黒子くんとお泊りするお話


「…夜ごはんどうしよ。」

親が結婚記念日とかで、旅行に行ってしまった。
中学までは一緒に行くか、祖母のところへ預けられていた。
今年は私も高校生なので、家でお留守番をすることになった。

冬本番少し前くらいの寒さに、暖房もつけず冷蔵庫の前に座り込んでいる。

「寒い。寒い。」

毛布に包まって、どうしようと頭の中で自分が作れるレシピを思い出してみる。

(野菜スープとオムライスとみそ汁とカレーとチャーハンと…揚げ物作れない子だったわ。)

「…うーん、寒いし野菜スープだけでいいや。」

立ち上がろうとしたとき、携帯が鳴った。
画面を見ると、黒子テツヤの文字。
テツヤくんだ。

「はい、もしもし?」
「もしもし?」
「テツヤくん?」
「あ、名前ちゃん、今大丈夫ですか?」
「うん、だいじょうぶ。」

何かあったのかな。
何だろ…変な感じがする。

「あの。」
「うん?」
「今から会えますか?」
「うん、会えるよ。」
「じゃあ、出て来てもらっても良いですか?」
「え、…もう外出たら居るパターン?」
「居るパターンです。」
「すぐ行く。」

私は包まっていた毛布から、飛び出した。

*

「テツヤくん!」
「あ、名前ちゃん。すみません、いきなり。」
「ううん、いいよ。」

部活帰りなのかテツヤくんは制服姿のままだった。
テツヤくん…?

「部活帰り?」
「はい。」
「それはお疲れ様です。」
「名前ちゃん。」
「うん?」

テツヤくんの雰囲気に違和感を感じて、首を傾げていると、腕を引かれた。

「名前。」
「…テツヤくん。」

私はテツヤくんの腕の中で、どうするべきか思考を巡らした。
何かあったと聞くべきか。
黙って傍に居るだけでいいか。
ただ、いつもとは違う声の音色。
まるで助けを請うようなそんな感じの声だった。

(大げさな表現かもしれないけど。)

「テツヤくん。」
「…。」
「今日泊ってかない?」
「えっ。」
「お母さんたちね、旅行で居なくて寂しいなぁって思ってたんだ。
テツヤくんの都合が良かったらって話だけどね。」
「…じゃあ、お言葉に甘えても良いですか?」

テツヤくんは私の髪に顔を埋めて、小さな声で呟くように言った。
私はいいよと言いながら、テツヤくんの胸に頬を寄せた。

*

「よし、いいかな。」

私は出来た野菜スープとオムライスをテーブルの上に、並べて、中々いい出来だと頷いた。
今日は夕食は二人分だ。

テツヤくんは着替えを取りに行くと言って、一度家へ戻った。

(そろそろ…かな。)

テツヤくんを迎えようと思い、玄関へ向おうとしたとき、インタホーンが鳴った。

「はーい、えっと、」
「僕です。」
「テツヤくんですか?」
「あ、…はい、そうです。」

少しふざけて言うと、ふふっと小さな笑い声がインターホンから聞こえる。
その笑い声に少し緊張していた、肩から力が抜けた。

「手冷たい。だいじょうぶ?」
「大丈夫ですよ。名前ちゃんはあったかいですね。」
「暖房ついてる部屋に居たからね。」
「何か、いい匂いしますね。」
「うん、夜ごはん野菜スープとオムライスにしてみたんだけど。嫌いじゃなかった?」
「嫌いじゃないです。名前ちゃんの手料理ですし、楽しみです。」
「えー、期待されると困るよ。」
「大丈夫です。名前ちゃんが作ったものは料理ですから。」
「え、どいう意味。」

リビングに二人で向って、テツヤくんはソファに荷物を置いた。

「…美味しそうです。ちゃんと料理です。」
「失礼ですよ。確かに普段しないけと、女子として最低限は出来ますー。」
「・・・いえ、このレベルで最低限だったら…あれは…。」
「て、テツヤくん?目が遠くなってるよ?」

