強欲者の恋(後編)

―――そこは英国風のカフェだった。
内装から調度品にいたるまで、すべてが上品な英国アンティーク調のもの。提供するメニューもイングリッシュティーをはじめ、洒落たプレートランチや軽食が中心だった。
アズールが店員に特別招待券を渡すと、すでに提供されるものが決まっているのか、勝手にランチやドリンクが運ばれてくる。よく分らないまま、2人はランチをいただくことになった。

食事の間中、2人は無言だった。第一、アズールと監督生に特別な接点はない。たびたび学園で起こるトラブルを協力して解決したことはあるが、プライベートで関わることはまずなかった。監督生は、ずっと怒っているような様子のアズールに気まずさを感じていたし、反対にアズールは、自分と食事をしなければならなくなった監督生に申し訳なさを感じ、ひたすら食事を口に運ぶことしかできなかった。

「あなたがそのような洋服を持っているなんて、意外でした」
一通りの食事が終わり、食後の紅茶を飲んでいると、アズールがそう言った。
「あ、これはその…ケイト先輩が勝手にネットで頼んでくれて…」
ケイト、という名前を聞いたアズールは、カップを口に運ぶ手を止める。
「ほう、ケイトさんが」
「はい」
「ではそのバッグも、靴も、すべて彼がプレゼントしてくれたということですか?」
「お金、払うって言ったんですけど、結果的には…まあ、そういうことになるのかな」
アズールの眉間に微かに皺が寄る。そうして最後の一滴まで紅茶を飲むと、彼は静かにカップを置いた。

「ナマエさん」
監督生の名前を呼んだアズールの声は明朗だった。さっきまでのやや剣呑な雰囲気と打って変わって、アズールの顔には爽やかな笑顔がたたえられている。
「この後、ショッピングに付き合っていただけないでしょうか?」
有無を言わせない相手の笑顔に圧倒されながら、監督生は頷いた。

+ + +

「次はこれを着てください」
アズールがにこやかに数着の洋服を監督生に押しつける。それを断る暇もなく、フィッティングルームのカーテンが彼によって閉められた。監督生は大きな鏡に映る自分の姿を見ながら首を捻った。

カフェを出たあと、アズールは監督生を連れてブティックに入った。そこで、彼の指定した服を何着か着せられ、また別の店でも同じように洋服を試着し……つまり、アズールの「着せ替え人形」になったのである。意図は分からない。ただ、アズールからは並々ならぬ闘志のような想いを感じ取っていた。だから容易に逆らうこともできず、彼が笑顔で持ってくる洋服に黙って袖を通すしかなかった。

これで何着目だろう―――そう思いながら、ネイビー生地に抜けるようなスカイブルーのチェック模様が入ったパンツスタイルのセットアップを着用する。自分だったらハードルが高く、私服に購入することなどない洋服だ。正直真っ白なシャツを身につけるより、こういう落ち着いた色の方がしっくりくる。後ろ姿まで確認したところで、カーテンを開ける。腕を組んで店内を眺めていたアズールが振り返った。そして監督生の姿を見た途端、目を丸くする。

「………素晴らしい」
「えっ…?」
「よくお似合いですよ、やはり僕の見立て通りだ」
「あ、ありがとうござ…」
「じゃあ靴はさっきのものが合うな、それとコートは……」
アズールはブツブツと言いながら店員を捕まえ、あれこれとオーダーを申しつける。そんな様子を呆然と眺めていた監督生は数分後、再び何着かのコートやパンプスを試着し、その結果、寮を出発したときとは”まったく違う出で立ち”でそのブティックを出て行くことになった。


すべて自分が見立てたアイテムを身に付けた監督生を隣に歩かせ、アズールは上機嫌だった。彼の手には、監督生がこれまで着ていた洋服一式が入った紙袋が持たれている。その紙袋が目に入るたびに、監督生はケイトに対して少しだけ申し訳ない気持ちになった。

「少し休みましょうか」
散々着せ替え人形にされ疲れ果てた監督生に気づき、アズールが声をかける。噴水のある広場まで来ると、監督生をベンチに座らせた。アズールは近くの店でコーヒーを2つテイクアウトすると、自身も彼女の隣に座る。
「疲れには甘いものがいいかと思い、あなたには砂糖の入ったカフェラテにしてしまいましたが…」
「嬉しいです、ちょうど甘いものが飲みたかったので」
「それはよかった」
アズールは監督生がやけどをしないように、カフェラテの入ったカップをハンカチで包んでから渡す。

