口を開けば美しいだの、可憐だのと人を褒めそやし、何をやっても素晴らしいだの、信じられないだのと大げさに感動して見せる。そんなポムフィオーレ寮の副寮長がわたしは大変苦手だった。
彼は一方的に人を褒めるばかりで、相手の話をまったく聞かない。いつも自分のペースだ。この学校に通う生徒は自分勝手な振る舞いをする者ばかりだが、彼は特にその傾向が強い。廊下を歩いているわたしを捕まえて、好きなだけ褒めて褒めて褒めまくり、満足したらご機嫌な顔で去っていく。そしてその場には、もみくちゃにされて疲れ果てたわたしだけが残る。
また彼は気になる人物がいると、自身が満足するまで追いかけまわす。相手の細かい癖から生活習慣まで綿密に調べ上げる。(狩人というのは得てしてあのようなストーカーチックな性質なのだろうか)そしてわたしは現在、彼に”調べられている最中”であり、非常に参っている。プライベートも何もあったもんじゃない。ふと気づけばいつもそばに彼がいる。ニコニコしながらわたしを眺めている彼が。
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「今日の昼食はサンドウィッチかい?トリックスター」
ハムと卵とレタスの入った分厚いサンドウィッチを食べようと大きく口を開けたとき、そんな声が聞こえて体が固まる。隣を見ると、頬杖をつき嬉しそうな顔でこちらを見ているルーク先輩がいた。
「随分と遅い昼食なんだね、もう13時をとっくに過ぎているじゃないか」
彼は綺麗に切り揃えられた金髪を揺らしながら、食堂の壁にかかった時計を見上げた。そんな彼の言葉に反応する前に、ため息が漏れる。一気に食欲がなくなってしまった。
「おやおや、どうしたんだい。急に元気をなくしてしまったようだけど」
「どうしてだと思います」
「もしかして、私のせいかな?」
ルーク先輩は形のいい唇を横に広げ、美しく微笑む。黙っていればお人形のように美しい人だが、その内面は恐ろしいほどしつこく、強い好奇心で溢れている。そんな性質だから、わたしのようなつまらない人間まで追いかけまわすのだ。
「音もなく隣に現れるの、やめてください。心臓が止まりそうです」
「ノン!それは困るね…。命を宿していないキミを見つめるほど悲しいことはない。しかし、もしキミの心臓が止まってしまうことがあれば、私はキミを剥製にしてずっとそばに置いておきたいよ」
そんな背筋の凍るようなことを、彼はうっとりと歌うように言ってのけるので、わたしはますます食欲がなくなってしまった。
「ルーク先輩って、ちょっと変ですよ」
「私が変わり者だって?ふふ、それは褒め言葉かな」
「違います」
わたしは手に持っていたサンドウィッチを皿に戻すと、スープカップを手に持つ。そしてカップを唇に当て、ぬるくなったコンソメスープを口に運んだ。
「ボーテ…!スープを飲み下すキミは今日も美しい!トリックスター、キミの昼食に立ち会えて私は幸せだよ」
先輩が勝手に立ち会ってきただけじゃないか、と文句を言いたくなるも、わたしは黙ってスープを飲み続けた。続いて、一度食べることを辞めたサンドウィッチを再度手に取る。ルーク先輩から、穴が開いてしまうんじゃないかというほど熱視線を送られることには慣れたつもりだったが、誰かに見られながら取る食事はやはり居心地が悪かった。
サンドウィッチを一口かじる。シャク、とレタスが噛み切れる音がした。そのまま咀嚼すると、シャクシャクという音が何度も繰り返される。チラリと横目で隣を見ると、ルーク先輩は微動だにせずわたしの食事風景を眺めていた。ほんのりと頬を染めているのは気のせいだろうか。
そうしてわたしがサンドウィッチを一つ平らげると、彼は「マーベラス…」と呟き、なぜか距離を詰めてきた。そもそもこの長椅子にわざわざ隣同士で座る意味も分からないのに、さらに近寄られるような真似をされてはたまらない。わたしは抗議の意味も込めてルーク先輩を睨んだ。
「オーララ!もしかして私は、キミの気に障ることをしてしまっただろうか?」
「ええ、さっきからずっとね」
わたしは距離を詰められた分だけ横に移動し、当初の距離を保ち直すと、残っているもう一つのサンドウィッチを手に取った。こっちはトマトとツナとチーズが入ったサンドウィッチだ。一口かじると、トマトの甘さとツナの塩味、チーズのまろやかさがバランスよく口の中に広がる。
”ゴクリ”と喉を鳴らす音が聞こえた。ギョッとして隣を見ると、ルーク先輩の喉仏がゆっくりと上下したところだった。わたしの視線に気づき、ルーク先輩は少し慌てたように「失礼」と言った。それから「続けて」とわたしの食事を促す。そりゃ食事は続けるけれど、これじゃまるで彼に食事風景を見せているみたいじゃないかと、ちょっとだけ腹が立つ。
2つ目のサンドウィッチも無事に平らげ、最後に小ぶりなココットに入ったヨーグルトだけが残った。粘度の高いヨーグルトの上にはブルーベリーソースがかかっている。この学校の生徒たちはあまり食べないが、この食堂のヨーグルトは意外と美味しく、わたしが気に入っているメニューのひとつでもあった。
ヨーグルトをスプーンですくい、口の中に入れる。酸味と甘みの調和が絶妙で、後からブルーベリーの爽やかな香りが鼻を抜けた。しかし、そんな幸せな気分は隣から聞こえた”ゴクリ”という音で台無しにされる。
え?ひょっとしてお腹が空いているんじゃ…と思いながら隣を見ると、ルーク先輩は「失礼!私としたことが…」と喉元に手で触れながら恥ずかしそうに笑った。なんだ、やっぱりお腹が空いていたのか。そう思って、「ルーク先輩もなにか食べられたらどうですか?」と言うと、彼は一瞬きょとんとしたあと、「ああ、そうだね…」と目を細めながら笑った。
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大好きなヨーグルトを最後のひとすくいまで食べてしまおうと、ココットの形に沿うようにスプーンを動かす。そうしてスプーンに乗っかったヨーグルトを残らず口に運ぶと、わたしのお腹には心地よい満足感が広がった。そして、いまだ香ばしいかおりを放っているコーヒーカップに手を伸ばそうとした、そのときだった。
わたしの手は、突如隣から飛び出してきた黒革の手袋をまとった手に捉えられる。そのまま強く手を引かれ、釣られて体が傾いた。隣方向に、体をややねじるような形で前傾姿勢になる中、わたしはルーク先輩の顔を見た。彼は驚くほど鋭い目でわたしを見据えており、そのきめ細やかな額は火照ったように薄桃色になっていた。
まるで、発情した獣のようだ。
―――そんな他人事めいた感想を抱いたとき、わたしは上唇に生暖かさを感じる。ふわりとコロンの香りがした。花のような爽やかな甘さがある中にスパイシーさも隠れている、不思議な香りだった。
「キミは本当に煽情的な食事をする人だ。こんなところにヨーグルトなんかつけて…私を誘っているのかい?」
ルーク先輩のエメラルドグリーンの瞳が、すぐそこにあった。熱い息が唇にかかり、わたしは動けなくなる。
”食べられる”と思った。
「たしかに私はとても空腹だ」
彼の指がわたしの唇を撫でる。いつの間に手袋を外していたのか、長くしなやかな指がわたしの唇に触れた。
「味見させてもらってもいいかな?ナマエくん」
はなからわたしの返事を待つつもりなどなかったルーク先輩は、まるでわたしの唇を食むように自身を重ねた。
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