強欲者の恋(前編)

「あ、アズールぅ、あそこに小エビちゃんいるよー」
発端は何気なくフロイド発したこの一言だった。名前を呼ばれたアズールは眉をピクリと動かすと、やや強張った顔でフロイドを睨む。
「ああ、オンボロ寮の監督生さんがあちらにいらっしゃいますね。で、それが何か?」
「え、なんかキレてんだけど。ウケる」
フロイドは隣を歩く片割れに笑いかける。すると、ジェイドも片手で口元を覆いながら控えめに笑いをこぼした。
「お前たち、何か言いたいことがあるならはっきりと言え」
アズールがいよいよ苛立ちを見せながら言った。すると双子たちは顔を見合わせ、意味ありげな視線を交わす。

「いえ、アズールがあまりにも分かりやすい反応を示すものですから…」
「そーそー。好きな子見つけたんだから、もっと素直に喜べばいいのに」
アズールは一瞬体を硬直させたあと「はぁ?!」と声を上げる。顔は見る見るうちに赤くなる。
「あはは、タコちゃん真っ赤っか〜」
「うるさい黙れ!それに、僕は監督生さんのことなど……!」
「好きではないのですか?」
ジェイドが心底驚いたというように目を丸くしたあと、制服であるブレザーのポケットから、何かのチケットらしき紙を2枚取り出した。

「実は父の友人が、陸で人気のショッピングモールにカフェをオープンしたらしいんです。まだオープンしたばかりということもあり、店の雰囲気や提供しているメニューの感想を聞かせてほしいと、父経由で特別招待券をもらったんですが…」
ジェイドがそこまで説明したところで、フロイドが横からその招待券を取り上げる。そしてアズールの眼前にその紙をひらひらとさせた。
「とにかく、これはオレたちからのプレゼント。アズールさぁ、小エビちゃんと2人でその店に行って来たら?」
アズールは一瞬、何を言っているのか分からないという顔で双子たちの顔を見比べていた。しかし、あろうことかこの双子たちにデートの手はずを整えられているのだと気づくと、あっという間に顔を歪ませた。

「ば、馬鹿にするな!なぜ僕が、あいつなんかと…!!」
「おやおや、素直じゃないですねぇ」
「せっかくオレらが気ぃ利かせてやってんのに、そんな怒ることなくねぇ?」
「うるさい黙れ!」
「…仕方ないですね。それではフロイドが監督生さんと一緒にカフェに行かれてはどうです?」
「いーよぉ」
「ま、待て!そもそも、お前たち2人が行けばいいだろう!なぜあいつを誘う必要がある?!」
アズールは頬を紅潮させながら双子を睨みつけた。

「ああ、この招待券を受け取るとき、父の友人が”ぜひ女性の意見も聞きたい”と言っていたんです。ですから、監督生さんはどうしてもお誘いしなければなりませんね」
「そーいうこと」
ね、というように顔を見合わせる双子をもう一度睨んだアズールは、黙ってその招待券を奪い取った。そして外廊下を足早に渡り切り中庭に出ると、グリムと共にくつろいでいる監督生のもとへ迷わず向かった。急にやってきたアズールに驚く監督生と、食い気味に何かをまくし立てるアズールの様子を、ジェイドとフロイドは声を押し殺し笑いながら見守っていた。

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監督生は談話室のソファに座って紅茶を飲みながら、アズールに突然カフェの特別招待券を押しつけられたときのことを思い出す。

「あなた今週末の土日のご予定は」
挨拶もなにもなく、つっけんどんな調子でアズールはそう言った。
「今週末?」
「休日のご予定の有無を聞いているんです」
「と、特に何も…」
「そうですか」
そう言うとアズールは突然一枚の紙を監督生につきつけた。
「それでは、土曜の朝10時にあなたを迎えに行きます。僕の野暮用に付き合ってもらいますから、街に出ても恥ずかしくない身支度を整えて寮でお待ちください」
質問をする暇も与えず言い切ったアズールは、そのままくるりと踵を返し校舎に戻っていった。

そして今日がアズールとの約束の日なのである。
一方的に取り付けられた約束なのだから、正直監督生はいまだに何が起こっているのか分からない。ただ、おろしたてのシャツや、裾がやや広がったコットンパンツ、房飾りがアクセントとなったタッセルローファーなど、身にまとっているものは”街に出ても恥ずかしくない格好”であるに違いないとは思っていた。

規則正しいノックの音が3回聞こえた。ティーカップをテーブルに置き、玄関のドアを開けると見慣れない私服姿のアズールがいる。黒いセーターに細身のスラックス、足元は艶のあるブラウンの革靴で、グレーのトレンチコートを羽織っている。
「行きますよ」
アズールは監督生を一瞥しただけで、すぐに背を向け、先に立って歩きはじめた。監督生は慌てて後を追う。鏡舎を抜け、街に出るまでのあいだ、アズールはずっと黙ったままだった。


学校外に出るのが久々だった監督生は、人の行きかう街の風景に見とれてしまう。鉄道乗り場に向かっていたアズールは監督生がついて来ていないことに気づき、足を止め振り返る。
「ナマエさん」
名前を呼ばれた監督生はビクッと肩を震わせ、アズールを見た。その驚いたように見開かれた瞳を見て、アズールは気まずそうに咳ばらいをする。
「街で”監督生さん”とお呼びするのはおかしいでしょう。だから、あなたのファーストネームで呼んだだけです」
行きますよ、と短く言うとアズールは歩き出す。その後を監督生も続いた。

そうして鉄道を乗り継ぎ、2人は目的のショッピングモールについた。若者からファミリーまで楽しめるそのモールは、土曜の昼ということもあり混んでいる。アズールはモールの入口にある簡易マップをじっと見つめたあと、監督生の方を振り返る。
「少し奥まった場所にあるカフェのようです、行きましょう」
「あ、はい」
はぐれるほどではないものの、右に左にと忙しなく人の流れができている。近づきすぎないようにと一定の距離を保ちながら、アズールの後を歩いた。
途中、随分と大柄な男が斜め前から歩いてきた。アズールの背中ばかり見ていた監督生は、その男の存在に気づかずぶつかりそうになる。が、振り返ったアズールが素早く彼女の手を引いたため、すんでのところで衝突を回避した。

「す、すみません…」
しおらしく謝る監督生を見て、アズールは嫌味を言おうと開きかけた口を閉じた。そして掴んでいた手を離すと「お怪我がなくてよかったです」とだけ言った。そして2人は肩を並べ、目的のカフェを目指し再び歩を進めた。


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