影踏み鬼(中編)

”影踏み鬼”開催は、参加メンバーそれぞれのクラスの授業が早く終わる2週間後の木曜日になった。15時頃に中庭に集合しよう、という話でまとまったのである。

この遊びの参加者はエースとデュースにグリム、それからジャック、エペル、セベク、わたし―――以上の6名と1匹だ。わたしとグリム以外の全員が運動部なので、正直まったくと言っていいほど勝算はないが、ハンデをくれるというのでまぁ何とかなるのかなと半分は楽観視している。

それにしても、エースやデュース以外のメンバーも乗り気になって参加してくれるとは、思ってもみなかった。エペルは分かるとして、セベクも意外と付き合いがいいんだなと少し感心する。さらに、参加メンバーたちはなぜかこの”影踏み鬼”に並々ならぬ闘志を抱いているようで、この日に向けてトレーニングメニューを強化する人も出てきたくらいだ。このゲームに勝つと褒美がもらえるとか、そんな勘違いをしていないか不安になる。(もちろん、そんな取り決めをした覚えはないのだけど…)


―――そうして、”影踏み鬼”当日がやってきた。
この日はよく晴れており、雲は少なめ。しっかりくっきりとした影のできやすい、影踏み鬼にもってこいの日だった。

わたしとエース、デュースは本日最後の授業を終えると、運動着に着替える。友人らが何度も運動靴の紐を結び直していたので、わたしも慌てて紐をきつく締め直した。
中庭に行くと、すでに参加メンバーが揃っている。彼らはわたしたちを見て無言で頷くと、なぜか輪を描くようにして集まった。
「うっし、準備運動すっぞ」
そんなジャックの言葉を合図に、わたしたちは粛々と準備運動をはじめた。ここではじめてわたしは、彼らが”本気”で影踏み鬼をしに来ているのだと悟り、気が遠くなったのだった。


「んじゃあ、ルールのおさらいね」
準備運動を終え、エースがわたしたちに向かって説明をはじめる。準備運動の時点で右足のふくらはぎが軽くつってしまったわたしは、するすると足をさすりながら彼に耳を傾けた。
「まず、鬼になったやつが10秒数えてから追いかけることと、影を踏まれたやつが代わりに鬼になるっていう基本ルールはいいよね。
で、逃亡可能範囲はメインストリートの手前まで。だからコロシアム、図書館、植物園、魔法薬学室、それとオンボロ寮も範囲に含まれるってわけ。けど、中に入って隠れるのは当然ナシね。あくまで鬼ごっこなわけだから」
「ちょっと範囲が広すぎやしないか?」
デュースが片手を上げて質問する。
「いや、逆に校舎の周りだけだと影が限られている可能性がある。それに校舎の外まで出たからといって、逃げる側に分があるとは限らない。次の影までけっこう離れてたりするからな、持久力が試されるぞ」
ジャックがニヤリとしながら答えると、デュースは「なるほど」といって頷いた。(持久力、という言葉がわたしを憂鬱にさせたのは言うまでもない)

「それからえーっと…そうそう、影の中に居続けていい時間は”5秒”ね。ただし、監督生とグリムはハンデとして”10秒”でOK。それと鬼が2人を見つけたときは、5秒数えてから追いかけること」
それでいいよね?とエースがわたしの方を見るので、黙って頷いた。
ほかのメンバーより影の中に長く居られること、鬼に追いかけられる前に5秒の猶予をもらえること、これがわたしたちに与えられたハンデだ。しかしこのハンデでみんなと同じラインに立てるかは正直不安である。なぜなら、私以外のメンバーは全員の運動部。なかには日々しごかれているマジフト部や陸上部のメンバーまでいるのだ。そんな彼らに全力で追いかけられたらひとたまりもないに違いない。

