ナマエは元々一般人として出会ったけれど、実際友人として付き合ってみればナマエという人間はとても一般人と呼べるような人間ではなかった。言うなれば、完全にこちら側の人間だったのである。だというのに、お互い仕事には不干渉という約束をして、何故かあたしたちの関係は仲良しこよしで続いていた。
 近くにいたら買い物でもしない?
 そんな連絡があったのは昨日のことだ。偶然にも隣町にいたため、時間も空いていることだし、ナマエと一緒にこの辺で一番栄えている都市にやって来ていたのだが、それが間違いだと気付くのは買い物を始めて二時間経ったころだった。


「あれ、マチじゃないか」


 聞き覚えのあるようなないような声をかけられて、振り返れば見知らぬ男が立っていた。妙に整った顔が端正なつくりのままに笑っている。どこかその笑顔は薄ら寒い。その男を睨みつけながら問う。


「誰だいアンタは」

「酷いなあ、仲間だろう?」


 にっこり笑った顔とどろりとした雰囲気を纏うオーラで、ようやくその正体に気が付いた。――ヒソカ。この前蜘蛛の一員になったばかりの男だ。普段はわけのわからないメイクをしていることと興味がないせいでわからなかったが、どうやらヒソカの素顔はこれなのだろう。顔の作りが整っているだけに普段のヒソカを思い出すと気味が悪かった。あからさまに不快感を露にしたのだが、ヒソカはまるで気にした風でもない。


「お友達と買い物?」

「そうだよ……だから早くどっかに行ってくれる」

「いやだなあ。せっかく会ったんだから、ボクに紹介してくれたって、」

「ごめんマチちゃん、わたし用事を思い出しちゃった。帰っていい?」

「え?」


 ヒソカの声を遮って言ったのはナマエだった。今までヒソカに注意を払っていたせいで気がつかなかったが、ナマエは既にあたしから四メートル以上離れている。ヒソカからは五メートル、と言ったところだろう。ナマエは昨日、今日は一日暇だとか言っていた。ならばナマエはヒソカから逃げたいということだ。ヒソカのことを知っていたのかもしれないし、知らずに危険を察知したのかもしれないが、どちらにせよ薄情なことには変わりない。じろりと睨むがナマエはそんなことで怖気づくような人間ではなく、すまし顔でにっこり笑った。


「ごめんね。マチちゃん、今度必ず埋め合わせす、」

「ちょっと待って。きみ、ナマエって言うの?」


 今度はナマエがあたしに気を払っていたせいか、ヒソカに腕をつかまれた。あたしのこと見捨てようとなんてするからだ。自業自得。ああでも、可哀想に。これから訪れるであろう衝撃に備えて、あたしはしっかりと耳を塞いだ。


「よかったら仲よ、」

「いやあああああああああッ!」


 きいいいいいッん、と耳の中が破裂するんじゃないかと思うほどの高音が広がった。周りにいた他の一般人の連中がこちらに注目している。ナマエの超音波的な衝撃をもろに受けたヒソカは思わず手を離して直撃した耳を押さえている。ナマエは慌ててこちらに走ってくるとあたしに自分のバックを投げて渡した。


「マチちゃん除菌ティッシュ出して!!」

「はいはい」

「早く! 早くしないと手が腐る! 落ちる!」

「大丈夫だよ」

「大丈夫じゃなああいいいい!!」

「うるさい! ほらっ」


 鞄の中にいくつも常備されている除菌ティッシュを投げてやるとナマエはヒソカに握られた箇所をごしごしと必死に擦っていた。擦りすぎて赤くなってきたところで止めてやる。
 耳が回復したのか、少し離れたところからヒソカがこちらに歩いてきた。先ほどやられた音波染みた声のことなどもう忘れたのか、ヒソカはナマエに話しかける。馬鹿なのか。


「酷いなあ、そこまですることないと思うんだけど」

「あんまり近付かないことをおすすめするよ。ナマエは別にあんたにじゃなくてもああだから」

「なんで?」

「いいから離れろ。あたしまで巻き添えくらうだろう」

「ねえなん、」

「近付くな変態! 変態が許されるのは二次元までだ! 二次元の頃はよかったのに! わたしはこの世界に生まれたことを後悔している! 酷く後悔している! 三次元気持ち悪いいいいっ!!」

「……ごめん、ボク、色々と意味がわからないんだけど。二次元とか三次元って何の話?」

「さあ? あたしにもわからない」


 ナマエがここまでの拒絶反応を示したのは初めてじゃない。シャルナークやノブナガたちに会ったときは手袋をして握手ができたが、フェイタンと団長のときは酷かった。マスクをして本人に除菌スプレーを撒き散らしたのだから、ヒソカよりよっぽど酷い対応だったのだ。けれどそれは団長の名誉のために口を噤んでおこうと思う。

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