*

「ごちそうさまでした。」
「お粗末さまでした。」

テツヤくんと私は基本、何かを食べる時あまり話さないので、食事の間は食器の音しかしなかった。
でも、やっぱり、いつもと違うのだ。
いつもの、あの心地のいい沈黙じゃなかった。
心地が悪いわけじゃないけれど、どこか沈んでいるような沈黙だったのだ。

「テツヤくん、私食器洗っている間にお風呂入っていいよ。」
「…いえ、僕も手伝います。」
「そう?ありがとう。」

カチャカチャと音を立てながら、食器を運ぶ。

「じゃあ、私洗うから、これで拭いてもらえる?」
「はい、分かりました。」

食器を水に浸して、洗剤をつけたスポンジで皿を洗っていく。
ゆすぐまで仕事がないテツヤくんはぴったり、と横に立って、私の手元を見ていた。

「…結婚してるみたいですね。」
「えっ。」
「二人で食事して、二人で後片付けしてますから。」

予想外な言葉に驚き、テツヤくんを見上げた。

「た、たしかに。」

ちょっと、恥ずかしい。
あ、やばい、こないだの決心のきっかけ思い出してしまった。
テツヤくんとの子どものことだ。
…私って、もしかして、けっこう乙女?

「ふふ、名前ちゃんとの子どもはきっと可愛いでしょうね。」
「ぶっほ!」
「名前ちゃん、大丈夫ですか?」

咳こんだ私の背中をテツヤくんが摩ってくれる。

「だ、だいじょうぶ…少し、びっくりしただけ。」
「…嫌でしたか?」
「え。」
「子どもの話です。」
「え、いやいや、私も考えたことあるし、から…うん。」

そう言うと、テツヤくんはぱちぱち、と瞬き、頬を赤くしながら、そうですか。と、目線を下げた。
私も同じように顔を赤くした。

水で冷たいはずの手は、冷たく感じなかった。

*


「終わったー。手伝ってくれてありがと。」
「いえ、作ってもらった側なので。」
「テツヤくんお風呂入る?それとも見たいテレビとかある?」
「いえ、特に見たいテレビはありません。」
「じゃあ、さきにお風呂入りなよ。」
「…名前ちゃんは?」
「私テレビでも見て、待ってるよ。」

ソファに腰をおろして、適当にテレビをつけようとすると、その手を引かれテツヤくんい抱きしめられる。

「テツヤくん?」

テツヤくんを見上げれば、妙に真剣な顔していた。

「今日は名前ちゃんと離れたくありません。…ほんの少しの時間でも。」
「え。」

力を込められたテツヤくんの腕の中で、私は違和感がどんどん確信へ変わって行く。
そして、何となく…本当に何となくだけど、少し、分かった気がする。
テツヤくんがいつもと違う、理由。

「うん。私も一緒に居たい。」

テツヤくんの背中に腕を回して、手繰り寄せるように抱きしめる。
テツヤくんはより力を込める。
胸がテツヤくんの胸板に押し付けられて、正直苦しい。
でも、今はそんなことを気にする余裕もないぐらい、テツヤくんの匂い、体温、感触を感じたい。

そして、一つの結論を出す。

「…一緒に入る?」
「…はい。」




「今から入浴剤を入れるので、えっと、風呂場に行くから、扉のところの段気を付けて。」
「はい。」

後ろから抱きついたままのテツヤくん。
私はそのまま、風呂場に入る。

ぺちゃと水を踏む音が響く。

「テツヤくん滑らない様に気を付けてね。」
「気を付けます。」
「えっと、しゃがみます。」
「…。」

私が腰を折ると、テツヤくんは私の横に来て、ぴとっと寄りそった。
入浴剤をピリッと破り、粉を浴槽に入れると、
透明だったお湯が白い色に、どんどん染まっていく。

「良い香りですね。」
「うん、リラックス効果とか肩凝りとかにもいいよ。」
「疲れた身体に良さそうですね。」
「そうだね。(…実際は身体を見られない様にするためなんだけど。)」

