賑わいを見せる文化祭真っ只中、1年1組の教室は閑古鳥が鳴いていた。
人はちゃんと来ている。文化祭実行員で作ったという入場口が窓の外から真下に見えているのでそれはたしかなこと。だから入場口を潜る人が見上げると目に入りやすいその場所は宣伝には向いているはずだった。
しかし窓に目立つよう貼りつけた大きな文字は期待していた宣伝効果がなく、値段引き下げ戦法も通じなく、結果として暇をこれでもかと持て余していた。満ちていたやる気が削ぎ落ちるのは当然と言えば当然で。
「客来ねーな〜」
「俺らヒマだー」
『コスプレ』をして写真を撮る。出し物のテーマは実にシンプルだったが、コスプレという自体如何わしく思えるのではと客足ゼロな現状でクラスの主に男子たちはそう考え始めていた。このままでは用意したいくつもの貸し衣装も教室を飾った時間も水の泡で終わる。
誰か一人でもいいからやればあとも続きそうなのに。
「クラスの誰かがコスプレして客呼び込む?」
そう言ったのを皮切りに、男子たちだけが広がるロマン談義に胸を膨らませて盛り上がり、目的が曲がったそれらを女子たちは口を揃えてバカみたいと冷めた目で見ていた。
結局、その提案に女子でただ一人やけにウキウキとしていた木下仁菜子が、大きくて重い頭をしたカエルの着ぐるみを着てお客さんを呼び込む、ということで落ち着いた。
☆
「あ〜あ。いないとか、マジがっかり」
始まった文化祭に、別なことで楽しみだった三好学は出ばなを挫かれて残念そうに後ろ頭に手を組んでいた。仕方ないってと半歩先を歩く学に寺田裕太郎は言う。いなかったんだから仕方ない。けど残念に思う学の気持ちもわかる。裕太郎はチラッと左隣を見た後小さく笑った。
あの蓮が気にしてるコがどんなコなのか、気になってるのは蓮だけじゃないんだよ。
広げたパンフレットを見ながらどこから行こうか。その話に学があるところをビシッと指差した。
「ここ! まず9組に行こう!」
『ファンタジーカフェ』。いわゆる喫茶店のようだが、ウェイターとウェイトレスとなる生徒が童話の中のキャラクターの衣装を着て客を迎えるということらしい。読んだ紹介文を通して少し想像すると楽しそうで学もそんな理由からそこを指差したのかと思えば、どうやら違ったようだ。
あっと遅れて理解する裕太郎は「いいじゃん。そこから行こう」と二つ返事で学に賛同した。
「蓮もいいよねっ?」
すぐに気付いていた蓮はとても複雑そうに学の問いかけにゆっくり頷いたのだった。
そうして行ったその場所で待っていたのは。アリスの衣装を着た女の子だった。
「あ、一ノ瀬。来たんだ」
学と裕太郎は驚いた顔をする。蓮を『一ノ瀬』・・・?
蓮を呼ぶ女子の大半は『蓮くん』であり、そのほかはあまり聞いたことがなかったので意外さと新鮮さに驚いていた。しかもかわいい子に、苗字で呼び捨て。
「友達も一緒に来たのね」
「あ、どうも」
「こんちわー」
蓮の後ろにいる学と裕太郎を見た彼女――伊岡エリコは一瞬思うところがあるような目を裕太郎に寄越したあと、蓮の顔をじっと見ながらもしかしてとつぶやいた。
そんな意味ありげな視線を向けられた相手――裕太郎は肩を僅かに揺らしてぱちくりと瞬きをした。一瞬だったから見間違いかもしれないが、細くなった目が睨んでいるように見えて少しドキリとする。「きれいなコ〜」と言うだけの学を見て、やっぱり見間違いだよな?とほっとする反面まだ残る不安からまともにエリコのことを見れずに裕太郎は視線を落とした。
一方、直でぶつかるその視線に蓮は思い切り目を逸らす。やっぱり苦手だこの人。普通の顔が笑っているように見えて仕方がない。なんでチェシャ猫がアリス着てんだろうと冗談のように思う。今日に限ったことではないから蓮はエリコに苦手意識を抱いていた。
それを知っているのか逸れた視線に確信を持ったエリコは笑いそうになるのを押し殺して彼らに告げた。どうせここに来たのはそういうことでしょ?
