お人好しすぎる両親は口うるさく言うのだった。如何なる時も正直でありなさいと。聖書の教えのように幼いころから言われ続けたそれを守ってきた私は、あらゆる理不尽を経験しながらもこのたび無事に高校生となれた。 「入学祝いだ」と普段の祝い事には言葉しか贈らない父は珍しくプレゼントをくれた。綺麗なラッピングで包まれたプレゼントを受け取ってありがとうとお礼を言う。どこから出したお金だろうと疑問に思ったことは嬉しそうに破顔する父を見て頭の片隅に押しやることにした。そんな父のしてくれたお祝いのあくる日。 自宅のテーブルに残された書き置き。そして訪れたどこかの職員。「立ち退き強制執行命令です」何を言っているのか理解できない私は家の中を動き回る人を目で追うだけで精一杯で、気付けば学校で必要な持ち物と少ない私物を持って公園のベンチで途方に暮れていた。 肌寒さが残る晩春。目まぐるしく変化した自身の現状をしっかりとわかっていないからだろうか。不思議と何も感じなかった。この先の不安も。目の前にある絶望も。どこで眠ろうか。日の暮れた空をぼんやり見上げてそれだけしか思考は働かない。しかし、いい加減に考えなければならない。過去の自分が大声で言っている。はいはい。言われなくてもわかっているよ 現実から背けても常に回り込まれるから無駄なのだ。それを痛いほどよく知っている。(まずは担任の先生に連絡を入れようか)今の置かれた状況の対処法を考え付く限りのなかでそれが一番適切だろうと思われる。自宅を追い出されて住む家を失いました。生徒からの突然の電話で驚かれるに違いないだろうがありのままの事実を告げるしかない。それにどうすればいいかわからないから何にせよ助言をもらおう。それで何も出来ないとわかったら腹を括ってホームレス生活を始めよう。そうしよう。・・・・・・先行きは不安だけど、とりあえず、前向きに物事を考えよう。 生徒手帳から電話番号が記載されたページを確認しながら頭の中でこの近辺の地図を思い浮かべる。公衆電話はたしか神社の近くにあったような。不明瞭な記憶を頼りに探しに行こうと腰を上げた時、何とも情けない声が聞こえたのだった。 「ヒィーッ! 誰か〜〜そこの犬をどけてくださ〜いっ」 頭上から降ってくる声に目を向けるといつからいたのか男の人がうるさいくらいに犬に吠えたてられていた。親の仇のように吠える犬に心底怯えきった男の人はよじ登った木から動けずにいる。そして先ほどの言葉の『誰か』とは私以外にいないのだろう。一応周りを見てから怒っている犬を自己流で優しく追い返した。 「(ホッ・・・なんとかなった)大丈夫ですか?」 「ありがとうございます。おかげで助かりました」 ようやく降りることのできた男の人は丸眼鏡の裏で涙を浮かべていた。ポロポロと大の大人が涙を流す姿に軽く戸惑いつつハンカチを手渡した。 「久しぶりにこの町に帰ってきたのですが、途端 犬に絡まれるなんて・・・フフ。やはり私は土地の者に歓迎されていないようですね・・・・・・」 (相当犬が苦手なのかな? ずいぶんと自虐的になってるし・・・) 受け取ったハンカチで涙を拭いながら「君も、この土地の子ですか?」と問われ目を瞬かせる。変な言い方をするな。視線を逸らして思ったがその質問に頷き答えた。古風な言い方と思えば変じゃないか。そう思い直して視線を戻せばまだ泣いているからつい口元に笑みが滲む。 「何かあったのですか?」 「え・・・・・・?」 「よければ聞かせてください」 「いっ、いえ! 何もありませんよ! 私は大丈夫ですから!」 「・・・・・・・・・。あなたのことをお聞かせください」 あれ? なんだろうこの感じ。慌てて断るものの、出かかった言葉を飲み込んで、今日あったことを話していた。話す気はまったくなかったはずだったけど今はどうしてか聞いて欲しい。おかしな感覚がしっくりとしてくるのを感じながら座ったベンチの隣の男に話を聞かせた。