お風呂


「千尋さん、お風呂一緒に入る?」
「いや、今大事な所だからいい」

彼女の誘いをスマホゲームで一刀両断する男が、私の彼氏の黛千尋さん。横に傾けられたスマホを恨めしく見ていた私はもう居ない。素っ気ない淡々とした言葉も気にしなくなって、千尋さんと遠慮がない仲になったのもそこそこ最近な気がする。

色々考えているんだろうけど。何を考えているのかは悟らせてくれない無表情にまで、胸キュンしてしまったり、ときどき本気で憎たらしく思ったりと千尋さんは無表情の癖に魅力的で困る。非常に困る。

着替えを持って、風呂場へ直行。どうせ一人で入るんだ。たっぷり堪能しよう。普段は使わない入浴剤を出してやっぱり、しまう。この後千尋さんも入るだろうし、やめとこ。入浴剤好きなイメージがない。うーん、結構仲を深めた気でいたけど、やっぱり知らないこともあるな。今度聞いておこう。

シャンプー、トリートメント、リンス。友達にもらった高めのボディソープ。一通り洗い終え、髪をまとめる。湯船に浸かろうか迷って、先に耳を洗うことにした。ボディソープを少し手に取って、耳の裏や、耳の穴には入らないように気を付けながら、周辺を洗っていく。お湯で流して、ぬめりがなくなったことを確認して、一息。やっと、湯船に辿りつける。

「・・・やってしまった」

すっかり癖になったリンパマッサージでふくらはぎを解しながら、誰も見ていないのに誤魔化すように照れ笑い。

唐突だが、最近千尋さんはどうやら耳に凝っているみたいだ。前々から、千尋さんは別におかしくはないけれども、致すときに何かしらの拘りがある。騎乗位の少し、上体を千尋さんの方に倒して、私が動かされる奴とか…。そして、最近は耳なのだ。耳。

まあ、だいたい察しはつく。私が千尋さんの声に弱く、わざとらしいぐらい反応してしまうからだ。…気付くまでに、大分時間を要したが気にしない。人は失敗を経て、学ぶのだ。何よりも致すときに情けない話、千尋さんの考えを読み取ろうとする余裕がなかった。

べ、別にいい。いや、弱味握られていいとか、ないんだけど。普通に考えて、耳舐められたりするのってどうなのだろうか。普通?一般的?アブノーマルだったりはしないだろうか・・・。それが気になって仕方ない。だって、耳って!…き、汚くないのかなって、思ったり思わなかったり。そりゃあ、致しているときは恥じらいとかあんまりないけど。でもでも、やっぱり普段人に触れられないところを触れられて、ましてやな、なめ…られるって!

長々と言い訳がましくなっているが、まあ、つまり、その…耳責めに遭うと気付いてから、私はこうやって念のため耳を以前より入念に洗うようになったのだ。…好きな人に触れられることは嫌いではないし、弱いだけで不快感とかはないし…き、気持ちいいのもまた事実であって、やめてと言えなかったりも、する…。

「おい」
「う、っわあ。な、なに」

びっくりした。不意打ちやめて。千尋さんが脱衣所に入った来たことにさえ、気付かなかった。すっかりマッサージしていた手が止まっている。思っていた以上に考え込んでいたみたい。すりガラス越しの千尋さんに、心臓が早くなっていく。

「大丈夫か?」
「だ、だいじょうぶ!」

だから、部屋戻って!と続けそうになって、慌てて口を噤む。下手に言葉を多くすると、察しが良い千尋さんには全てバレてしまいそうで怖い。はやく、はやく。私の祈りとは裏腹に、千尋さんは何か考えているのか、様子を見ているのか中々立ち去ってくれない。

「・・・そんなに浸かってたら、いつもより早くへばっちまうぞ」
「ぎゃあ」
「・・・よくそんなテンプレートな悲鳴上げれるな」
「勝手に入ってこないでくださ・・・なっ」

ガラッと、遠慮なくお風呂場へ入って来た千尋さんは無表情の癖に、呆れた感じで私を見下ろした。慌てて私は可能な限り身体を丸くして、千尋さんの視線が逃れようと抵抗する。そして、手に持っているものに、お口あんぐり。この人、何してくれるの。

「期待してた証拠」
「・・・あ、いや、えっと、あー」
「よく見るよな。この柄」

ぶらぶらと揺らされるブラジャーなんて、つまらないことを言っている場合ではない。比較的私の所持品の中では、なかなか値段が張って、素材もいい下着(もちろんデザインだって素敵な)を千尋さんはこれもまた遠慮なく指でつまんでいる。

無表情の癖に、余裕たっぷりで見下ろされて、余計に追い詰められた気分になるではないか。いや、だって明日休みだし、週末だし、今週は忙しかったし。頭の中ではぐるぐると言い訳が駆け巡るのに、口は一向に動かず情けなくへの字になるだけ。

「・・・あと」
「な、なにす」

ぺたぺたと水浸しになっている床を千尋さんは裸足で歩いて、湯船の中で逃げる私の腕を捕まえる。呆気なく捕まった私はせめてのも抵抗で、頑張って身体を後ろに引いてみる。が、悲しきかな男と女の性の所為か、私が吉田沙保里並みに強くない所為か、当たり前のように無駄な抵抗で終わってしまう。

「ん…やっぱり」
「な、なにが…?」

顔を近づけられたので、目を瞑って様子を伺いながら、そっと薄目を開く。う、うぐ、近い。至近距離で千尋さんが面白そうに私を見つめている。嫌な予感しかしない。とん、と千尋さんが触れる。

「ここ。いつもより、匂いが強い」
「あ…」
「最近俺に抱かれるとき、強い匂いがする」
「…」

体温が急上昇していくのが分かる。恥ずかしくて、恥ずかしくてどうにかなりそうだ。固まって顔を熱くしている私を、千尋さんはただただ楽しそうに見つめてくる。こんな時ばかり、人のことを見てくるなんて質が悪い。

「気持ちいいんだ?ここ責められるの」
「…ひゃあ」

完全に油断していたところを、耳元で囁かれて、出したくもない声がついもれてしまった。我に返り、口を手で押さえて、広くない湯船の中で逃げようとする私は千尋さんに捕まったまま。いつかの夜のように、千尋さんの指が私の耳に触れて、鼻で笑う。

「やっぱり、テンプレートだな。お前」

余裕綽々の千尋さんに逆襲する日はまた別の話である。

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