「はるなら、呼び込みに外へ出かけたから今いないよ」
「え? ・・・はるって飴谷ちゃんのことだよね? いないの?」
「はるは呼び込み係りだからね。ペアになった白雪姫と入場口のそばに行ってる」
えーっと肩を落とす学に眉を下げて笑う裕太郎が残念だなと言っていた。蓮は、表情を変えずに息を吐くようにそっかと口に出していた。傍から聞けば残念そうに聞こえるそれは無意識なことだが、蓮にとって幸いにもエリコにすらこの小さな音は聞こえなくて誰にも気づかれることはなかった。
まさに三者三様の彼らに「はるに伝えとくからまたあとで来たら?」と促せばそうするとあっさり引き返して行くのを横目に携帯を取り出した。開いた画面をメール作成画面に切り替えて簡潔に内容を打ち込み送信ボタンを押して顔を上げる。
遠くなる背中はまだ見えていて2人より背が低めの彼は明らかに落胆している様子がわかった。
「飴谷ちゃんいないのか〜」
期待外れとばかりの学の声が聞こえてくる。それに同調しているのか裕太郎が何か言ってるがそれはもう聞こえてこない。話し声が多くなってきた。
こちらにやってくるひとつのグループが彼らとすれ違うと3人の後ろ姿は人に埋もれるように隠れてしまう。肝心の蓮がどんな様子かわからなくてエリコは心の中で舌打ちをした。そして。
「・・・・・・」
声をかけられるまでの少しの間、物言いたげな目を3人が行った先にぼうっと向けていた。「かわいいねぇアリスちゃん。写真一緒にいいかな〜?」「アリスちゃん?」
★
それから、適当に色々なクラスを覗いては入ってを繰り返して、1組の教室へ辿り着く。
ここは仁菜子がいるクラス。扉から中を覗いたら彼女の姿はなかったが、後方からくぐもった声で呼ばれて振り向くと、カエルの着ぐるみが手を振っていた。
薬局で見かけたことのあるカエルと似ている気がする。目の向きなんかが特に。
「・・・木下さん?」
かくして、仁菜子の呼び込みは大成功となった。
「でかした木下!」
あの一ノ瀬を客として迎えるなんてかなりの宣伝効果だ。
客を、しかも蓮を迎えた教室の空気はわっと熱が入る。暇で怠けてた人も打って変わって笑顔で蓮たち3人を迎え入れていた。
仁菜子の働きを褒めるその後ろで、受付を終えた蓮は着替える前に窓に近づいて下を眺めた。先ほどのエリコの言葉が本当なら・・・。そんな何気ない考えで窓の外を見下ろす。
手作りゲートの下を通る人、屋台から声をかける生徒、順に眺めているとそこから少し離れたところ――人の邪魔にならない場所で休憩中なのか人が休んでいた。頭しか見えないが、何か見たことがあるような引っかかりを覚えてじっと見続けていると、その人は持っていた飲み物をぐいっと飲み始めた。「なになに? 下になんかあんの?」興味津々で学が寄ってきて同じように下を覗き込んだ。
「あっ!」
その時に上がった顔が見たことある顔で見つけた蓮より先に学が声を上げた。学は居ても立ってもいられなくて「窓開けていい?!」と近くいた1組の人に早口で聞く。聞かれた相手は切羽詰まったような声にきょとんとした。
「えっ? どうした、の・・・!?」
初めから返事を聞くつもりもなかったのか、聞いた直後に窓を開けてサッシに手を付き身を乗り出した。一番近くにいた蓮は学のその行動にぎょっとして、遅れて裕太郎が止めに入ろうとした。
「おい学・・・!」
「飴谷ちゃーん!」
いつものことだと思っては見てられない。周りにまで迷惑かけてさすがに目に余る行動だと蓮は学の肩に手を伸ばす。しかし外に向けたその呼びかけが一瞬、蓮の動きを止めた。
初めは暗号のように聞こえてなんて言ったのかわからなかったが、続け様に学は同じ呼びかけを上げていたので動きと一緒に止まった思考がそれをようやく飲み込んだ。
飴谷さん―――・・・
「おおーい! 飴谷ちゃーん! ・・・っ蓮! 見ろよ! 飴谷ちゃんがいる!」
我に返るまでの時間は瞬間的だったのか誰にも訝しがられることもなく、蓮は伸びたままの手ではしゃぐ学の肩を軽く叩いた。学のいつもの調子に呆れ果てながら、あの笑顔が脳裏に浮かんだ。よく思い浮かぶその笑顔が不意打ちなこともあって気恥ずかしさから後ろ首に片手を当てて吐息をこぼす。
そのすぐあとで裕太郎が、危ないからと注意しても「ダイジョーブ」と上機嫌な学の耳には入っても通り抜けるだけを繰り返して蓮と裕太郎はため息を重ねた。
そんな蓮は呆れつつも気になっていたのか窓に近づいて大きく手を振る一人の女の子を見つめる。周りのどうしたどうしたという雰囲気に裕太郎だけが堪らず苦く笑って詫びたのだった。
4.5 炭酸越しに恋愛中だとか
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