紙飛行機(中編)

デュースが玄関のドアを開けると、そこには3つの顔があった。
一番手前にいるのはオクタヴィネル寮の寮長・アズール。そしてその後ろに、そっくりの顔をした双子・リーチ兄弟がいた。しかし、この2人はいつになく険悪な雰囲気で、さらに2人の頬には左右対称に湿布のようなものが(フロイドは左頬に、ジェイドは右頬に)貼られていた。よく見れば2人とも唇が切れている。まさか、この2人喧嘩でもしたのか…?とデュースが眉を潜めていると、「突然のお伺いで申し訳ありません」とアズールが落ち着いた声で詫びた。

「ナマエさんはいらっしゃいますでしょうか?」
「ええ、まあ、いますけど……」
「実は僕たち、ナマエさんにお詫びに伺いました。もうすでにご存じかもしれませんが、うちのフロイドがナマエさんに大変失礼なことをしでかしたもので……」
アズールが睨むようにフロイドを振り返ると、フロイドはふいと視線を逸らした。ジェイドは品のいい笑みを崩さずにデュースを見据えている。しかし、彼が明らかに自分の相棒に怒りを抱いていることはデュースでも分かった。

「アーシェングロット先輩たちと会うかどうか、決めるのは監督生です。確認を取るので、少し待っていただけますか」
「ええ、いくらでも待ちます」
アズールはデュースに軽く頭を下げた。続いてジェイドも頭を下げたが、フロイドだけがそっぽを向いている。すると、ジェイドが相棒の後頭部に手を回し、ものすごい力で無理矢理頭を下げさせた。こんなに乱暴な動作をするジェイドを見たことがないデュースは驚きつつも、ひとまずドアを閉めた。

+++

さかのぼること2時間前―――土だらけの姿でモストロラウンジに現れたフロイドを見て、アズールは鋭い声を上げた。
「フロイド!何ですか、その格好は!」
「え〜?森で遊んでただけぇ」
「はぁ?!これから開店するというのに、そんな格好で接客をしていいわけがないでしょう!」
今すぐ着替えてこい!と出口を指さすアズールにフロイドが不服そうな声を上げていると、静かな足音が近づいてきた。自分の相棒がやって来たことに気づいたフロイドは、「ジェイドぉ」とすぐに反応して見せる。

「ジェイド!お前からも言ってやりなさい、こいつこんな格好でラウンジに来て…!」
憤慨するアズールに「おやおや」と困った顔をして笑った後、ジェイドはすぐに相棒に向き直る。
「フロイド、また随分と派手に遊んできたようですね」
「まーね、森に行っただけだけど」
「ほう、”森”……ですか」
ジェイドは顎に手をやり、思案顔になる。

「そういえば僕は先ほど、監督生さんが泣きながら森を歩いているのを見ました」
へらへらと機嫌よく笑っていたフロイドが、一瞬表情を固まらせた。それを見たアズールは不審そうに眉根を寄せ、苛立った口調で「それがどうした」と言った。
「フロイドがいつまで経ってもラウンジに来ないので、僕、森まで探しに行ったんです。あの森はハーツラビュル寮の近くにありますから、フロイドが森に向かうのを見たとリドルさんがおっしゃっていたもので」
「そーだよ、オレは森で遊んでたけど、それがなに?」
「ええ、そうしたら、あのオンボロ寮の監督生さんが泣きながら歩いてきたんです。声をかけようかと思いましたが、その前にグリムくんたちが彼女と合流したので、そのまま近くで話を聞いていました。どうやら彼女、何者かに噛まれたようで…」
この辺りを、とジェイドが自身の首筋を撫でる。ギョッとしたアズールがすぐにフロイドの顔を見た。フロイドはつまらなさそうな顔で相棒を見ている。

「で、ジェイドはなにが言いてーの?」
「ふふ、そう苛つかないで。僕は純粋に事実を確認したいだけです」
「どーいうこと」
「フロイド、あなた森で監督生さんに何をしたんですか?」
「何それ、オレがなんかしたって決めつけてんじゃん」
はぐらかそうとするフロイドに「いいからジェイドの質問に答えなさい」とアズールが睨みをきかせた。

「だからぁ、森に行ったら小エビちゃんがオレの落とし穴に落ちてたから、オレも一緒に落ちて遊んだだけ。でも最後はちゃんと出したげたよ」
「なるほど」
ジェイドは表情を変えず、にこやかに頷く。フロイドが作った”落とし穴”について誰も言及しないのは、彼が日頃からこうした突飛な行動をとっているからだろう。
「でも、それだけじゃないでしょう?」
「は?」
「ただ一緒に穴に落ちて遊んだだけで、監督生さんが泣くわけがありません。あの監督生さんが」
「別にオレと遊んでたときは泣いてねぇし」
「フロイド、あなたが監督生さんを噛んだのでしょう」
双子たちはしばらく睨み合っていたが、やがてフロイドがやや顔を傾け「そーだけど?」と言った。開き直るような堂々たるその態度に、ジェイドの顔がやや引きつったのをアズールは見逃さなかった。

