7.裏目

それからしばらくすると、わたしはリドル寮長からもらった”お守り”のことなど、すっかり忘れてしまった。それはわたしの制服の胸ポケットにしまわれたままで、再び取り出すような機会も訪れなかったし、リドル寮長がお守りに関して何か言ってくることも当然なかった。


そうして、代り映えのない日々を送っていたある日のこと。
教室で授業を受けていると、何かが肩を撫でたような気がした。驚いて後ろを振り返るも、そこにいるのは爆睡している2人のクラスメイト―――エースとデュースが居眠りをしているだけである。
しかし、わたしは視界の端に何かを捉えた。自分の右肩に視線を落とすと、真っ白な羽根が一枚乗っている。不思議に思いながらその羽根をつまむと、それはわたしの手のひらほどの大きさがあった。

室内の座学授業で、なぜ羽根…?と首を傾げながらその羽根を裏返すと、そこには小さく細かい文字で何かが書き込まれている。羽根を顔に近づけ目を凝らすと、その文字をやっと読み取ることができた。

『今日16時に植物園にて待つ。キミに頼みたいことがある。 R.R.』

羽根にはそう書いてあった。
最後の「R.R.」は手紙を書いた者の名のイニシャルなのだろう。しかし、わたしの周りでこのイニシャルの名を持つ人間は一人しかいない。リドル・ローズハート寮長だ。けれど、彼がこのようなまどろっこしい誘い方をするだろうか?彼は用事があれば直接オンボロ寮を訪ねてきそうな気がする。

よって、この手紙は明らかに怪しい。十中八九、悪戯だろう。かまってやる必要などない。
……と普段なら考えるところなのだが、今回はどうしても引っかかってしまった。まるでリドル寮長を”におわせる”ような手口であったことも、引っかかりを感じた理由かもしれない。

わたしはリドル寮長をはじめとするハーツラビュル寮の生徒たちと懇意にしているので、それを気に食わないと思う生徒がいてもおかしくない。また、魔法が使えないくせにのうのうと学園生活を送るわたしを、無条件に嫌悪する者も少なからずいた。今回はきっとそんな者たちによる悪戯の便りなのだろう。
だけど、そうやって馬鹿にし続けられるのも、ハーツラビュル寮の者たちを間接的に巻き込んでいる(かもしれない)というのも、何だか気分が悪かった。

わたしはその羽根をノートの一番後ろのページに挟み込みながら、オンボロ寮の自室を思い浮かべる。たしか、ベッド脇の小さなチェスト、上から2段目の引き出しに、以前エースからもらった防犯 兼 悪戯グッズがあったはず。ピンボールほどの小さなボールを投げつけると、その衝撃で蛍光色の水が噴き吹き出すものとか、握りつぶすと5分間けたたましい鳥の鳴き声がするソフト人形とか。これらは因縁をつけられた際、相手を驚かせ逃げる隙を作る材料くらいにはなるだろう。

わたしの膝の上ですやすやと眠るグリムをチラリと見る。つまらないことにグリムを巻き込むのも、心配させるのも悪いので、このことはすべてが終わってから報告すればいいやと思った。

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放課後になると、わたしはいったん自寮に戻って身支度を整えた。制服の両ポケットに、エースからもらったやかましいグッズたちを忍ばせる。寮内で見つけたガラクタもいくつか持って行った。オイルの切れたライターとか、空になった小さなインク瓶とか、本当にただのガラクタだけど、相手が危害を加えてきたら投げつけてやろうと思っていた。

こうして装備を整えたわたしは、寄り道せずに植物園へと歩を進める。制服のポケットにいろいろなものが入っているから、歩くたびにそれらがぶつかり合うカチャカチャという小さな音がした。


重たいドアを開け、植物園の中に足を踏み入れる。湿度が高く、温かい園内には芳しい花や草の香りが漂っていた。しばらく出口付近で待ってみたものの、誰も来ないので少し中を見て回ることにした。

ハイビスカスのような大きな花や、美味しそうな実のついた植物がある温帯ゾーンあたりをウロウロしていると、後ろから足音が近づいてきた。振り返ると、オオカミのような犬耳のついた生徒と、獣耳はないが真っ白な髪の生徒がこちらに歩いてくるところだった。どちらもサバナクロー寮の制服を着ている。恐らく2年生だろう。

「やあ。君、ミョウジさんだよね」
「そうですけど」
わたしが答えると、2人の生徒はなぜか顔を見合わせてニヤリと笑った。その表情に少し苛立ちを感じる。
「いやぁ、本当に来てくれるとは思わなったな」
犬耳の方の生徒が片手で口を抑えながら言う。
「俺の勝ちだな、ちゃんとメシ奢ってくれよ」
白髪の生徒が肩を揺すって笑った。わたしは目を細め、思いきり不愉快だという表情を作って2人を交互に見る。

「じゃあ、先輩方の賭け事が終わったということで、わたしは帰ってもよろしいですか?」
言い終わる前にわたしは彼らに背を向ける。しかし次の瞬間、腕に鈍い痛みを感じた。犬耳の生徒に腕を掴まれている。
「何言ってんの、用事はまだ終わってないだろ。せっかく来てくれたんだから、楽しもうよ」
「は?」
腕を振り払おうにも、力が強すぎてびくともしない。わたしは自由な方の手を、制服のポケットにそうっと忍ばせた。
「ちょっとお洒落な手紙が来てテンション上がった?植物園でリドルくんといちゃいちゃできると思った?」
白髪の生徒もわたしに近づき、顔を覗き込んできた。彼の制服には白い羽根がいくつもついている。ああ、彼は鳥人で、自分の羽根を使って手紙を寄こしたのか、と納得した。

「でもさ、リドルくんなんて頭がいいだけで超堅物じゃん。一緒にいても楽しくないって」
犬耳の方はいつの間にかわたしの腕を離し、代わりに肩を抱いている。普通の人間よりも高そうな体温を、制服越しに感じた。
「だからさ、俺らと遊ぼうよ。せっかくの学生生活じゃん、一緒に”思い出”作ろうぜ」
わたしの髪に指を絡ませながら、鳥人の生徒が囁いた。気持ち悪くて反吐が出そうだった。
だから、反吐が出てしまう前にわたしは制服のポケットから素早く手を引き抜く。そして、手のひらに握りこんだ小さなボールを犬耳の方に投げつけた。


「うわぁ?!」
「なんだ、これ!!」
犬耳の生徒の顔に直撃したボールは、パンッという破裂音を立てて、ペンキのような粘液のある蛍光ピンクの液体を勢いよく噴き出した。鳥人の生徒は慌てて腕で顔を覆ったものの、飛び散ったピンクの液体が真っ白な髪を汚す。

彼らがボールに翻弄されているうちに、わたしは出口に向かって駆け出した。走りながら、自分の制服にも飛び散ったピンクの液体を確認し、これはさすがにクリーニングに出さないとな…などと考える。しかし出口にたどり着いたとき、そんなことを考えられるほどの余裕がない状況であると気づかされた。

そこにはすでに鳥人の生徒がおり、出口を塞いでいた。
「俺らの身体能力、舐めんなよ」
せせら笑うように肩を揺らしているが、声には怒気が含まれている。
「……活きのいい獲物だな、喰いつくしやるよ」
耳元でそう言われ、悲鳴を上げそうにった。しかし、わたしの背後にいた犬耳の生徒に口を塞がれ、その悲鳴は絶たれる。

夕日が差し込みはじめる植物園の中―――自分の行動はすべて裏目に出たのだと、そう気づくのには遅すぎた。


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