紙飛行機(後編)

「この度は、うちのフロイドが大変不躾な行為を働き、大変申し訳ありませんでした」
アズールはよく通る声で謝罪の言葉を申し立てると、深々と頭を下げた。続いてジェイド、フロイドも頭を下げる。しかしフロイドは相変わらず不機嫌な面構えである。
「まずはこちらをお受け取りください」
アズールがそう言うと、ジェイドが持っていた手提げ袋をナマエに差し出す。ナマエは恐る恐るそれを受け取った。
「傷の治癒力を速める塗り薬や傷あてを用意しました。それと、ささやかながらモストロラウンジで取り扱っているお菓子や紅茶といった品々も同梱させていただいています。これらがナマエさんの心を癒やすお手伝いになればと思いまして」
「あ、ありがとうございます」
「とんでもない!失礼を働いたのはこちらですから、当然のことです」
そう言ったあと、アズールは軽く咳払いをしてから背後にいるフロイドに右手を向けた。

「なお、今回のことに関してフロイドにはしっかりと教育的指導を施しました。同時に1ヶ月間のあいだ、ナマエさんと接触する可能性のある場所へ赴くことを禁止させることになりました。モストロラウンジ内ではキッチン業務など、主に裏方業務を任せる予定です」
ナマエの反応を見るように、アズールはここで言葉を切った。すると、その瞬間を待っていたかのように「でも、」とエースが声を上げる。
「そんな約束、フロイド先輩が守るとは限んねぇじゃん。もしナマエと接触したらどーしてくれんの?」
そうだそうだ、と言うようにデュースとグリムも頷く。
「もちろん、きついお灸を据えますよ。きつぅいお灸を……ね」
こう答えたのはアズールではなくジェイドだった。肩を並べるフロイドは小さく舌打ちをしただけで反論はしない。これほどに険悪な様子の双子を見たことがなかったオンボロ寮のメンバーたちは、こっそりと目を見合わせていた。

「こんなことで、ナマエさんが負った心の傷を癒やせるとは思っていません。今僕たちにできる精一杯の誠意を見せた、というだけの話です。ですから、あなたが心から笑える日を取り戻せるよう、僕たちはこれから全力でサポートしていくつもりです」
アズールが大真面目にこんなことを言ってのけるので、ナマエはいい加減、話が大きくなりすぎだと思いはじめていた。しかし、そう思わせるのがアズールの狙いだったのである。自分たちに非があるときは、大げさすぎるほど謝意を示すに越したことはない。

「あの、分かりました、わたしはその…大丈夫ですから」
ナマエがそう言うと、アズールは「ああ!あなたはそうやってまた、気丈に振る舞われるおつもりですか?!」と大げさに目を剥いて見せた。そして再び、先ほどのようなごてごてとした謝罪を述べはじめる。その謝罪はナマエが「もう自分は大丈夫です、お願いですから寮にお帰りください」と懇願するまで続いた。

+ + + + + + + + + + + + + + + + + +

しかし、アズールの言っていたことは本当だった。
オクタヴィネル御一行の謝罪があった日以降、ナマエがフロイドに絡まれることはなくなった。校内で会うことはほとんどなく、たまに飛行術の授業に出ているフロイドの姿を遠目に見つけるぐらいだった。
反対にアズールやジェイドとは頻繁に遭遇するようになる。彼らはナマエを見つけるとつかつかと近寄り、滑らかな口調で詫び事をまくし立てる。どんな場所でもお構いなしにそんなことをはじめるものだから、ナマエとしてはたまらない。自分はもう本当に気にしていないから大丈夫だと言って、その場を逃げ切るしかなかった。だから校内を移動するときはアズールやジェイドと会わないよう、今まで以上に目を配るようになったし、もしかして、フロイドの謹慎期間である1ヶ月ものあいだこんなことが続くのか?と、やや憂鬱な気持ちでいた。

+++

その日、ナマエは飛行術の授業に出ていた。とはいえ、ナマエは魔力がなく箒で飛ぶことはできない。そのため、授業中はバルガスの手伝いをしたり、仲間たちの飛行の補助をしたり、見学したりして過ごしている。なお、その日はあまり手伝うことがなく、ほとんど見学をして過ごす日だった。大きく飛び上がったエースが器用に手を振り、それに手を振り返す…といったことをしながら、木陰でクラスメイトたちの様子を見学していた。