監督生の隣でブラックコーヒーを一口飲んでから、アズールはやっと我に返った。自分は一体何をしているんだ、と。くだらない嫉妬心から彼女を連れまわし、自分の好む格好に着替えさせ、ちっぽけな独占欲を満たしている。相手の気持ちを考えもせずに、だ。頭を抱えたくなった。

「大丈夫ですか…?」
アズールのただならぬ様子に気づき、監督生が声をかける。しかし、アズールが咄嗟に「大丈夫ですが?」と刺々しい言葉を返してしまったため、2人の間には気まずい沈黙が流れた。

「あの、この洋服……」
「やはり好みではなかったですか?」
「い、いえ、とても素敵で気に入っています。だけど、その…これ、安いものではないですよね」
監督生は困ったように笑った。
「すぐにお支払いできるお金はないんですけど、よければモストロラウンジでバイトをしながら、少しずつお返しできればと…」
「その必要はありません」
「いえ、でも……」
アズールは冷静を装うため、カップのコーヒーを飲みながら続けた。
「それはあなたに差し上げます」
監督生は戸惑っていたし、困っていた。こんなに高いものをタダでもらっていいわけがないし、「タダ」が何よりも嫌いなアズールから物をもらうことは、何だか恐ろしかった。

「それは悪いですよ」
「構いません」
「でも、どうして…」
コーヒーを飲むアズールの手が止まった。その手はわずかに震えている。
「僕が……」
冷めかけたコーヒーの入ったカップをベンチに置くと、アズールは眉を寄せ少し睨むように監督生を見た。
「……僕が、好きな女性にプレゼントをしちゃいけませんか」


互いに時間が止まってしまったかと思った。
そんな言葉がアズールの口から出てくるとは思わなかった監督生は言葉を失い、また監督生からまったく反応が返ってこないアズールは不安で全身が震えてしまいそうだった。
とうとう沈黙に耐えきれなくなったアズールが大きく咳ばらいをする。
「も、もちろん、お気に召さなければ、捨ててしまって構いませんよ。洋服も、靴も…。ああ、こちらのケイトさんの服に着替えていただいても構いません。ど、どうせそれは僕が勝手にプレゼントしただけですから!」
そう言ってアズールは立ち上がる。
「帰りましょう」
監督生も慌てて立ち上がり、今にも歩き出しそうなアズールの手を掴んだ。ギョッとしたようにアズールが振り返る。

「わたし、アズール先輩からいただいたもの、全部気に入ってます。ありがとうございます」
監督生が触れている部分に気を取られながらも、アズールは相槌を打つ。
「それと、あの、勘違いじゃなければ…なんですけど」
「……ええ」
少しだけ視線をウロウロさせたあと、監督生はアズールの目を覗き込んだ。その瞳を見た瞬間、アズールはやはり彼女のすべてを自分のものにしたいと思った。

「アズール先輩は、わたしの、」
「あなたのことが好きですよ」
いつの間にアズールは監督生に掴まれていた手をほどき、自ら彼女の手を握っている。自分より小さいその手に、心臓が小さく跳ね上がった。
「あなたへの想いを二度も口に出させるなんて…ナマエさん、あなたなかなか悪い人ですね」
腹がすわった…というより”開き直った”アズールからは、これまでの動揺が微塵も感じられない。心臓はかつてないスピードで鼓動しているが、その言葉や態度は堂々としていた。

「だから、僕はこのままあなたと手を繋いで寮まで帰りたい」
よろしいですか?というように彼は小首を傾げる。ああ、いつものアズールだと、監督生は笑いそうになった。好きだと言ったくせに、わたしの気持ちは確認しない。いや、分かっているから聞かないだけかもしれない。どちらにせよ、自分のほしいものは強引にでも手に入れる、それがこのアズールという男なのだ。

監督生はアズールの手を握り直す。アズールは一瞬驚いたような顔をしたあと、満足げに口の端を吊り上げた。夕刻が近づく爽やかな風が2人の間をすり抜け、アズールと監督生は同時にくすぐったさを覚えた。


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