リドル寮長と連絡先を交換してから変わったことといえば、”なんでもない日のパーティー”に直接誘われるようなったことくらいだろうか。それ以外にお互いに連絡を取るようなことはなく、そもそも忙しい寮長に「元気ですか?」「今何してます?」などと用事もないのにメッセージを送るなんて気が引ける。だからスマホでやり取りするときは、大体リドル寮長から送られてきたメッセージがきっかけになることが多かった。
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『手伝ってほしいことがあるんだけど…』
夕食を終え、自室に戻って本を読んでいると、リドル寮長からそんなメッセージが送られてきた。彼から手伝いを依頼されるのは、これが初めてではない。これまでにも書類の整理、ちょっとしたお使い、食器磨き、薔薇の色塗りなど、さまざまな手伝いを頼まれてきた。特に予定がなければ、わたしはいつもその依頼に応じるようにしている。手伝いをすれば、帰りに必ず美味しい紅茶やお菓子を持たされる…という、ちょっとオイシイ一面もあったからだ。
「あれぇ?うちの寮になんか用?監督生」
放課後、ハーツラビュル寮に訪れるとエースが不思議そうな顔で出迎えてくれた。
「うん、リドル寮長にお手伝いを頼まれたので」
「まーた?人使い荒いねー。っていうより、なんだかんだ理由つけてるって感じか…」
エースは一人ニヤニヤしながらわたしを寮内に入れる。
「んで、今日はなんの手伝いなの?」
「ハリネズミのお世話」
「えっ?」
「だから、ハリネズミのお世話だよ」
「あー……それでオレは今日、世話当番から外されたってわけねー」
「えっ、もともとエースが当番だったの?」
「あ、いや、なんでもねぇわ。うん、お世話ガンバッテね」
そんなことを話しているうちに、リドル寮長の部屋につく。
「りょーちょー、ナマエつれてきましたー」
ドアをノックした後、エースがドア越しに寮長に呼びかける。「お入り」という声が返ってきたので、エースがドアを開けてくれた。
「んじゃ、ごゆっくり」
わたしを中に入れると、エースは再びニヤけ笑いを浮かべながらドアを閉めてしまった。
「やあ、突然呼び出してすまないね」
「いえ、今日も特に用事がなかったので」
「時間があるのはいいことだよ」
寮長はベッドの前にあるローテーブルを指さす。
「まずは手に持っているそれを置いたらどうだい?」
わたしは彼の言葉に従って、抱えていた教科書とプリントをテーブルの上に置いた。実は彼の”手伝い”が終わった後に、課題を見てもらうことになっていた。「いつも自分ばかり手伝いを頼んでいて悪いから、何かお返しをさせてほしい」と言われたので、今週末に提出しなくてはならない課題を一緒に片付けてもらうことにしたのだ。学校一の秀才であるリドル寮長がいれば百人力だ。エースやデュースよりもレベルの高い課題が完成することに違いない。
「それじゃあ案内するから、ボクについてきて」
両手の空いたわたしを一瞥すると、寮長は寮服のマントを翻して部屋を出た。
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部屋に入った途端、ピーピーという鳴き声が聞こえる。その生き物たちはリドル寮長を見つけると、嬉しそうに鼻をふんふんと動かしながら声を上げた。
「驚いたかい?彼ら、機嫌がいいとこうやって鳴くんだ」
「そうなんですね。ハリネズミが鳴くの、初めて聞きました」
リドル寮長は得意げに微笑むと、わたしに厚手の手袋を渡す。「怪我をするといけないから、念のため」とのことだ。
今日の手伝いというのは、この『ハリネズミの見守り』のことだった。間近でみるハリネズミは思ったよりも愛らしい顔立ちで、丸く黒い瞳と、顔周りの白い毛が可愛らしい。事前に調べてみた情報だと、変に刺激をしなければその鋭い毛が立ち上がることはないそうだ。
リドル寮長はハリネズミたちが入ったゲージのドアを開け、低い柵のある外に誘導する。運動がてら、こうやって定期的にゲージから外に出してやるらしい。
「それじゃあ、キミはこの柵の中にいるハリネズミが逃げ出さないように見ていて。ハリネズミっていうのは意外とやんちゃでね…柵をよじ登ってしまうこともあるんだ。とはいえ脱走しそうな子がいれば、優しく手で押し戻してあげれば大丈夫だよ」
リドル寮長そう言うと、近くにいるハリネズミをひょいと一匹持ち上げた。それから近くの丸椅子に座ると、手の中におさまったハリネズミの小さな手を取る。そして右手に持った小さな爪切りで、これまた小さなハリネズミの爪をパチリ、パチリと切っていった。
その鮮やかな手つきに見とれていると、彼が顔を上げてふっと相好を崩す。
「こら、言ってるそばから脱走しそうだよ」
慌てて柵の方に顔を戻すと、たしかに一匹のハリネズミが一生懸命柵をよじ登っているところだった。そのハリネズミの顔にそうっと手をかざすと、案外聞き分けがよく、すぐに柵を降りてくれる。
「良い子だろう、ボクがちゃんとしつけているからね」
リドル寮長が誇らしげな口調で言う。その間も、爪を切る手は止めない。
「さあ、これで終わりだ。今日も良い子だったね」
寮長は爪を切り終えたハリネズミの頭を優しく指で撫でてやってから、柵の中に戻す。こんな柔らかな表情と声のリドル寮長を見るのは初めてだった。
「な、なんだい、そんなにマジマジとボクの顔を見て……」
