言葉遊び(後編)

「モチウオ」
「オレンジ!」
「ジンドウイカ」
「カレー!」
「レンコダイ」
間髪入れずにワードを捻りだす、凄まじい言葉の応酬だった。2人でしりとりなんかするもんじゃない。……いや、そもそもたった2人でこんなに緊張感のあるしりとりをすること自体がおかしいのだ。しかもフロイド先輩が答える言葉は、すべて魚の名前らしい。勝手に魚名縛りをしているくせに、このスピードでしりとりができるなんて、どうかしている。

「ケーキ!」
わたしが声高にこの3文字を叫ぶと、フロイド先輩は一瞬思案顔になった。それから、ふにゃりと柔らかく笑ってこう言った。
「キス」
ドキリとした。しかし、慌てて頭を振る。「キス」とは魚の名前だ。そうドギマギする必要なんてない。わたしはすぐに「スズメ!」と繋げた。そんなわたしの顔をフロイド先輩はニヤニヤしながら見ていた。


フロイド先輩が本日2度目の思案顔になったのは、わたしが「イス!」と言ったあとのことだった。そして今度は先ほどよりもさらに柔和な笑顔を浮かべ、こう言った。
「スキぃ」
思わず「えっ」と声を上げてしまう。「スキ」…「スキィ」という魚がいるのだろうか。次のしりとりとの頭の文字は「き」なのだろうか、それとも「い」なのだろうか。そんな風にわたしが混乱していると、フロイド先輩はわたしの思惑を見透かしたかのように「スキって魚の名前じゃねぇんだけど」と言った。
「あ、ええと…じゃあ、次の言葉は”き”ではじまる…」
「オレ、好きって言ったの」
「す、すき?」
「ナマエチャンが好きって言ったの」
フロイド先輩はテーブルに片肘をつき、その手で自分の顔を支えながらこちらを見ていた。その目は楽し気に細められているものの、単純にわたしをからかっているわけではなさそうだった。

「あっ……え、っと……」
「んじゃあ、”き”ではじまる言葉どーぞ」
戸惑うわたしを置き去りにして、当たり前のようにしりとりが再開される。けれどわたしは、頭の中でフロイド先輩の「好き」という言葉が絶えずこだまするほど混乱しており、しかしそんな中でもしりとりをしなければならないという謎のプレッシャーがあり、わけも分からず「キス!」と叫んでしまった。

「キスぅ?」
「あ!す、すみません、今のなしで…!」
ここに来て一番気まずい失敗をしてしまった。「キス」はフロイド先輩が出した言葉だし、それになにより「キス」という言葉はインパクトがありすぎる。なぜなら、わたしにとってこの言葉は、魚名というより”接吻”という意味を成す言葉として馴染み深いからだ。フロイド先輩はなんとも思わないかもしれないが、わたしは自分が突然学校で「キス!」と叫んだことによる羞恥で乙女のように顔を赤くしてしまった。

「あはっ。なあにぃ、ナマエチャンったらオレとキスしたいの〜?」
そのままスルーしてくれればいいのに、フロイド先輩はそんな子どもっぽい絡み方をする。
「ごめんなさい、あ、あの、わたしの負けでいいですから…」
「えぇ〜それじゃつまんねーから、今のはセーフね。てか、どうせ2人しかいないんだし、一度出た言葉もアリってことにしよっかぁ」
ここにきて、このしりとりにひどくルーズなルールが投入された。一度出た言葉で繋げてもいい、となれば、もう永遠にしりとりが続いてしまうじゃないか。簡単にゲームを降りさせない、というフロイド先輩のただならぬ意志を感じる。

「じゃ、オレの番ね。ナマエチャンがキスって言ったから〜、オレは……”スキぃ”」
わたしはギョッとしてフロイド先輩の顔を見上げる。彼は目じりを下げ、にこりとわたしに微笑んだ。
「もっかい言おっか?す、き」
「は、はい、えーと……き…キウイ!」
「イシダイ」
「い、イス!」
「スキ」
「………」
楽しそうにこちらを見ているフロイド先輩が視界の端に映る。
「あの……」
「なにぃ」
「それ、やめませんか」
なにが、とは言わない。でも、なにをやめてほしいのか、フロイド先輩は分かっているはずだ。恐る恐る視線を上げると、フロイド先輩と目が合った。わたしと目が合った瞬間、彼は嬉しそうに目元をゆるめる。
「ヤダ」
彼の”ヤダ”は絶対である。わたしは消え入りそうな声で「はい」と応答したあと「キツツキ」としりとりを続けた。