入れ終わって立つと、テツヤくんも立って私に再び抱きつく。

「じゃ、じゃあ、入ろう。」
「はい。…緊張してますか?」
「えっ。」

テツヤくんの方を見ると熱っぽい目と目が合う。

「た、多少は…でも、嫌じゃないよ。」
「それはよかった。」

僕のこと意識してくれてるんですねっと耳元で囁かれて、私は肩を跳ねさせた。

「ふふ、かわいい。」
「お湯冷めちゃうよ。」

早口でそう言うと、クスクス笑いながら、テツヤくんが後ろからついてくる。

*

「え、えっと、どっち先に入る?」
「一緒で。」
「…ですよね。」

背中合わせで着替えて、何気にお互い身体を隠しつつ風呂場へ入る。
ああ、緊張するなぁ。

さっきは服を着たまま入ったけれど、今は素っ裸だ。
しかも、お互いに。

「え、ええと、身体あらー」
「湯船入りません?先に。」
「あ、うん。」
「名前ちゃんからどうぞ。」
「う、うん。えっと、後ろ向いてくれると嬉しい。」
「…分かりました。」

テツヤくんはどこか不服そうな顔をしたけど、後ろを向いてくれた。
足をつけると、ちゃぷんとお湯が音を立てる。
タオルは手に持ってお湯に浸かると、入浴剤の良い香りに緊張がほぐれる。

「テツヤくんいいよ。」
「じゃあ、入りますね。」
「うん。」

俯き加減に返事をする。
一般的な広さだと思われる浴槽に年ごろの男女二人が浸かる。
…そんなシュチュエーションを体験することになるとは思いもしなかった。

テツヤくんが入ることによって、お湯が波を作り、
ちゃぷんと音を立てて、その波が私の身体に当たる。

その瞬間肩が揺れた。
本当にテツヤくんとお風呂に入っているんだと、実感した所為かもしれない。

「名前ちゃん。」
「うん?」
「こっちに来てくれませんか。」
「え。」

顔を上げれば普段服で隠れている肩や胸板が見える。
思わず逸らした。

(男の子の身体つきってあんな感じなんだ…。)

「名前ちゃん?」
「あ、うん。」

来て下さいと広げられた両手。
私はいつもように頷き、テツヤくんに抱きつく。

…しまった。
私はテツヤくんに両手を広げられると、つい抱きついてしまう。
私にとってテツヤくんの腕の中ほど安心できる場所はない。

(裸で抱き合うとか…っ!?)

自分の失態に気付き身体を引こうとしても、すでに遅しとガッチリと抱きとめられていた。

「顔赤いですね。」
「お、お湯が熱いからじゃない。」

(テツヤくんの背中すべすべだ…何か無駄な肉がない…。)

指先から伝わるテツヤくんの肌の触り心地や、体温にドクンドクンと心臓が速くなる。
やっぱり、服越しじゃないと、大分、その、生々しい、というか、お互いのぬくもりをダイレクトに感じる。

「名前ちゃんって柔らかいですよね。本当に。」
「え。」
「抱き心地が良くて好きです。」
「あ、ありがとう。」
「はい。」

耳元でしゃべるテツヤくんの声は余裕がない感じがして色っぽく感じる。
…身体はさすがに別々に洗った。

(だって、お年頃だもの。)

**

キョロキョロと首を動かして、観察するようにテツヤくんは部屋を見渡す。
私はバスタオルで頭を拭きながら、ベットに腰を掛ける。

「一応片付けたから、汚くはないと思う。」
「名前ちゃんは片付け上手なイメージがあります。」
「普段タオルとか服が散乱してるけど。」
「…想像できます。」
「えっ。」

いつもの思ったことを言うだけの、変に気も頭も使わない会話が私の部屋で交わされる。

「テツヤくんベットがいい?布団がいい?」
「名前ちゃんは?」
「うん?どっちでもいいよ。テツヤくんの好きな方で。」
「…一緒がいいです。」
「…え?…それは、つまり」
「一緒に寝たいです。」
「…うん、じゃあベットでいい?」
「はい。」
「テツヤくん髪乾かさないの?」
「あ、いつも拭くだけですから。」
「じゃあ、拭いてあげるよ。」

こっちきて、と私の足の間を差す。
きょとん、とした顔をしたテツヤくんは少し間をとってから、足の間に座る。

テツヤくんの肩にかかるタオルで、濡れている髪を拭いていく。
タオル越しの冷たい感触に、テツヤくんの髪の柔らかさを知る。
そういえば、触ったことなかったっけ。
ごしごし。
二人とも声を発しずに、タオルと髪の摩擦音だけが聞こえる。