リドル寮長は少し眉をしかめながら、次のハリネズミを捕まえた。元気に動き回っていても、寮長に捕まえられると、途端に彼らは大人しくなる。それは寮長を怖がっているからではなく、彼を信頼しているからこそ、きちんと言うことを聞いているようだった。
「いえ、その…そんな優しい声も出すんだ、と思いまして」
「……相変わらず失礼な子だね」
彼はわたしをひと睨みすると「ボクが愛らしい動物に癒されたっていいだろう…」とぼやいた。
ハリネズミたちは本当に人懐っこかった。わたしの気を引くように鳴いたり、走り回ったりして見せる。
「怖くなければ、手袋を外して頭を撫でてごらん。噛みついたりなんかしないから」
リドル寮長がそう言うので、わたしは手袋を外し、柵の上から手を伸ばす。一匹のハリネズミが撫でてほしそうに、こちらに顔を伸ばした。その眉間の辺りをゆっくりと人差し指で撫でると、ハリネズミは気持ちよさそうに目を細めた。
「わぁ………」
吐息のような間抜けな声が漏れてしまう。ふふっとリドル寮長が笑った。
「可愛らしいだろう。よかった、キミもハリネズミを気に入ってくれたみたいで」
それからリドル寮長は、自分の趣味はハリネズミのお世話なのだと話した。この楽しさと、癒しの時間を共有したくて、わたしを誘ってくれたらしい。彼が爪を切る軽快な音と、ハリネズミたちが甘える愛らしい声が心地よく、わたし夢中になってハリネズミを可愛がった。
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ハリネズミのお世話を終えたわたしたちは、リドル寮長の自室に戻る。彼自身が入れてくれたローズティーを飲みながら、わたしは今回の課題が書かれているプリントと、その課題に関する教科書のページを開いた。
「この問題を解くのが課題かい?」
「はい。どのように問題を解いたのか、過程をしっかり書くように言われています」
「ふぅん。魔法薬学の実験に関する問題か…」
腰に手を当てながら立っていたリドル寮長だったが、プリントの内容を近くで見るため、遠慮がちにわたしの横に腰かける。ソファがゆるりと沈む感触がした。
「で、キミはこの実験についてどれくらい理解しているの?」
寮長の問いに、わたしは小さく肩をすくめてみせる。それを見て彼はやれやれという風に頭を振った。
「キミでさえこんな状況なんだから、エースやデュースはもっとひどい状態なんだろうね…」
それから寮長は近くにあった分厚い本を手に取ると、パラパラとページをめくる。
「じゃあ、まず基礎のおさらいだ。分からないことがあれば、すぐに質問するように」
そうしてリドル寮長による、特別授業がはじまった。
けれど、その分かりやすい特別授業のおかげで、わたしの課題は”完璧”な状態で完成した。わたしの回答を見れば、100人が100人実験内容を理解できるだろう。わたしのつまずいているところまで戻って、丁寧に教えてくれたおかげで、今この実験に関する質問をされれば、誰よりも分かりやすく説明できる自信がある。
「随分といい顔をしているね」
そう言ったリドル寮長の顔は、少し疲れていた。
「ええ、今回の課題は自信を持って提出できるので。リドル寮長、本当にありがとうございます」
「まあ、ハリネズミのお世話を手伝ってくれたお礼だからね。当然のことをしたまでさ」
それから彼はティーカップを口元に持っていき、口につける直前でその手を止める。
「ナマエ、」
「はい?」
「今日は楽しかった?」
突然の問いの真意が分からず、彼の表情を伺おうとしたが、寮長は伏し目がちに紅茶を啜っている。
「楽しかった……ええ、楽しかったですよ。ハリネズミは可愛らしかったですし、それに、憂鬱だった課題も終わらせられて、正直ラッキーでした」
そんなわたしの返答に、リドル寮長は小さく息を吐き「そう、それならよかった」と目元を緩ませる。
「ねぇ、ナマエ、」
再びわたしの名を呼ぶ寮長に「はい?」と再び同じ返事を返す。
「ボクをもっと、頼ってくれないか」
リドル寮長の言葉のあと、わたしたちのあいだに水を打ったような沈黙が流れる。
「え?」
「……えっ?あ……その、」
「あの、頼るって……」
「なんでもない!さあ、キミはそろそろ寮に戻るべきだ。鏡舎まで送るからさっさと準備をおし!」
リドル寮長は慌てた様子で立ち上がると、いつもの有無を言わせぬ口調でそんなことを言う。わたしはなぜ急かされているのかよく分からないまま、広げっぱなしだった教科書やプリントをかき集めた。
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オンボロ寮に戻ると、すでにグリムが帰ってきており、わたしの帰りが遅かっただの、お腹が空いただのと文句を言った。しかし、わたしが持って帰ってきたトレイ先輩お手製の焼き菓子を見せると、すぐに上機嫌になる。そうして、グリムが温めてくれたミルクと一緒に焼き菓子を楽しんでいると、ふとリドル寮長の言葉を思い出した。
頼ってくれ、って何だったんだろう。そして、あの意味深な言葉と正反対の、ハリネズミの世話をしている生き生きとした彼の表情も思い出す。あれが普段、容赦なく人の首をはねている怒りっぽい人間だとは…到底思えない。
いつの間にかリドル寮長のいろんな顔を見れるようになっていたんだなと、そんなことを考えながらナッツの入ったクッキーを噛み砕いた。
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