友達は良くも悪くもわかりやすいヤツだ。気になる女のコに向ける視線もそうだし、いつもと変わらない表情をしているのにどこか元気がない今とか。

(何かあったんだろうなー・・・)

そう考える裕太郎はそんな友達の背中を見つめていた。


静かとは程遠い休み時間。他愛ない話やじゃれ合ったやり取りが繰り広がる教室にひとつ、沈んだ空気があった。
窓際にある席。そこに座る一人の男子生徒――異性からかっこいいと持て囃される蓮が頬杖をついて真横にある窓の外を眺めていた。その姿は男から見ても絵になるような雰囲気を醸し出していて、ただぼんやりとしている姿にクラスの女子が小声で騒いでいる。「ほんと絵になるよねっ」「存在が尊いわ」それを聞いていた裕太郎は苦笑いをもらした。
実際は意味もなく、ましてや秋の匂いに浸ってるのかもという女子の想像とは違い、本当に何も意味なんてないのだろう。そう分かり始めた裕太郎は今度は苦虫を噛み潰したような顔をした。
女子が蓮に抱く幻想や妄想はそれはそれでおもしろいが、それら多くの感情を向けられる本人はたまったものじゃないのかもしれないと思うからだった。
知らない男子生徒からやっかみを受けていた時も。用もなく名前を呼ばれた時も。
本人の知らない事情に疲れたように息を吐く蓮を見て大変だと思ったのだ。周りの身勝手な押し付けを傍から見ていたら迷惑だと思うしそれを受ける側のストレスは相当だろうと友人の隠れた苦労を思いやる。
そういったことから先の文化祭では蓮の負担にならないような対策を考慮した。結果は申し分もなくうまくいき、その上乗せにイベントも起きたりして。一緒になって考えた学と喜び合った、のも束の間と思えるほどすぐに。

「なんかここずっとあんな調子じゃね?」

学が言う『あんな調子』に目を向けて裕太郎はそうだなとつぶやいた。『あんな調子』と言われた蓮は、明らかに落ち込んでいるようだった。

理由は知れないが、断定はできない原因を目撃した身として、何かあったのだろうと心配していた。







それはちょうど一週間前のこと。移動教室から戻っているときに渡った廊下の先で、裕太郎も学も見ていればわかる――蓮が気にしている相手の子が友達と並んで歩いているところを見かけた。楽しげに談笑する後ろ姿を、(隣にいた学が興奮を隠しきれない顔をしたのが視界の端で見えた)一歩先を歩く蓮は素知らぬ顔で通常のルートどおりにそのまま角を曲がったのだ。まるで見えなかったかのようにスルーして行く蓮の行動をえっと戸惑う学の声が聞こえる。
戸惑う学の隣を歩いていた裕太郎も彼女の存在を気付かないはずはなく、裕太郎も驚いた反応をした。「っ蓮?」訝しげに眉を寄せて思わず呼び止める。そのあとに続く言葉を学が口にした。

「今、はるちゃんいたよ?」
「・・・そうなんだ。気付かなかった」

いやいや。そんなわけないだろ。

その言葉をぐっと堪えられない学の肩を掴んで裕太郎は首を横に振った。「しばらく様子見しよう」言いたい気持ちもわかる。だけどあの様子は下手に問いつめていいものじゃない気がする。そんなふうに思った裕太郎は口を尖らせて不服そうな学に「な?」と念を押した。
それから何度か似たようなことがあっても、見向きもしない不自然さを目の当たりにし、彼女と何かあったことを原因として決定づけていた。

そして様子見しようという裕太郎の提案を早々に蹴った学は、晴れない顔色を尋ねては何でもないという返答ばかりで若干苛立っていた。今現在も、こうしてぼーっとしている蓮の正面に立ち再び返ってきた「何でもない」という言葉にむっとしている。

「何でもなくねーだろ。最近おかしいから気になんだよ」
「別に、・・・なんでもねーよ」
「もしかしてはるちゃんとケンカでもした?」

出した名前にはっきりとした反応を見せたが、答えははっきりとした否定だった。(ケンカじゃなくて気まずいのか?)そう推測を立てる裕太郎の耳に「がっちゃーん。委員会のやつで呼び出しだってー」と教室の外で手を振る男子の声がタイミングよく入ってくる。呼び出しを受けた学はまだまだ言いたそうに眉間に皺を寄せたまま動かずにいたが再びの催促に渋々と教室を出て行った。
斜め後ろでふたりのやり取りを見ていた裕太郎は苛立ちを隠さず出て行った学を見送った後、蓮のそばにやって来て、チラリと顔を窺った。どことなく不機嫌そうだ。苦笑いを浮かべてその場にしゃがんだ。