後ろから見るテツヤくん。
…やっぱり、線が細いというか肩薄いなぁ。
首白さがより一層テツヤくんを男の人だと感じさせない。
でも、結構足開かないとテツヤくん足の間に入りそうにないし…うん、男の子なんだぁ。

何だか…可愛い。
ちょっと曲げた背中と俯く頭。
私にされるがままって感じって言うのかな。
うーん、…そう、私に身体を預けているみたいで、嬉しい。

耳の上を力を緩めて拭くと、テツヤのくんの身体が少し揺れる。

「くすぐったい?」
「はい。」
「すぐ終わりますよー。前髪行きますー。」
「…名前ちゃんの拭き方好きです。」
「そう?」
「はい、とても気持ちが良いです。」
「なら良かった。」

テツヤくんのとろりと眠気を誘う声に、欠伸が出そうになる。

ふと、気付いたらテツヤくんの身体は船を漕いでいた。



水分を含んで重たくなったタオルをテーブルに置き、ドライヤーをかける。
髪が長く量が多い所為で、タオルで拭いても髪はぽたぽたと水が落ちる。

テツヤくんはベットに横になり、私の腰に腕を回して相変わらず密着している。

沙良ちゃんの髪は僕が乾かしますよ。と申し出てくれたが、
私の髪は乾かすのに時間がかかるので疲れるからいい。と断った。

腰にくっつくのも、水が落ちるからやめた方がいいと言ったが、そこは譲らなかった。

ドライヤーの音に眉を顰める。
私はドライヤーと掃除機の騒がしい音が嫌いだ。
それに手が疲れる。
普段は気にしないけれど、髪を乾かすときは面倒だ。
そう思っていると、テツヤくんが起き上り私からドライヤーを取り上げる。

「え。」
「後ろ髪は大変そうなので、僕がやります。」
「でも」

テツヤくんは私の言葉をスルーして、丁寧な手つきで私の髪を乾かす。
その気を使ってくれてるんだと分かる手つきに、心が温かくなって嬉しいと思った。


「乾きました。」
「うん、ありがとう。」
「…。」
「疲れた?」
「…少し。」

テツヤくんは目を逸らす。
私は苦笑いをする。

「だから、いいって言ったのに。」
「でも乾かしてみたかったんです。」
「気持ち良かったよ。」
「なら嬉しいです。」

似たような会話だね。と言って、寝ようかと声をかけた。

電気を消すとお互い顔が見るか見えないかぐらいの暗さになるなぁと思いながら、いつもより狭いベットに入る。
向き合うと、テツヤくんは口を開いた。

「名前ちゃんは本当に何も聞かないんですね。」
「えっ。」
「いつもと違うとは思っているんでしょう?」
「うん、聞いていいのか分かんなかったから。」
「でも、僕のワガママを聞いてくれた。」

テツヤくんは無表情だけど、その顔は寂しく見えた。

「テツヤくんに出来ることなら、何でもしたいと思うから。」
「…不安だったんです。」

テツヤくんは目を伏せて、探り探りの様子で話し始めた。

「いつも気にしないことを気にしたり、息が詰まったり…何か、不安と言うか、寂しいって、感じて。」
「うん。」
「僕が大切だと思っているぐらい、僕の大切な人たちは同じように思ってくれてはないんじゃないかって。
そこまで大げさには思ってはいないんですけど。
一人じゃないときは、そんなこと思いません。
でも、一人になったとき、急にその不安になって…。」
「最近そいうこと繰り返し起きてたの?」

テツヤくんは眉顰め、首を縦に振った。

「ふと、そう考えたら止まらなくなった。
分かってる…分かってます。
ただの想像だと、妄想だと、……でも、不安が確かに残ってしまうんです。
こんなバカらしい、悩み誰にも言えません。くだらないって自分で、分かってるから。
ありえないって分かってる、でも、不安で、寂しくて、一人が嫌だったんです。l
…そう考えると、自分は一人で何もできない、とても無力なんだと思えて。」

