トランプゲーム(後編)

じゃんけんで勝ったエースが、フロイド先輩のカードを引くところからゲームがスタートした。(だからカードを引く順番は、エース、デュース、わたし、フロイド先輩の順番だ)
互いのカードを引き合うターンが3回ほど回ったところで、エースの手持ちのカードは残り2枚となる。それに引き替え、わたしのカードは全然減らない。懸命に焦りを隠しながらデュースから1枚カードを引く。…ペアだ。ホッとしてテーブルの中央にカードを捨てた。

2枚減った手持ちのカードをフロイド先輩の目の前に持っていくと、彼はカード越しにわたしの顔をじっくりと見つめた。彼は自分の番になると、カードではなくわたしの顔を見つめてくる。フロイド先輩の視線に耐えるわたしを見るのが、楽しくてたまらないようだ。

4ターン目、5ターン目となっても、エースのカードは残ったままだった。その代わり、わたしは順調にカードが揃っていく。6ターン目を迎えると、わたしもエースと同様、手持ちのカードが2枚となった。

「げっ、このままじゃ負けそー!おいデュース、ナマエの邪魔しろよ!」
「そんなの無理に決まってるだろ!」
デュースとエースは言い合っているうちに、1枚カードを引いた。こういうのは何も考えずに引いた方が福が来る。
「あ、」
わたしが声を漏らすと、「なぁにぃ、小エビちゃん」とフロイド先輩が反応した。
「あ、あの………上がり、です」
ペアになったカードを捨て、残り1枚をフロイド先輩の前に持っていく。エースとデュースが同時に驚きの声を上げた。
「へぇ〜すごいじゃん。小エビちゃん優勝〜お疲れ様ぁ」
フロイド先輩は間の抜けた労いの言葉をかけると、にっこり笑いながらわたしのカードを受け取った。

+++

その後、ゲームの成り行きを見守っている間中、わたしは興奮がおさまらなかった。今回は完全にフロイド先輩の”あそび”に勝った。完璧な勝利だ。変なお願いに従わされる心配もなく、高みの見物ができるこの状態が気持ちよくて仕方がない。

わたしの次に手持ちのカードがなくなったのはエースだった。そのため、デュースとフロイド先輩がドベ争いをすることになる。しかし、フロイド先輩の様子はなんだか少し変だった。のらりくらりと、勝ち抜けることを交わしているみたいに、勝負が決まらない。そうしてしばらく”ジジ”が2人の間を行ったり来たりしたあと、結局そのジジカードはフロイド先輩のもとに帰り、ゲームは終わりを迎えた。

「あはっ、負けちゃった〜」
フロイド先輩は”ジジ”だったカードをくるくると弄びながらそう言った。
「そんでぇ、小エビちゃんはオレにどんな命令すんの?」
予想外の展開に、わたしは必死に最適解を探す。まさか…まさかフロイド先輩が負けるとは思わなかった。もしかしたらわざと負けたのかもしれない。だが今はそんなことどっちだっていい。とにかく、ある意味自分が負けるよりも厄介な状態になってしまったのだ。

「なぁ、どーすんの?早く決めてよー」
エースがワクワクした顔を隠そうともせず、わたしを急かす。ここで適当に「ジュースを奢ってください」とか何とか言えば、それなりに場を切り抜けられるのかもしれない。だけど、わたしの中にはどうしても捨てられないもう一つの選択肢があった。

「もうわたしを”あそび”に巻き込まないでください」―――という命令だ。

けれど、フロイド先輩がこの命令を素直に聞くとは思えない。9割9分突っぱねるだろう。それに、エースとデュースに変な勘違いをされる恐れもある。しっかりと説明すれば分かってくれるだろうが、正直この場でゆっくり説明する暇はなさそうだ。

だけど、と思い直す。フロイド先輩が言うことを聞いてくれる可能性が1%でもあるのなら、この命令を口にすべきではないか……?


「…決めました」
「お!なになに、早く教えろよー」
乗り出すエースの横で、フロイド先輩はテーブルに上半身を預け、寝そべるような姿勢でこちらを見ている。
「フロイド先輩、あの」
「なぁにぃ」
「もうわたしを”あそび”に……」
フロイド先輩が微かに顔を傾けた。表情の読めないオッドアイが微かに細められる。思わず怖気づくも、腹に力を入れて言葉を続けた。
「”あそび”に、まっ…巻き込まないで、ください」
わたしたちの間に痛いほどの静寂が訪れる。エースがわたしとフロイド先輩の顔を見比べ、「あそび…?」とつぶやいた。

「うん、あの、それはあとで説明するからさ。でも、フロイド先輩は、意味…分かりますよね」
返事をする代わりに、フロイド先輩は大きく伸びをしながら立ち上がる。
「そんなんでいいの?小エビちゃんの命令って」
「はい、じゅうぶんです」
「ふぅーん」
彼は一歩二歩と歩を進め、わたしの脇に立ちこちらを見下ろした。しかし、怖くてその顔を見上げることができない。
「じゃあ、そのお願い聞いたげる」
え、と思わずフロイド先輩を見上げると、彼は目じりを下げニコニコと微笑んでいた。けれど次の瞬間、わたしの制服のシャツをめくり上げる。

「う、わぁっ……?!」
慌てて彼の手を払い、シャツを押さえると、フロイド先輩は楽しそうに声を上げて笑った。
「まだ痕残ってんじゃん」
「え、いや、急にやめてください!」
そしてフロイド先輩は「じゃ、オレ的にはもう満足したから帰んねー」と言って両手をポケットに突っ込み、ゆらゆらと体を揺らしながら出口に向かった。

「あっ…先輩!あの、命令は、ちゃんと聞いてくださいよ!!」
「んー、分かってるー」
歩み止めないものの、彼は片手をひらひらとさせ反応を示す。
「まあ、オレの印があるうちは大人しくしといてあげるからさぁ」
「……は?」
その言葉の意味について考えようとしたところで、何者かに強く肩を掴まれ現実に引き戻された。

「おい、監督生。”あそび”ってどういうことだ」
わたしの肩を掴むデュースは眉間に深く皺を刻み、すごい剣幕でこちらを見ている。一方、エースは満面のニヤけ顔で目を輝かせていた。ひとまず彼らの誤解を解くのが先決だろうと思い、わたしは冷めた苦いコーヒーを一口飲んだ。


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