影踏み鬼(前編)

きっかけは夕方―――クラスメイトのエースとデュース、たまたま合流した部活終わりのジャック、そしてグリムという4人と1匹で歩いているときのことだった。それぞれが寮に帰るため、ダラダラと鏡舎に向かって歩いていると「ふなぁ…」とグリムが声を上げたのだ。
「ジャックの影って、でっけぇんだゾ!」
そう言ってグリムはわたしの肩から飛び降りると、真っすぐ前に伸びたジャックの影の中に入った。
「ははっ、マジで超でけーじゃん。監督生ならすっぽりおさまっちゃうんじゃね?」
エースがそんなことを言うので、わたしもグリムに続いてジャックの影に入ってみる。わたしたちの背中を照らすような夕日は、昼間よりもうんと影を長くさせている。だからわたしの体はエースの見立て通り、ジャックの大きく長い影にすっぽり隠されてしまった。

「こんなに大きいんじゃ、影踏み鬼で負けちゃうよ」
巨大な影が面白くて思わずそう言うと、あっという間に視線が集まるのを感じる。しまった、と思った。たまに、こういうことをやってしまう。わたしがもといた世界の習慣や知識、遊びなどを、無意識に披露してしまうことがあるのだ。聞いたことがない言葉を前に友人らが首を傾げる姿はわたしを切なくさせるし、その言葉の意味を説明する自分のことも空しく感じられる。だから、余計なことを漏らさないよう、いつも気をつけていたのだけど…。

「カゲ、フミ、オニ?なにそれ?」
「そういう生き物がいるのか?強いのか?」
エースとデュースが立て続けにそう尋ねてくるので、わたしは小さく首をすくめた。
「負ける、ってことは遊びか何かじゃないのか?」
耳慣れない言葉にジャックも興味を持ったらしい。さすがにこのまま誤魔化すわけにはいかないと思い「子どものころやってた遊び」とだけ返した。

「へぇ〜〜相変わらずオレらの知らない遊びがあんだねぇ、監督生のいた世界には」
そう言ってエースまでジャックの影に入ってくる。
「お、おい!お前まで入ってきたら歩きにくいだろ」
と文句を言うジャック。定員ギリギリだが、エースはなんとか影に入りきれている。
「それで?どんな遊びなんだ?」
「うわっ、デュース!オマエ、さすがにそれは無理だって…!」
ついにはデュースまでジャックの影に入ってくるが、やっぱり無理があり、彼の頭はジャックの影から少しはみ出てしまった。「だから、歩きにくいだろ!」とジャック。そりゃそうだ、今や全員がジャックの目の前で、彼の影から出まいとひしめき合いながら歩いているのだから。

「ええと、そうだなぁ…基本ルールは鬼ごっこと同じなんだけど…」
思いのほか友人らが興味を持ってしまったので、仕方なく影踏み鬼のルールを記憶の奥底から引っ張り出した。
「まず鬼が一人いて、この鬼に影を踏まれないように逃げなきゃいけない。もし影を踏まれちゃったら、踏まれた人が代わりに鬼になるの。逃げる側は、影を踏まれないように走って逃げたり、踏まれそうになったら体を丸めて影の面積を小さくしたり…あ、あとちょっとだけなら建物の影とか、木の影に入ってもいいんだよ」
「すげー!それ超無敵じゃん!」
エースが目をキラキラさせながら言う。
「うん、でもずっとはいられないよ。5秒とか10秒とか、決められた時間までしかそこにいられないから、結局はいろんな影の中を移動しながら逃げなきゃいけないんだよね」
「ふぅん、けっこう戦略性のある鬼ごっこなんだな」
デュースも感心したように頷いた。

「……で、その”カゲフミオニ”に俺が負けそうだって言ってたのか?」
何やらただならぬ雰囲気を感じ、わたしたちは一斉にジャックの方を振り向いた。いつの間にか足を止めているジャックは、後光が差すように夕日を浴びながら腕を組み、仁王立ちをしている。わたしたちはジャックの影からはみ出ていることに気づき、押し合いへし合いをするように慌てて彼の影の中に飛び込んだ。

「よし、やってやろうじゃねえか、その”カゲフミオニ”ってやつを。で、俺は絶対に勝ってやる!」
そう言って息巻くジャックを見て、目をパチクリしながら顔を見合わせるわたしたち。
「え、え?やるの?影踏み鬼…」
わたしの弱々しい問いに対し「やる」とジャックは食い気味に言った。そして「もちろんお前らもやるだろ?」と言うような目でわたしたちを見る。
「…ようし!僕も受けて立つぞ!」
こうして威勢よく声を上げたのはデュース。
「じゃあオレ様も参加するんだゾ!逃げ切ったら賞金としてツナ缶よこせ!」
と舌なめずりをするグリム。
「えー?じゃあさ、エペルとかも誘おうよ。こういうのって、人数多い方が盛り上がるじゃん」
と意外に乗り気なエース。
そして友人らは黙ってわたしの方を見る。「当然お前も参加するよな?」と言わんばかりの顔だ。

正直、彼らと影踏み鬼なんてやりたくない。そもそも体格にも、体力にも差がありすぎるのだから、もし影を踏まれてしまったら一生鬼になってしまう未来しかない。―――というわたしの考えを表情から読み取ったのか、「ダイジョーブ、ダイジョーブ!」とエースが笑いながら声を上げた。
「監督生にはハンデあげるって!さすがにオレらもそこまで鬼畜じゃねぇよ」
エースの言葉に、ジャックやデュースも頷いた。そこまでこの遊びがしたい?という気持ちがなくもないけれど、結局は彼らの熱意に負けてしまう。まあ、よく考えたら子どものころの遊びを高校生になってチャレンジするって、いろいろめちゃくちゃで面白そうかもしれない。

「分かった。じゃあ、いつやる?」
こうわたしが答えると、友人らは口々に部活の予定、補修の予定などを発表しはじめる。相変わらずわたしたちはジャックの影に入りながら歩くのを辞めないけれど、彼ももう文句は言わない。そうして、鏡舎に着く頃には”来週の金曜日に影踏み鬼をすること”で話がまとまった。そして鏡の中に入っていく友人たちと別れ、グリムと一緒にオンボロ寮に向かって歩いていると、最初は憂鬱だったわたしも、なんとなくこの遊びが楽しみになっているのだった。


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