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 次回の漫画の取材をするべくゲームセンターに行ってみるものの、目当ての行動をする人物は一向に見つかる気配はない。時間帯のせいなのか、この近くにはいないのか。スケッチをしながら五時間近く粘ってみた結果に、ぼくはため息を吐きながらひっそりと静かな家へと帰ってきた。
 外は電気がついているのに玄関を開けると何の音も、お帰りなさいとの声もせず、そこであいつがいないことに気がついた。一瞬異世界とやらに帰れたのかと考えてすぐさまバイトの同意書に署名したことを思い出した。……たしか、どっかのイタリア料理屋だったか。
 それにしても他人のいない自分の家と考えると実に爽快だ。本来ならば今の状況が普通であるというのに、いつもはあいつがいるというのが断じて許せなかった。何と言っても、ぼくは他人という存在が煩わしくて仕方ない。勿論、康一くんやジョースターさんたちなど、数名を除いてのことではある。そして、いきなり現れて図々しくもこの家に置いてくれだとか言う女は間違いなくその数名には含まれない。
 荷物を自室に放り込んでから何か摘もうとキッチンに入る。ばちりと電気をつけたら丁度目に入るところに、調理台の上にメモ書きとラップの掛けてある揚げられた麺を見つけた。
 “冷蔵庫の中に、中華餡とスープが入っています。両方電子レンジで温めて、中華餡は揚げ焼きそばに掛けて召し上がってください。”
 書いてある通りに電子レンジに皿を放り込み、適当に温める。ごうんごうん、独特の音。電子レンジが稼動しているのがわかる。温められていく食事を見つめているだけ。ひどく無駄な時間。


「………静か、だな」


 ぽつり、唇が勝手にそう呟いた。驚いてすぐに思い直した。……ぼくは何を言ってるんだ? 静かになってよかったじゃあないか、目障りな他人が家にいないんだ。変な気を使わないで済むし、会いたくないからと部屋に閉じこもる必要性もない。今は心地よい空間だろう。あんな女、いなくて清々する。そう、ぼくは一人になりたかったんだ。
 甲高い音がして電子レンジが温め終えたことを告げる。温めた餡をいきおいよく焼きそばにかけると、いい音と共に食欲をそそる匂いが鼻腔をかすめた。それからスープのラップを外して入れ物に口をつける。


「美味い……」


 少し冷えていた身体をじんわりと温めてくれる。黙々と一人、用意されたものを食べていると、食器がぶつかる音しかしない静かすぎる室内に、どうしても違和感を感じてしまう。目の前に人がいないのも、何かを作業する音が聞こえないのも、全てが全て違和感に変わっていく。
 ――“先生”。気が付けばちゃん付けどころか名前を呼ぶことさえなくなり、食事中にもしつこく話しかけてくることもなく、何の文句も言われたことがない。ぼくが嫌みを言ったり険悪な態度を取ったとしても、怒りもせず苦笑いですみませんと謝って。人の機微を感じ取り、それに則って上手く動いてくれる女だ。ずかずかと図々しいことを言って、表情をころころ変えていた第一印象とは随分違う。笑顔。相手を気遣うだけの、顔だ。ぼくは、あいつが本当に嬉しそうに笑った顔も、泣いた顔も、怒った顔も、一度として見たことがない。
 そんなことを考えていたことに気がついてはっとする。ぼくはなんであいつのことばかり考えているんだ。落ち着けよ、家政婦がいないだけだろ? 他人も他人。全くの無関係なあいつがいなくて清清しいはずだろ? あいつが笑おうが、泣こうが、ぼくには関係のない話だ。ため息を深く吐き出して、目前の席をじっと見つめた。


「………まさか、な」


 このぼくが、あの鬱陶しいやつがいないだけで……寂しいだなんて。
mae ato

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