……
「アイス!」
「スキ」


……
「クロス!」
「スキぃ」


……
「…サックス」
「スキ〜」


……
「ドレス……あっ!」
「あはっ、スキぃ」


―――もう限界だった。
彼の言う「スキ」が「好き」なのだと、そう教えられたうえでこう何度も「スキ」に繋げられると、否が応でも調子が狂ってしまう。彼が「スキ」と言うたびにわたしの心臓は跳ね上がり、鼓動はスピードを上げ、じんわりと背中に汗をかく。ただしりとりをしているだけでこの疲労感……一体なんなんだ。

「もう、わたしの負けにしてください…」
「え〜?もっと遊ぼーよぉ」
わたしの懇願を到底受け入れる気のなさそうなフロイド先輩は、へらへらと笑いながらこちらに手を伸ばした。隣り合うわたしたちの距離はそう密接しているわけではないが、彼の長い手はやすやすとわたしの顔を捉えてしまう。フロイド先輩はわたしの顎の下に手を入れ、視線が合う位置まで持ち上げた。すると、自然と姿勢を正さなければいけないような格好になり、わたしは慌ててテーブルに手をつきバランスを取る。

「どーお?オレの気持ち、伝わった?」
「はい……?」
「オレ、何度も言ったよね。ナマエチャンのこと、好き、って」
「………」
「どう思った?ちょっとドキドキした?」
フロイド先輩は無遠慮にわたしの顔を観察する。あまりにもマジマジとこちらを見るものだから、わたしは「いや、その…」などと、ごにょごにょ言いながら目を逸らしてしまった。
「足りねーなら、もっと言ってあげるけど?」
口調こそおどけているが、フロイド先輩のどの言葉も”本気”であることは分かっていた。だから、怖かった。なぜ彼が突然そんなことを言い出したのか、分からなくて怖かった。

「あの、あ、ありがとうござい、ます」
なんとか言葉を絞り出すわたしを見て、フロイド先輩は大口を開けて笑い出す。
「好きって言われてお礼言うとか、意味わかんねー。やっぱナマエチャン面白すぎぃ」
それから彼はわたしの顎を支えていた手を引く。そして、テーブルの上にだらりと体を預けると、重ねた自身の手の上に顔を乗せた。
「オレさぁ、1ヶ月ぶりにナマエチャンに会えて嬉しかったんだぁ。だから、いっぱい好きって言いたくなっちゃった」
彼はそんなことを独り言ちたあと、ゆるりとこちらに顔を向けた。
「オレ、ちゃんとナマエチャンに優しくするからさ、これからも遊んでくれるよねぇ?」
オッドアイの瞳に射すくめられ、わたしは無意識に何度も頷いていた。すると、フロイド先輩は子どものような無邪気な笑顔を浮かべ「よかったぁ〜」と言った。


そのとき、複数人の生徒がお喋りをしながら食堂に入ってきたようで、騒がしい声が近づいてくるのを感じる。振り返ると、エースとデュース、そしてグリムが連れ立ってこちらに歩いてくるところだった。どうやらそれぞれ急用を片付け終えたらしい。フロイド先輩はそんな彼らを一瞥すると、気だるげに長椅子から立ち上がり、大きく伸びをする。
「ゲームの途中で抜けてしまい、すんませんリーチ先輩!」
「結局2人で残ってたのかよ。で、勝敗はどうなったわけ?」
騒がしいクラスメイトたちが戻って来たことに安堵を覚えていると、フロイド先輩は「んー、引き分けって感じぃ」と言って欠伸をした。
「あれ?フロイド先輩、もう行くんすか?」
「次、イシダイ先生の授業だから、サボるといろいろ面倒くせーんだよね」
そうして彼は一度くるりとわたしの方を振り返り、「じゃーねぇ、小エビちゃん」と片手をひらひらさせてから去っていった。

猫背気味のフロイド先輩が大股で歩いて行く様子を見ながら、わたしはある一つの事実に気づいてしまう。それは、フロイド先輩が”わたしと2人きりのときだけ、わたしを名前で呼ぶ”ということだ。そのように呼び分けるのはわざとなのか、それとも無意識なのか。そこに意味があるのか、ないのか…。それはわたしをますます混乱させる事実でしかなく、とてもじゃないがこれをクラスメイトたちに明かそうという気にはなれなかった。しりとりゲームはもう終わったというのに、わたしはまだ背中にじんわりと熱と汗を感じていた。


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