テツヤくんは伏せていた目を上げて、迷子のような瞳を揺らし、私を見つめる。

「すごく苦しいんです。」

そう言って、テツヤくんは口を閉じた。
私はテツヤくんを抱きしめた。
私より大きい、男の子の身体。
私の胸にテツヤくんの顔を押しつけた。
テツヤくんはここに居る。

不安と寂しさで、たくさんのテツヤくんに知って欲しかった。
私はテツヤくんの傍に居る、と。
確かに、今この瞬間、一緒に居るっていうことを。

「名前ちゃん…」
「うん。」

私の身体では全部抱きしめることは難しいけれど。

「…柔らかいです。」
「えっ。」

自分の胸元を見ると、テツヤくんは気持ち良さそうに、すりすりと頬ずりをしてきた。
何とも言えない感触に、身体を捻った。

「…ちょ、くすぐったいよ。」
「嫌ですか?」
「嫌じゃないけど。」
「じゃあ、いいですね。」
「…もう。」


テツヤくんは私の背中に腕を回し、引き寄せて、ぎゅむっと顔を私の胸に埋める。
その行為にちょっと驚く。
でも、テツヤくんが気持ちよさそうに、安心したように、するから、嬉しかった。
テツヤくんに伝わったかな。
私が居るから、頼って、無理しないで、安心していいよって。

正直、私もテツヤくんのように思ったことがある。

仲が良い一番の友達だって思う子が居た。
私も、その子も、他に友達が居た。
私にとって一番の友達はその子だけだった。
けど、その子には私ぐらいの、心の距離の、友達は他にも居るように見えた。
そのことが、どうしても嫌だったんだ。

その子は私と違って、社会性があって、友達が多い。
私は友達が少ない。

友達に多いとか少ないの関係ないけど。

友達を思い浮かべては、あの子は誰だと仲が良いと考える。
そして、あの子は私と、他の友達、どっちと仲が良いんだろう。どっちを優先させるんだろう。
…他の友達だろうなぁ。と一人で考え、卑屈になって、自分で自分を傷つけて、凹む。

後味が悪い気持ちを心の中に残しながら、至って普通に過ごす。
そして、忘れる。
でも、また忘れた頃に、その後味が悪い気持ちの、不安はやってくる。

…そんな、くだらない、不安は何回も何回も、味わっている。
きっと、死ぬまで、それは続くと、私は思っている。

(たぶん、私が人である限り、人と関わる限り、続くんだろう。)

「テツヤくん…私も同じ気持ちになったことある、と思うよ。
人にさ、言いたいなって、聞いてほしいなって思うけど、不安なんだけど、寂しいんだけど、
そこまでじゃないから。
見えない不安に怯えているようなものだから。
結局言えず、忘れるの待ってるだけだだった。

でも、これからさ、テツヤくんが自分で辛いとか苦しいとか、少しでも感じたら私のこと呼んで、頼って。
話し聞くし、一緒に居るし、抱きしめるし。」
「名前ちゃん男前ですね。」
「…褒められてる?」
「褒められてます。」

いつもと同じテンポで交わされる会話。
目を合わせて小さく笑いあう。

しばしの沈黙があって、目が合うと自然に口を寄せ合った。

*

「…?」

寝慣れたベットのはずなのに、違和感を感じて重い瞼を上げる。
出そうになった声を口を開いただけで済まし、慌てて口を閉じる。

目先にあるテツヤくんの顔。
しかも、寝顔。

(初めて見た…。いつもより可愛い感じがする。)

しかし、何故この近さで寝ているんだろう。
口を少しでも動かせば、キスができる距離。
……まさか、昨日、あのままキスしたまま寝ちゃったとか?

…昨日の記憶を思い出そうとしても、キスの後の記憶がない。
やっぱり、キスしたまま寝たってこと?え、なにそれ、めっちゃ恥ずかしい。

頬が熱くなるのを感じて、テツヤくんの髪に顔を埋める。
昨日の寝たときの態勢で、テツヤくんは私より若干下に居るからテツヤくの髪触ることが出来るのだ。
同じシャンプーを使っても違う香りがする。

