どんな治療をされるのかとドキドキしていたけれど、リドル寮長の治療は思った以上に優しく穏やかなものだった。患部に触れる前には必ず声をかけてくれるし、どんな魔法をかけるのか、どんな処置をするのか、と細かく説明もしてくれた。
処置が行なわれている間は、瞼がじんわりと温かくなるような感覚がする。時折ピリッと刺激が走るようなことがあるが、痛いというほどではない。そしてその刺激が起こると、寮長は必ず「大丈夫かい?痛みはない?」と声をかけてくれた。
結局、治療にかかった時間は15〜20分ほどだったのではないだろうか。その後、治療の効果が現れるのに20分程度の時間が必要とのことで、その間彼は席を外してくれた。ちなみに、エースとデュース、グリムはもう保健室にいない。リドル寮長が「次の授業に出ろ」と追い出してしまったのだ。
”チチチ……チチチ……”
朝が来たことを知らせるような鳥の鳴き声がして、目が覚めた。いつの間にか眠っていたようだ。また、この鳥の声はアラームだったようで、しばらくするとその声は止まった。
「失礼、中に入るよナマエ」
リドル寮長が断りをいれてから、静かにカーテンを引く。
「……タオルを外すよ」
そう言って、彼はわたしの瞼の上に乗せられたタオルをゆっくりと取った。
「急に目を開くと気分が悪くなる可能性があるから、ゆっくりとお開け」
彼の言葉に頷いてから、わたしは少しずつ時間をかけて瞼を持ち上げる。まず、ぼやけた天井が目に入った。何度か瞬きをすると、景色が鮮明になってくる。顔を横に向けると、久しぶりに見た顔―――リドル寮長だ。
「おはよう、ナマエ」
彼は大人っぽい笑みを浮かべると、こちらに手を伸ばす。
「本当に問題がないか、最後にチェックをさせておくれ」
「はい」
わたしは寮長に顔を向けたまま、動かさないように固定する。彼はわたしの瞼を観察したり、目を動かすように指示したりして、状態をチェックした。それから「うん」と自信たっぷりの声を出す。
「間違いない、治療は成功だ」
リドル寮長に渡された手鏡を、恐る恐る覗いてみる。そこにはいつもの自分がいた。もとより、目が腫れ上がった状態のときはほとんど目が見えず、そんな自分の姿を見ることができなかったので、見た目の変化に関してはあまりピンと来なかったのだけど。
「あの……」
「どうしたんだい?何か違和感でも?」
「いえ、目はスッキリしていて元通りになりました。本当にありがとうございます。
ただ…わたしの目って、そんなにひどく腫れ上がっていたんでしょうか?」
「…というと?」
「リドル寮長から見て、どれだけひどい姿だったのかな……と」
そんなわたしの問いを聞いたリドル寮長は黙って両腕を組むと、つんと顎を上げてそっぽを向いた。
「………さぁ?覚えていないね」
「えっ?」
「だから、忘れてしまった、と言っているんだ。治療は終えてしまったんだから、治療前の状態をわざわざ覚えておく必要はないだろう」
「それは、その……わたしへの気遣いですか?」
「た、ただ忘れてしまっただけさ!それでいいじゃないか。それより、」
彼はわたしに顔を戻すと、ぎゅっと眉を寄せて怒った顔を作る。
「なぜ、こんなことになってしまったのか、原因を明らかにする必要があるね。キミは一体どんな授業に出ていたんだい?」
それからわたしは、自分が魔法薬学の授業に出ていたこと、そこで取り組んだ実験のことなどを詳しく説明した。
「ちなみに実験中は一度もゴーグルを外していないだろうね?」
「ゴーグル、ですか……?」
「ああ。一度でも外したのなら、魔法薬の煙にやられて一発だ。それぐらい強い作用を持つ魔法薬作りを行なっていたんだよ、キミは。もちろん、クルーウェル先生からそういった説明はあったと思うけれどね」
「………」
「…外したんだね」
「はい。途中で一瞬…ですけど」
「二度とそんなことをしてはいけないよ。もしゴーグルを外したければ、一度実験室を出ることだね。そうでなければ、今日みたいなことになる。それに今日はたまたまボクが治療できたからいいものを!下手をすれば、あのまま失明してしまう危険だってあったんだから……」
そこまで捲し立ててから、彼はハッと我に返り、気まずそうに咳ばらいをする。
「ま、まあ、終わったことをガミガミと言っても仕方がないね…。次は気をつけるように。その……キミの力になれてよかったよ。もし、あとになって違和感が出てきたら、すぐに連絡をおし」
彼はそう言って腰かけていた椅子から立ち上がり、出て行こうとした。そのとき、ふと一つの疑問を覚えてしまい、改めて彼を呼び止める。
「そういえば、わたしの治療にかかりっきりですっかり夕方になってしまいましたけど……もしかしてリドル寮長、授業があったなんてことは…」
「ああ、察しが良いね。キミの想像通り、ボクは出席予定だった授業に出る代わりに、キミの治療を行なったんだ」
「それって、その、」
「人生初の”無断欠席”さ」
「……ごめんなさい」
「いや、こっちには正当な理由があるんだ。そう心証が悪くなることはないだろうし、別にボクは補習授業でもなんでも受けるつもりさ。それに、キミを救うことに比べれば授業なんて………」
そこで、もう一度大きな咳ばらいをする。「それじゃあ、ボクはこれで!」と言って、彼は今度こそわたしに背を向けた。
「あの、本当にありがとうございます、リドル寮長」
「…どういたしまして」
「このご恩は必ず返しますので…ええと、その…何かあれば、遠慮なくわたしをこき使ってください」
「はは、覚えておくよ」
リドル寮長は小さく笑うと、カーテンをぴっちりと閉めてから保健室を出て行った。
目まぐるしく起った出来事をもう一度思い出していると、わたしはうつらうつらと船をこぎはじめる。そして、保健室の主が戻ってくる頃には再び眠りに落ちていた。
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