8.冷たい声

※そこまで過激・グロではないですが、多少の暴行シーンが含まれるので、苦手な方はご注意ください。


犬耳の生徒に口を塞がれたまま、わたしは園内奥へと引きずられてゆく。そして背の高い植物が生い茂る、薄暗いエリアまで来るとやっと解放された。膝から崩れ落ちながら、きつい薬草の香りに顔をしかめる。植物園のこんなに奥まで来たことがない。とりあえず立ち上がろうと腰を上げかけたところで、横からドンッと突き飛ばされた。簡単にバランスを崩したわたしは、何が起こったのか分からないまま睡蓮のような花が浮かぶ小さな池に落ちた。

池の水かさはせいぜいわたしの腰程度で、大して深い池ではない。けれど、一瞬のうちに全身を水で覆われ、防ぎようのない鼻や口に冷たい水が流れ込んできたとき、わたしはとてつもない恐怖を覚え頭が真っ白になった。慌てて立ち上がろうとしたが、池底の植物の根に足を取られ尻餅をつく。再び自分の顔に冷たい水飛沫が上がる。バタつくわたしのみっともない姿を見て、サバナクロー寮の生徒2人はゲラゲラ笑った。

それからその2人はわたしの手を引き、池から引き上げてくれる。「助けてもらえた」と馬鹿な勘違いを起こしかけたが、彼らがわたしのブレザーを脱がそうとしてくるのを見て頭が正常に戻る。
「は…?ちょっと、やめて…!」
「いやいや、勘違いすんなって。このままだとミョウジさんが風邪ひいちゃうでしょ?だから脱がしてあげるんだって」
無理矢理剥ぎ取られたブレザーからコロンと何かが転がり落ちた。わたしがオンボロ寮から持ってきた、小さなインク瓶だ。自分の数少ない”武器”であるそれに手を伸ばしたが、わたしの手が届く前に鳥人の生徒が瓶を蹴っ飛ばす。瓶はコロコロと転がり、奇妙な色をした薬草の群生地にハマって動きを止めた。

「そんなに大事な物だった?でも、今はそんな物にかまけてる場合じゃないんじゃね?」
犬耳の生徒が馬乗りになりわたしを押し倒した。ゴツンと固い地面に後頭部を打ちつけ、目がチカチカとする。
「おい。お前ちょっと力、加減しろよ」
鳥人の方がわたしの顔を覗き込みながら言った。
「ああ、悪い悪い。こいつは俺らと違ってヤワな”人間”だもんな」
そう言って、相手はわたしに顔を近づける。舌なめずりでもしたのか、唇がてらてらと光っていて気持ち悪い。
「大人しくしてたら、優しく抱いてやるよ」
犬耳はそんなことを言いながら、そっとわたしの胸に手を置き、もぞもぞと指先を動かす。その瞬間わたしは全身が怖気立ち、気づけば相手に思いきり頭突きをしていた。

わたしのおでこは相手の鼻を直撃したらしい。「ングッ」というくぐもった声のあと、わたしの胸元にポタポタと血が数滴落ちた。
「お、おい、大丈夫か?!」
犬耳は答える代わりに、鳥人の生徒に「こいつの手を押さえつけろ」と命令した。鳥人はすぐさまわたしの両手を押さえつける。犬耳は自身の鼻から垂れる血をぺろりと舐めた後、恐ろしい目つきでわたしを睨みつけた。
「このお嬢ちゃんは本当に躾がなってねぇな。自分の置かれた状況がまったく分かってねぇようだ」
そう言うが否や、わたしのワイシャツを引き裂くようにこじ開ける。ブチブチとボタンの取れる音、布の裂ける悲痛な音が聞こえた。

下着が剥き出しになったわたしの胸元を見て、2人の生徒は明らかに興奮したようだった。わたしの手首を押さえる鳥人の力が強くなる。
「……そうだよ、それでいい。大人しくしときゃ、ちゃあんと気持ちよくしてやるから…」
犬耳の熱い粘っこい舌が、わたしの鎖骨から首筋にかけてを舐め上げる。鳥肌が立ち、吐き気がした。そうして、犬耳がその大きな手でわたしの下着をも剥ぎ取ろうとしたとき、「あ、おい!」と鳥人が声を上げた。


