考することなく勝敗が決まってしまうからだ。だから結局最後は、2人でどれだけ高くトランプタワーを作れるか競うことになった。
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デュースがトランプタワーの最後の段にカードを乗せようとしたとき、わたしたちの後ろから「わっ!!」という大きな声がした。わたしは間一髪で手がブレそうになるのを防げたが、デュースは「うわぁ!!」と大声を上げてトランプタワーを崩してしまった。
振り返ると、大口を開けてケタケタと笑っているエースがいる。ブレザーを肩に乗せた制服姿であるエースは、どうやら部活終わりのようだ。
「え、エース!お前、なんてことを…!」
「いやー、デュースもナマエも下手すぎでしょ。どんだけ不器用なのよ」
怒りで打ち震えるデュースを歯牙にもかけず、エースはわたしたちの正面に座る。そしてトランプをかき集めると、慣れた手つきでトランプタワーを作りはじめた。その鮮やかな建築術に、わたしたちは呆けたように見入ってしまう。
「どう?オレ、上手いっしょ」
あっという間にトランプタワーを作り上げたエースは、わたしたちにドヤ顔をして見せる。わたしなんて2段作るだけでも精一杯なのに、エースは4段のトランプタワーを作ってしまった。「おぉ…」とデュースとわたしが感嘆の声を漏らしていると、エースがなぜか「あっ」と声を出した。彼の視線はわたしたちの後ろ、そしてかなり上方にある。
「あはっ、カニちゃんたち面白れぇことしてんじゃん」
背後から聞こえた声にわたしは総毛立つ。そして考えるよりも先に、体が動いてしまった。
立ち上がるのに十分なスペースがないくせに椅子から立ち上がってしまい、テーブルに思いきり膝をぶつける。その結果、わたしとエースのトランプタワーが一斉に崩れ、おまけにわたしはバランスを崩し、背中から倒れてしまいそうになった。しかし、それを大きな手が支えてくれる。
「おいおい、いきなり暴れてどうしたんだよ!?」
エースが目を剥いてわたしを見ている。そして、ごにょごにょと言い訳をするわたしの横で、デュースが後ろを振り返りこう言った。
「あ、リーチ先輩、お疲れッス!」
わたしの背中を支えていた手が、するりと肩に移動する。ゾクリと鳥肌が立った。
「楽しそーじゃん、オレも入れてよ」
フロイド先輩のその言葉により、わたしのささやかな休息は終わりを告げた。
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フロイド先輩はエースを横にどけて、わざわざわたしの正面に座った。「久しぶり、小エビちゃん」と語尾を上げ、ふざけた調子で挨拶をしてくる。緊張でガチガチになりながらもわたしは小さく会釈した。
エースの発案でわたしたち4人は「ジジ抜き」をすることになった。ルールはババ抜きと同じだが、外れカードがどれだか分からない状態ではじまる、というのがジジ抜きの醍醐味だ。
「ジジ」となるカードはデュースが引き、そのカードは中身が見えないようにコーヒーソーサーの下に置かれた。それからエースが4人にカードを配り、まずはペアになったカードを捨てる作業に入る。
突然デュースが「アッ!!」と声を上げた。彼の顔には動揺がありありと浮かんでいる。念のため「ババ抜きと違って、ジョーカーがジジだとは限らないよ」と声をかけると、彼はすぐさまホッとした顔になった。(デュースがババ抜きをしたら分かりやすすぎてすぐに負けそうだ)
全員カードを捨てる作業が終わり、さあ、誰からカードを引こうか、という段階になったところで、フロイド先輩が口を開いた。
「ただゲームするだけじゃつまんねぇからさ、負けた奴には罰ゲームやらせね?」
「え?罰ゲームっすか?たとえばどんな?」
エースがひどく軽い調子で言葉を返すので焦る。フロイド先輩が考える罰ゲームなんてロクなものじゃないんだから、気軽に請け合わないでほしい。
「ん〜……じゃあ、負けた奴が最初に勝ち抜けた奴の言うことを聞く、とかぁ?」
フロイド先輩がニヤニヤと笑いながらこちらを見る。わたしは黙って視線を逸らした。
「まぁ…あんま無茶な命令じゃなきゃ、いいんじゃないすか?お前らはどう?」
何の危機感も覚えていないような顔でエースが尋ねる。部活の先輩後輩ということもあり、フロイド先輩のことをそれほど危険視していないのだろう。
エースの問いにデュースがすんなりと首肯する。だからわたしも、そのルールを受け入れざるを得なくなってしまった。
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