「あ、あと監督生またはグリムが鬼になった場合のハンデね。まずオレらが影に居続けられるのは3秒、それから影から出たあとも3秒数えてから逃げること」
再びエースがわたしたちの反応を伺う。セベクやエペルも、問題ない、というように首肯していた。
「おっけ、じゃあ早速やろうぜ。…っと、その前にまずは誰が”鬼”になるか決めるか」
するとエースが突然宙に手を突き出した。そして大きく息を吸うとこう言った。
「じゃーんけーん…!!」

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最初に”鬼”になったのはデュースだった。わたしとグリムはいつもの癖で同じ方向に走ってしまったが、慌てて別方向に分かれる。グリムは校舎の方の影へ、わたしは校舎を出て図書館の方へ向かった。時刻は15時30分過ぎ、太陽に照らされた木々や建物の影がはっきりと現れ、わたしはその影を追いながらなるべく校舎を離れるようにして走った。夕方に近づけば近づくほど、この影が長く伸びていく。逃げる側の方が圧倒的に有利なんじゃないか?と思っていると、轟くような怒声が聞こえた。
「来るな人間!!!!」
……セベクの声だ。しかも彼の声は移動しており、明らかにこちらに近づいている。怖いもの見たさで後ろを振り返ると、デュースに追いかけられているセベクの姿が見えた。わたしは慌てて図書館の影に飛び込み、そのまま建物の裏側に回り込むよう走った。
「わっ…!」
建物の裏に回ると、ラベンダー色の髪の人物と鉢合わせる。エペルだった。寸でのところで衝突を免れ、わたしたちは口に手を当てたままお互いに小さく笑った。
「あ、デュースクン……」
エペルが小さな声で呟き、彼の視線をたどると、セベクを追ったデュースが植物園の方へ走っていくところだった。
「さすが陸上部、足が速いね。僕もハンデ欲しかった…かな」
エペルはそう言って苦笑いすると、校舎の方へ駆けていった。


ほどなくして、鬼がバトンタッチしたらしい。エペルに追いかけられるエースを遠目に発見した。ハンデが欲しいなんて言っていたくせに、エペルはそこそこ足が速かった。エースは影の中で駆け引きをする暇もなくあっという間にエペルに捕まる。「ちくしょー!!グリムかナマエを鬼にしてやるー!!」と叫ぶ彼の声が耳に届いた。一緒に影の中で休んでいたグリムが隣で「恐ろしいんだゾ…」と震えていた。

+ + +

わたしが暮らしているオンボロ寮方面は、隣り合っている校舎のおかげで大きな影ができている。ここにいるのが一番安全なんじゃないかと、馴染みのあるその辺りをウロウロしていると、足音が聞こえてきたので身構えった。すると、図書館を曲がって誰かが走ってくる―――エースだ。
「あ、かんとくせ…っ!」
なぜだかエースはひどく慌てている様子でこちらに走ってくる。
「ま、待てって!ちょっと、話きいて……!」
少し遠回りになるが、脇の森を抜けて魔法薬学室に向かおうとしたところ、引き留めるようなエースの声が追ってきた。でも、今はエースが鬼ではなかっただろうか?ということは、これは罠?抜け目がないエースなら、演技をしてわたしの逃げ足を遅らせることはしそうだ。
「オレ、鬼じゃねぇんだって!!」
そんな悲痛な声に、わたしは踏み出した足を止める。必死な顔のエースとわたしとの距離は20mほどだろうか。このまま彼がやってくるのを待つか迷っていると、図書館の向こうからゆらりと誰かが姿を現した。

とても背が高くて、そしてゆらゆら揺れている。しかし建物の影のせいでその顔はよく分からない。ただ、とてつもなく不穏な空気をまとっていることだけは分かった。

「監督生っ、オレ、鬼奪われた……!」
間もなくわたしに追いつくところまで来たエースが息も絶え絶えに呟く。それから彼の口から衝撃的な言葉が発せられた。
「今の鬼……”フロイド先輩”なんだ!」


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