「…なんだよ」
犬耳は明らかに不機嫌そうな声を上げる。
「いや、その……どっちが先にヤるか、決めてなかったなぁって…」
「はぁ?」
「だ、だって、賭けに勝ったのは俺なんだし、普通俺が先にヤるのが筋じゃねぇ?」
ここに来て2人は、どちらが先にわたしを犯すか、という件で仲間割れをはじめた。犬耳も鳥人も、どちらも自分が「先」がいいと言って譲らない。そうして言い合いが白熱しはじめたとき、鳥人の生徒がわたしの手を離した。

その瞬間、わたしは犬耳の胸を両手で思いきり突き飛ばした。そして相手が体勢を崩した隙に起き上がり、水濡れになったブレザーを抱え再び出口に向かって走る。しかし、体がふらつき真っすぐに走ることができない。だから、彼らがそんなわたしを捕まえることは造作もなかった。

もう一度わたしを捉えた犬耳の生徒は、今度はうつぶせになった状態のわたしにまたがる。胸が潰され、上手く呼吸ができず呻き声が出る。
「あー、もうウゼェからお前このままヤっちゃえよ。俺が押さえとくから」
犬耳が面倒くさそうに言うと、「えっ、いいのか?」と鳥人の嬉しそうな声が返ってくる。
「ああ、その代わり早く終らせてくれよ。俺だって我慢してんだから」
「分かってるって」
2人の下品なやり取りを聞きながら絶望的な気持ちになり、無意識に涙が湧き出た。そのとき、自分のぼやけた視界の隅に何か白いものがあることに気づく。
それはわたしが左手で握りしめる、ぐちゃぐちゃになったブレザーの中にあった。犬耳たちに気づかれないようにブレザーを顔に寄せると、それはブレザーのポケットから顔を出している白い紙だった。

「こ、これ、脱がせちゃっていいんだよな」
「当たり前だろ、早くしろよ」
2人は今わたしの尻に注目している。わたしは右手でそうっとその紙を引き抜き、折り畳まったそれを開いた。わずかに発光しているその紙は、開くと同時にふわりと優しい風をわたしに送る。そして、その紙の中央には「Take a breath」と書いてあった。その小さく整った文字を見てわたしは泣きそうになる。そうだ、これはリドル寮長がくれた”お守り”だ。どうして忘れていたんだろう。

わたしは潰された胸にどうにか空気を取り込んでから、その紙に向かって弱々しく息を吹きかける。すると、紙に書かれた文字たちは小刻みに揺れながら紙の中央に集まり、混ざり合い、やがて1滴のインクとなった。そして一瞬キラリと光った後、消滅した。残ったのはまっさらな紙切れだけだ。


「早くやれって」
「分かったよ」
鳥人の方の手がわたしの尻に触れた。ビクリと体が強張る。どうやら下半身の衣類を脱がしたいらしいが、どうしたらいいか分からないらしい。わたしは再び抵抗しようと両足に力を入れるも、犬耳の方に頭を押さえつけられた。ゴツンと地面におでこを打ちつけられ、また目がチカチカとする。
「あーもう、破いちまえばいいだろ!」
「あ、あのなぁ!俺はお前みたいに力が強くな……」
再び彼らが言い合いをはじめたところで、前方から”ジャリ”と地面を踏みしめる音が聞こえた。しかし、頭を押さえつけられたままのわたしは、その音の正体を確認することができない。

「ったく、しょうがねぇな。じゃあ俺が破いてやるから……」
「おっ、おい!お前、あれ……!!」
「は?」
突然訪れた静寂、犬耳の息を呑む音が聞こえた。同時にわたしの頭を押さえつけていた手が離れる。

「キミたち……足りないよ」
わたしは声がした方にゆっくりと顔を上げる。つま先が赤いヒール……いやブーツが見える。けれど、いまだ犬耳の生徒に乗られた状態なので、その人物のブーツから上の姿を見ることができない。

「足りない、まったくもって足りない」
「あ、そ、その、これは……」
「ボクを前にして、なぜまだそんな顔をしていられるのか―――畏怖の念が、まったく足りないね」
犬耳が転げるようにわたしの背中から降りた。やっとまともに呼吸ができるようになるが、突然肺に空気が行きわたった反動で少し咳き込んでしまう。

「ああ、こんなに体が沸騰するほどの怒りを覚えたのは生まれて初めてだ……」
ジャリ、ジャリ、と一歩ずつ足音が近づいてくる。その足音はわたしの目の前で止まった。
「もちろん、覚悟はいいね―――?」
それは、怒りの矛先を向けられていないわたしさえも泣き出してしまいそうなほど、低く冷たい、リドル寮長の声だった。


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