「だって、オレの”印”がなくなってたから」
「印、ですか」
「引っかいただけだとすぐ消えちゃうから、今度はちゃんと残るように……」
ジェイドが動くよりも前に、アズールが先に手を出していた。フロイドの胸倉を掴み、強く前に引く。やや屈むような姿勢を強いられ、フロイドはすぐさま不機嫌な顔つきになった。

「お前はどれだけ厄介事を引き起こせば気が済むんだ、いい加減にしろ!」
「はあ?アズールに関係ねぇだろ」
「あるんだよ馬鹿野郎!彼女はハーツラビュル寮の寮生と仲がいい、バックにはいつも彼らがいる。つまり何かトラブルを起こせば、それはハーツラビュルを敵に回すことと同じだ。そんな商売の障壁になるようなことを、お前は……!」
「アズール、苦しいんだけど。早く離さねぇと……」
「僕は今からお前を殴る。その後、オンボロ寮へお詫びに行く」
「はぁ?意味わかんねー。何言ってんの?」
「だから、これはパフォーマンスだ。僕がしっかりとお前を教育しているっていう見せしめだ。だから、大人しく殴られろ」
「アズール」
加熱してきた2人のやり取りに、ジェイドが口を挟む。
「その役、僕が引き受けても?」
フロイドとアズールは数秒、ジェイドを見つめた。


「今回のことは、兄弟の行動をきちんと把握していなかった僕にも責任があります。ですから、僕にフロイドを殴らせていただけないでしょうか?」
アズールが許可を出すよりも先に、「いーよぉ」とフロイドが声を上げる。アズールに殴られるより、兄弟に殴られた方がマシだと考えているらしい。それから渋々といった様子で、アズールはフロイドの胸倉から手を離した。

「一発だけで結構です」
眼鏡のブリッジを押し上げ、ため息をつきながらアズールを言う。ジェイドは「はい」と頷くと、相棒の前に立った。
「フロイド、もう一つだけ確認させてください」
「なぁに?」
「あなた、以前も監督生さんの体に傷をつけたんですか?」
”傷”という言葉にピンとこないのか、フロイドは一瞬きょとんとした表情を浮かべる。それから、納得がいったかのようにへらっと笑った。

「ああ、脱出ゲームしたときにつけたよぉ。腰んとこにね、ちょっと引っかいた。でもあれ、すぐ消えちゃったからさー」

拳が肉を打つ重々しい音が響いた。

バランスを崩したフロイドが左頬を押さえながら尻餅をつく。殴られたときに唇を切ったのか、口元から血が滴っている。アズールは目を剥いて双子を見比べた。

「そうですか、フロイドはそれほどまでに監督生さんを独占したいわけですね」
口調はいつものジェイドだが、目がまったく笑っていない。冷え冷えとした目で相棒を見下ろしていた。
そして次の瞬間、勢いよく立ち上がったフロイドがジェイドに掴みかかる。逃げ出さないようにシャツの襟元を掴むと、迷うことなく左拳で兄弟の右頬を殴りつけた。
「お前たち!!!」
すぐにアズールが2人の間に割って入る。ジェイドは少しよろけただけで、体勢を崩すことはない。しかしフロイドと同じように唇が切れ、赤い血が滲んでいた。

「あー…オレ分かっちゃったぁ。ジェイドさぁ、面白くないんでしょ」
挑発するような声色に、ジェイドが煽られた様子はない。その代わり、小首を傾げ余裕を見せながらフロイドを見やった。
「あなたのその幼稚なやり方が気に食わない、というだけですよ。フロイドが誰に執着しようが、僕には関係ありません」
「あはっ、こんだけマジで殴っといてよく言うよ」
「うるさい!お前たちはもう会話するな!とにかく2人とも着替えてこい、ラウンジは臨時休業だ!!」
アズールの声に双子は同時に口元を拭い、制服に着替えるべく大人しく更衣室に向かった。

+++

このような経緯を経て、オクタヴィネルの3人はオンボロ寮の玄関前に佇んでいた。フロイドの機嫌は最悪だし、それ以上にジェイドの機嫌も最悪だった。そしてこの2人を連れてくるのに一番骨を折ったのはもちろんアズール。再び彼らが喧嘩をはじめないよう、目を光らせていると、玄関のドアが開いた。

「……どうぞ」
再び姿を現したデュースが、客人を招き入れるようにドアを大きく開ける。ナマエが自分たちと会ってくれることに内心ホッとしつつ、アズールは「失礼します」と一言断り中に入る。続いてジェイドが、そして最後にフロイドがゆっくりと中に入ると、デュースは静かにドアを閉めた。


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