黒子くんと遭遇するお話



カリカリと走らせていたシャーペンを置いて、バニラシェイクを手にとる。
ストローに口を付けて吸うと、甘さと冷たさが口の中に広がる。

(…ああ、疲れが取れる気がする。)

目の前に広げたノートから、目を逸らした。
勉強を頑張ると決めたのはいいが、人生は早々順調に進まない。

数学って好きじゃない…てか、出来ない。
公式を暗記して、…たくさん解いて、ものにすればできる、と綾に言われた。
…そのものにする途中で、挫けそうだ。

だって、出来ないんだもの。
理解しようと思っても、頭の中がぐしゃぐしゃ〜ってなる。


家でやると、誘惑がいっぱいあるし…。
漫画とか漫画とか漫画とか…。
だから、今日はマジバで勉強をしている。

(綾が四回やれば、理解してなくても出来るよ!って言ったけど…無理な気がする。)

「勉強ですか?」
「…。」

急に聞こえた声に、ばっと振り返ったら、誰も居なかった。
その代わり、前の椅子がガタっと音を立てる。
その音の方を見ると、テツヤくんがこっちですよ。と口にする。
テツヤくんは座って、ズコー、とバニラシャイクを飲んでいた。

「テツヤくん、…部活帰り?」
「はい、名前ちゃんは勉強ですか?」
「うん。」

再びされた質問に今度こそ、答えた。

「数学ですか。」
「うん…数学苦手で。」
「僕も、そんなに得意じゃないです。」

数学って難しいよねぇと二人で頷いた。

「もうすぐ期末テストですか?」
「うん、後二週間ぐらい。」
「へぇ、僕のところはもう少し後ですよ。」
「そっかぁー。テツヤくん普段勉強してる?」
「うーん、宿題と少し復習するぐらいですかね。
テスト週間は勉強しますよ。」
「テツヤくん頭良さそうだし、いいなぁ。」
「いや、平均だと思いますよ。」
「…私よりもいい平均だもーん。
暗記科目は何とかなるんだけど、…古典と数学が、足を引っ張るのです!」

古典と数学は私が最も苦手とする教科だ。
頑張ると決めた以上は、今まで平均前後していた教科だが…いや、うん、ごめんなさい、見栄を張りました。
平均以下です。
…決めた以上は、平均+10ぐらいをとりたい。
…最低平均で。

「…古典ですか?」
「うん、すごくすごーく苦手なんだよねぇ。
現代文は普通より少し良いけど。…古典は破滅的。」

中間テストの点数を思い出して、私は顔を歪めた。

「良かったら、教えれるところなら僕が教えますよ?」
「いいのっ?!」
「はい、苦手科目ではありませんから。」
「やったーさすがだよ、テツヤくん。
伊達に文学少年じゃないね。」
「…文学少年ではありませんけどね。」

よし、これで古典は大丈夫だ。
数学は何とか自分で頑張ろう。

「名前ちゃん。」
「うん?」
「いつも、テスト勉強マジバでやってるんですか?」
「ううんー、いつもは家だよ。でもねー誘惑が多いの。」

漫画とかね、と私は苦笑いする。
でも、と続け拳を握って見せる。

「勉強は頑張るって決めたから、頑張るよ!」
「…決めた?進学先でも決めたんですか?」
「いや、ううん、そこまで決まってない。
…テツヤくんは毎日部活してるじゃない?」
「え、はい、そうですけど。」
「目標に向って、頑張って、努力してるじゃん。
それってね、私から見たらすごーくすごーく、キラキラしていて、かっこいいの!
あと、羨ましいし。そんなテツヤくんみたいになりたいなぁって思ったんだけど、
テツヤくんみたい何かしたい!みたいな訳でもないからさ、とりあえず勉強頑張ろうとおもって。
しなきゃいけないことだし、知識はあって損じゃないしね。
…出来ることから、少しでも、何か、うん、頑張ろうと思ったの。」

一人でぺらぺらと私が話す話を、テツヤくんいつもより真剣な顔をで聞いてくれた。
そして、ぽりぽりと、頬を掻いた。

「…何か、照れます。」
「えっ。」
「そんなこと言われるの初めだし、…何か、嬉しいです。とっても。」

頬をほんのり赤く染め、テツヤくんは照れ臭そうに笑った。
その笑顔に私も照れてきちゃって、えへと笑った。



「じゃあ、これからはマジバで勉強会しましょう。」
「うん!」
「マジバから、外に出ちゃいけませんよ。僕が来る頃は暗いですから。」
「了解です。」
「…。」
「テツヤくん?」

暗い住宅街を二人で、歩く。
九月の初めにも、この時間帯ぐらい二人で帰ったよなぁ。

「嬉しいと思って。」
「え?」
「勉強会するときは、名前ちゃんと過ごせる時間が増えるから。」

だから、嬉しいんです。と、笑うテツヤくんを月明かりが静かに照らす。
水色の髪が深い海のように、見えた。
いつもより、大人っぽく見えた気がした。

私は胸がドキッ、とした。

「私も、嬉しい。」

そっと、テツヤくんにすり寄った。
テツヤくんは少し驚いたみたいだけど、仕方ないですねって、ふっと笑う。
そして、繋いでいた手を解き、私を抱きしめる。

線も細いし、華奢だし、身体は全体的に薄いし(存在ではない)、けど、男の子だ。
抱きとめる腕も、埋めて頬を寄せる胸板も、全部男の子だった。

(知ってたけど…抱きしめられる度に思うんだよね。)

ドキドキといつもより、速い脈。
でも、気持ちは落ち着いて居て、安心していた。

(やっぱり…テツヤくんのこと好きだなぁ。)



「お母さん、夜ってすごいね。」
「急にどうしたの?」
「夜って、人を大人っぽく見せるんだね。」
「…沙良。」
「うん?」
「……あんまり、口出しはしないけど。
…最低避妊はしないさ」
「違うから。」

真顔のお母さんを軽く叩いた。

明日から楽しみが増えた。
テツヤくんを待ちながら勉強する時間。
テツヤくんと勉強する時間。
テツヤくんと帰る帰り道。

そして、夜が見せてくれる、いつもより大人っぽいテツヤくん。

(ふふ、一気に四つも増えるなんて、…さすが妖精さんだ。)

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