不思議な雰囲気がほんの一瞬だけ見えたような気がする男の人は話し終えるとさらに泣き出していた。 「そうですか・・・お父さんが家出を・・・さぞ家出した父を恨んでるでしょうねッ」 「・・・・・・娘一人を置き去りにしてふざけるなって思いました。けど、・・・昔からああなので」 こうして人に話していると頭の整理ができて、今に至ることになった原因が何となくわかった。また要らぬ世話をしたのだろう。 昔から困っている人を放っておけない人だった。知り合いの連帯保証人になって、それもやっと片付いたらほかに手を差し出す、・・・いっそのことボランティア団体を発足させればいい。なんてことを思ったのも数知れず。そんな父を仕方のない人だと怒るお母さんを何度も見てきたけど最後にはすこし笑っていた。たぶんこの心情はお母さんと同じだろう。 一番困っているのは家族である母と私。差し伸べる手が足りなくていつも私たちを疎かにする父。この苦労もすべてはお父さんのせいだけれど、でも。入学祝いでもらったプレゼントとその時の父の顔が思い浮かんで、目を伏せる。 「いいお父さんなのですね」 「・・・そうですか? でも父のことを人からそう言われるのは初めてです」 「・・・・・・恥ずかしながら、私も家を捨てた身でして」 その告白にえっと驚き返す。私の父に自分を重ねてまた涙をこぼす男の人をやっぱりわけありなんだと思った。 「あれから数十年・・・・・・家の者はどうしてるだろう・・・。巴衛なんかは私の顔を見たら襲ってくるに違いない」 「(トモエ? ・・・奥さんかな?)事情は知りませんが、帰る家があるのはいいことです」 数十年とか言っていたし当然怒られるだろうから帰るのが怖いのかな? 「それに、怒られてもそれは愛情ですよ!」私なりの慰め言葉をかけて元気づけようと肩をポンと叩いた。その時、手の平が妙にくすぐったくなって小さく首を傾げる。(なんだ?)その感覚はすぐに消えたけど違和感は拭えない。隣のこの人は変わっているなと思っていたけど、改めて見返すとどこか不思議な・・・・・・ 「あなたはこれからどうするのですか?」 「っえ? 私?」 唐突な問いになんて返すか思案していると隣りに座っていた男の人はおもむろに私の正面に立った。そして前屈みになって喉元がドアップで目に入り込む。とても近い、そのことに驚くと同時に前髪がかきあげられたおでこに何かが触れた。「!!???」すぐにその正体がわかり感触が残る額を手で押さえ見開いた目で男の人を見上げる。持っていた帽子を被り直して「あなたに私の家を譲りましょう」とさらりと言うものだから、すぐには理解が追いつかない。 唐突な発言に固まってしまったが、額に触れられたことで今はっきりする。この人は、『人』とはちがう。「ずっと家を空けてる訳にもいかないし、あなたが住んでくれたら私は安心できます」 「このメモに書かれたところへ行ってみてください」 「・・・あ、あのっ! 『これ』私じゃないです!」 そのまま行ってしまう後ろ姿に慌てて立ち上がって声をかける。どうしてそう口走ったのか、はっきりしたこの感覚も何なのか、まったくわからない。こんな見ず知らずの小娘に家を譲るっていうのもおかしいけれど。それよりも、何かを『託された』。漠然とだけど、そんな気がしたのだ。その『託された』何かを私は受け取れない。私ではない誰かだと何故だかそう思った。だから返さなくては・・・・・・・・・(? なにを・・・?) 振り返る男の人は丸眼鏡と同じように丸めた目をふっと細めて小さく首を横に振る。 「違いませんよ。あなたは、他の誰よりも・・・この私ですら、よっぽど主にふさわしい」 (あるじ?) 「どうかよろしくお願いします」 そう言って頭を下げて今度こそ本当に立ち去って行く。その場に残された私は嵐のような出来事にただただ呆気にとられていた。 (ここは・・・) 騙されたと思って行くだけ行ってみよう。