…というか、少し固い。
わしゃわしゃする分には柔らかいけど、頬ずりすると少し固い。

「…名前?」
「にょっ!?」

寝起き独特の低く掠れた声で名前を呼ばれ、ドキっと胸が跳ねる。
変な声が出たと、さっきとは違う意味で頬が赤くなった。

テツヤくんは私の行動を気した様子もなく、もぞもぞと身体動かしながら私を抱き寄せる。
昨日と同様に私の胸に顔埋め、満足そうに頬ずりをする。

(やっぱり、くすぐったい。)

お互いにしばらくの間身体を触れ合い、朝の戯れが行われた。



「手抜きでごめん。」
「いえいえ。十分美味しそうですよ。」

朝冷蔵庫をあけると、卵とベーコンしかなかった。
料理レパートリーもあるわけじゃないから、ご飯と味噌汁しかもインスタント、
ベーコンと目玉焼きというシンプルな朝食が食卓に並ぶ。

テツヤくんは寝ぐせのついた髪のままだった。
私は昨日から思っていたことを告げた。

「ねえ、テツヤくん。思ったんだけどさ、火神くんが居ないからじゃないかな。」
「え?」
「普段クラスも部活も一緒なんでしょう?
話し聞いてると仲良さそうだし、だから意識してなくても本当は寂しくなったんじゃないかな。
友達と離れるのって少しの間でも、多少そう思うと、思う。
少なくとも私は。」
「…。」

テツヤくんは自分の中で何か考えている様子だった。
私はみそ汁を啜った。

「それか冬の所為かも。」

テツヤくんは首を傾げる。

「冬になると人恋しくなることない?寒いし。
まあ、そんなこと関係なくても思春期だもん。
誰だって情緒不安定になったりするよ。」

ほぼ自分の事だけど。

「…。」

テツヤくんは箸を止めて、そっかと呟いた。

「テツヤくん?」
「何か名前ちゃんの言われたことを考えてたら、妙にすとんって感じで、納得したというか、
つっかえが取れたというか…スッキリしました。」
「それならいいのかな?」
「はい、いいと思います。」
「良かったねぇ。」
「はい。」

昨日とは違って、のんびりとした穏やかな空気が流れる食事だった。


*

私は午後から部活のテツヤくんを駅まで見送ることにした。

「名前ちゃん、昨日はありがとうございました。」
「ううん、私は特に何もしてないよ。」
「そんなことないです。」
「ううん、だって、私もテツヤくんと一緒に居たかったもん。」
「そう言ってもらえると助かります。」
「へへ。」
「どうしたんですか?」
「テツヤくんって何か普段余裕がある感じがするからさ。
何か嬉しかった。新たな一面見たみたいで。」

繋いでいる手を上げて、言葉を続ける。

「だから、これからもよろしく。」
「急にどうしたんですか。」

テツヤくんはくすくす笑う。

「でも、よろしくお願いします。
これからもきっと、僕の違う一面を見ると思います。
それが良い所は限りません。
それでも、…見捨てないでやって下さいね。」

テツヤくんは前を向いたまま、そう口にした。
私はムッとして、足を止めた。
テツヤくんもそれにならって、足を止める。
首を傾げて私を見るテツヤくんに私は口を尖らせる。

「見捨てたりなんかしないよ、絶対しない。
私の方がいつテツヤくんに見捨てられるか、分かんないし。」

口にしたくない現実を口にするということは、かなり辛い。
少し、いや、大分泣きそう。

「…すみません。変な事を言いました。
ありがとうございます。
ちょっと、言って欲しかっただけです。そんな顔しないで下さい。」
「え?」

テツヤくんは私の頬を優しく撫でて、行きましょう。と背中をおす。
私は足を進める。

「名前ちゃんが見捨てるわけないって、分かってますよ。
でも、名前ちゃんの口から実際聞きたかったんです。
それだけです。だから、そんな顔させてすみません。」

テツヤくんは眉を下げて、私の頭をあやすように撫でた。
私はそのことを聞いて、口元を緩める。

「ううん、いつでも言うよ。
テツヤくんが言ってほしいなら、いつでも、いくらでも。」
「ありがとうございます。」

テツヤくんは安心した顔で笑う。
私も同じ笑みを浮かべる。

寒さは増していくけれど、どうか少しでもテツヤくんの心を温かく出来る存在になれますように。
そんな想いを込めて、握り合った手に力を込めた。

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