「イライラしてるけどあれで心配なんだよ蓮のこと」
「・・・ん」
「俺も学と同じように変だなって気になったよ。避けてるように見えたし」
「・・・・・・・・・」
「どうしたんだよ? 曖昧でもいいから話してみなよ」

そう促しといて無理だろうなとすぐに諦めた。こういった恋愛の話をこれまでしなかったことがすこしだけ悔やまれる。しかし裕太郎の思いと裏腹に蓮は背中を丸めた姿勢を崩さずに訥々と話し出した。
そしておぼろげな話を聞きながら僅かに目を瞠る。俯く顔を裕太郎にはしっかりと認めてしまっていたからだ。殺し切れない感情が滲んだ、初めて見る表情だった。

「どうしたらいいのかわからなくなった」

総じてその一言なのだろう。
まとまらない気持ちを途切れ途切れの言葉に変えて、それらを聞いていた裕太郎は頭の中でまとめてみると。(はるちゃんには好きな男がいて、蓮はその男を知っていて、何らかのことで蓮は遠慮している。はるちゃんの気持ちに、あるいはその男に)どちらかと言うと後者寄りな言い方に聞こえて、どうしたものかと考える。

(俺から言わせれば脈はあると思ったんだけど・・・やっぱただの願望か)

確かめようもない。人の気持ちなんて。目を伏せてそう考えてふと、蓮は確かめたのだろうかと答えの分かり切った疑問が思い浮かび見上げればそっぽを向いていた。(もしかしたら考えすぎっていう線もある)『今は』自分だけしか見えていないのかもしれない。

身動きが取れない状態にいるそんな友達に何と言ってあげようか。明かされた漠然とした悩みに打つ手はすぐに思いついて自嘲めいた笑みを作った裕太郎はそっと息を吐き出した。ある意味では自分の心残りとなるその思いつきに(お前がそれを言うなよ)と自分にツッコミを入れる裕太郎は立ち上がりながらこう切り出した。

「今の蓮には聞いてみることが一番いいかもしんないな」
「? 聞く・・・?」
「うん。話さないと見えてこない部分ってやっぱりあると思うし」
「・・・・・・・・・」
「それに向こうも突然どうしたんだろうって思ってるかもしんねーし。ちゃんと話すべきだな」

至極簡単だけれど、実行するのがむずかしいアドバイスが、手前勝手なことだと自覚しているから思わずへらりと笑う。そんな裕太郎を見上げて「そ・・・っか」と納得なのか相槌なのかわからない声を落として蓮は顔を伏せた。

背中はちゃんと押せただろうか。不安げな視線を向けて思っているとポケットに入れた携帯が震えたことに気付いて取り出した。サブディスプレイにはメールの受信が表示されていて届いたメールを開くと、携帯を持つ手に力が入る。差出人にドクンと脈が打ち内容を目にする前に裕太郎は何故か緊張を覚えていた。
勢い任せでゲットしたアドレスからの初めてのメールを受け取って、だから変に緊張するんだ。と自分に言い訳をしながら落ち着かせて内容を確認する。そして文面に打ち出された文字を読んで小首を傾げた。(掃除当番?)いや、それよりなにより。
やっぱりあっちも変だと思っているらしい。だからどうにかしてあげたいんだと、二人が話せる場所を作りたいということが書かれていた。

(伊岡さんもケンカって捉えてるのか)

こちらにしてみればむしろ好都合な要望だ。何かできればいいと思っていた矢先のそれを断るはずもなく裕太郎は協力する旨をメールで返した。無事送信されたことを告げる画面を待ち受けに戻して蓮に声を掛ける。「あのさ蓮」学には戻ってきたら言おう。ワケを話せばきっと快く協力してくれるだろう。

(俺も、振り返ってばかりの気持ちをどうにかしないとなー・・・・・・)

作り上げた申し出を疑いもせずにいいよと了承する蓮にお礼を言って裕太郎はそんなことを苦く苦く思っていた。



6.5 ファジーネーブル・ファンタジー
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