コツン、と何かが頭にぶつかった。驚いて辺りを見渡すと、すぐそばに紙飛行機が落ちている。手に取ってみると、飛行機の羽部分に途切れ途切れに文字が見える。気になって飛行機を広げてみると、それは破いたノートの一枚だったようで、その紙面に見知った名前を発見しナマエはドキリとした。

『小エビちゃん、このあいだはびっくりさせてごめんね。ちゃんと謝らなくてごめん。フロイド』

紙には斜め気味の文字でそう書いてあった。ナマエはもう一度周りを見渡す。校舎の窓はいくつか開いていたが、フロイドの姿は見えない。
ナマエはしげしげともう一度手紙を読み返す。妙に上の方に文章が書いてあり、まるでナマエが返事を書くスペースを用意してくれているかのようである。ナマエは運動着の胸ポケットに入れていたペンを取り出し、こう書いた。

『驚きましたが、あの傷は治りました。もう謝罪は大丈夫です。ナマエ』

”もう謝罪は大丈夫”というのは、アズールとジェイドに向けた言葉でもある。しかし、返事を書いてみたもののこれをどうすればいいのかは分からない。一応もとの通りに紙飛行機を折り直し、胴体部分を掴んでみると、それは独りでに浮いた。そしてナマエの手を離れ、校舎に向かってふわふわと空を泳いでいく。すごい、魔法を使っているんだ、とナマエの目はその紙飛行機に釘づけになった。そうしてそれは、校舎の開いた窓のひとつに吸い込まれていった。

ほどなくして、飼い主のもとに帰ってくる飼い犬のように紙飛行機が戻ってくる。今度は頭にぶつかることなく、ナマエは手でそれを受け止めた。飛行機を解体すると、そこにはこう書かれていた。

『優しくするから、またあそぼーよ。 フロイド』

なんともフロイドらしい手紙だと思った。だがナマエは、これは返事に窮する内容だと思った。ナマエが自ら遊びたいと思ってフロイドの遊びに付き合ったことは、一度だってない。フロイドの遊びはいつだって一方的で、過激で、巻き込まれるたびにナマエは寿命が縮むような思いをしていた。

オクタヴィネル御一行のくどいほどの謝罪と、エースをはじめとする友人たちの心強い存在のおかげで、ナマエはもうフロイドのことをさほど怒ってはいない。とはいえ、簡単に「あそぶ」と約束することはやはり危険だと思っていたし、素直に謝っている人に対して「あそばない」と突っぱねるのも気が引けた。別に意地悪をしたいわけではないからだ。

『2人じゃなくて、みんなで遊ぶなら… ナマエ』

結局、そう返事を書いた。以前、ジジ抜きをしたときのように、エースやデュースが一緒にいる遊びならまだ安全なのではないか…と考えたからだ。ナマエが返事を書き終え、紙飛行機をもとに戻すと、それはまた校舎へと飛んでいく。


そろそろ授業が終わりそうだった。ナマエは立ち上がり、尻についた草や土を払う。すると、背中に何かが当たって落ちた。紙飛行機だった。ナマエはそれを拾い上げ、広げてみる。
「監督生ー、それなに?」
ナマエはビクッと肩を震わせると手紙を握りつぶした。
「あ、いや、これは間違えて、プリント持ってきちゃって」
「プリントぉ?なぁんか怪しー」
エースが手紙に手を伸ばそうとするので、ナマエは慌ててそれを運動着のポケットにねじ込む。
「授業終わったんでしょ?はやく着替えようよ」
ナマエは早口でそう言うと、こちらに歩いてくるデュースとグリムの方へ駆けていった。

フロイドとの手紙は別に隠すようなものではない、とナマエは分かっていた。だが、何となく人に見せるのは気が引けし、フロイドの返信内容のせいでさらに、このやり取りを人に見られたくないと思ってしまったのだ。

『はやく会いたいねー。 フロイド』

フロイドの返事はこうだった。
もちろん他意はないだろう。遊ぶことも、会うことも、フロイドにとっては同じことなのだ。けれど、自分に向けられるこの「会いたい」という言葉はくすぐったく、甘すぎた。そして、そんなことを考える自分があまりにも自意識過剰に思えてならない―――と、そんなことを考えながら、ナマエは仲間たちと肩を並べ校舎に向かった。



拍手