他に当てもないし。そう結論付けて持たされたメモに記された簡易的な地図を頼りに足を進めて行くと、何度か歩いたことのある道だと思った。夜じゃなければもっと懐かしい気持ちになったかもしれない。そんなことを思いながら薄暗い道を進んで辿り着いたそこは、長い階段。見上げたその先にぼんやりと鳥居のような形が浮かんで見える。ふと、(ここは来たことがある)と覚えがないけど既視感があった。 (なんでだろう? ・・・なんでそんなことを?) 初めての気がしない。そう思わせるのは一体なぜだろう。いくら自問しても答えはでない。この階段をのぼればわかるだろうか? 今は行ってみよう。この疑問は後回しにして、行ってみよう。思い直すように一歩目の足を力強く踏み出した。 そうして階段をのぼった先で待っていたものは、神社だった。 (やっぱりどこか懐かしい気がする・・・・・・前にも来たことがあったっけ?) 寂れた印象を与える重たい空気。人気はない。 いや、何かを感じる。得体の知れない何かがそこまで迫ってくる・・・?! 「ミカゲ様」 「お帰りなさいませ ミカゲ様」 霊感はないはずだ。姿の見えない声が聞こえて心臓が止まるほど驚く私の目の前に燃え盛る炎が現れる。あ、騙されたんだ。恐怖で腰を抜かした時、あの人当たりの良さそうな顔が頭を過ぎった。人は見かけで判断すべきじゃないんだと冷静な部分がこんな時に私に告げてくる。 この目で見ないと信じない、おばけとかの類は信じないというクチだった。だけど今現在見せつけられるこの現象をどう説明付けても存在するもんかとは言えない。お化けはいる。それも目の前に! 「ミカゲ様? どうなさいました?」 炎がだんだんと小さくなって呼びかけてくる。いまだに恐怖から抜け出せていない私はその声ですらビクッと肩が震え上がった。 私はミカゲじゃないよ。そう言えなくて固まっていると小さい火がふたつ並んで、その奥から別の気配が近づいてくるのがわかった。 「久しぶりだな・・・ミカゲ。今までどこに行ってたんだ?」 こちらに語りかける声が穏やかに聞こえたが、次第に怒気が込められて、姿が見えた。癇癪筋が浮かんだ顔に、思わず口元が引き攣る。そしてあの人が言っていたあのセリフを思い出した。『巴衛なんかは私の顔を見たら襲ってくるに違いない』どうやらそのようだ。ひくひくと後ずさりながら声を出せば掠れていた。ちょっ! まっ・・・! 「20年間も 俺に留守番させやがって・・・!」 「っま、待って・・・!」 「ブチ殺ス!!」 襲いかかってくる直前にありったけの声で叫んだ。「違うっ! 私はミカゲじゃないっ!」勘違いで襲われる悲運の切なる叫びは届いたらしい。ピタリと動きを止めて私を凝視する目に拍子抜けの色が見えて、わかってくれたのだと気づいた。間際まで迫っていた鋭く尖った爪が離れた安堵で涙目になりながらドキドキと鳴る胸を押さえて呼吸を繰り返す。こわ、かった・・・しぬかとおもった 「おまえどうしてここに・・・?」 え? 顔を上げると綺麗な顔立ちに困惑を浮かべて、私をじっと見つめてくる。訳がわからず私も見つめ返していたが、視界に入った不可解なものに自然と視線が上に向かう。頭に生えた耳。カチューシャかと思いきやわずかに動くのが見えて、ゆっくりと瞬きをする。(え? 本物?)だけど本物と思うには現実をひとつ飛び越えなくてはならない。本来人間の耳は横にある。それが頭の上というのはありえない。ありえないのに目の当たりにしている今。どっちともとれずにいる戸惑いがそのまま口に出た。 「おにーさん・・・それ、その耳は本物?」 「・・・・・・・・・」 ふっと静かに笑って「またそれか」と呆れたようにつぶやいた。 (すごく書きたい衝動に駆られている・・・) (夢主ちゃんは幼少期に巴衛と会っていたりで不思議な力が備わったり眠っていたり) 16.12.21 15:33 kamihazi(bun) |