シャッターチャンス


「ね、お願い!」
「やだ」

彼女のお願いを迷いもせずに一刀両断する千尋さんに私は大袈裟に肩を落とした。今日は普段なら来ないコーヒーのチェーン店にやって来た。単純に、季節限定メニューが私の好物だったので、付き合ってもらう形で千尋さんを引っ張り入れたのはいいが、それからが難航している。比較的、壁側で隅の席だからイケるかなと思ったのに…。

「ね、一枚だけ!」
「…」

遂に言葉もなしで、断られてしまった。これ以上なく無表情な千尋さんはちゅるる、とストローで季節限定メニューを吸い上げる。そもそも、千尋さんがこう言ったお店に居ることが珍しいのに…、そのカップを持っていることが珍しいのに…、撮りたい。どうしても、撮りたい。今まで、このお店に寄りたいって言っても、お客さんの層を見て…フラれること数回…。千尋さんは結構インテリっぽい所似合うから…こういうお店で、ノートパソコン開いてメガネかけて、コーヒー片手にお仕事している姿とか、絶対素敵だと思う。そして、ガラス越しに私がとんとんってノックして、ちょっと下がったメガネを、あの長い指で上げて、私に入ってこいよって口パクで…。

「…名前」
「あ、はい」
「…拗ねてんのか?」
「え、いや…あ!私千尋さんに渡したいものが!」

私は鞄から袋に入れてある小冊子を取り出して、千尋さんに見せびらかすように掲げる。今まで表情を動かさなかった千尋さんの眉がぴくりと動いて、ほんの少しだけ前屈みになった。その反応に、私は内心ガッツポーズを決める。

「…それ」
「千尋さんが気になってたキャラの裏設定が載ってるヤツ。…見たい?」
「…お前わざわざ買ったのか?それ雑誌の付録だろ?」

そう…、この小冊子は一冊千円するかしないか、中々お高い雑誌の付録だった。だがしかし、書店員としてバイトしている私には容易いことである。出版社や雑誌にもよるが、私の書店は付録をこちらで処理していいものあったりするのだ。日頃から千尋さんに関する情報に入念に耳を傾けている私は返品作業の際に、目ざとく見つけることが出来た。この小冊子が欲しいが、雑誌が高いからうーんうーんと珍しく悩んでいたことはばっちり覚えている。悩んで葛藤する千尋さんは中々かわいい。

「私が何の為に書店で働いていると思っているの?」
「少なくとも、お零れもらうためじゃねぇだろ…」
「じゃあ…いらない?」

小冊子を軽く振って見せれば、千尋さんの目の端がぴくぴくっと動いた。千尋さんは察しがいいから、この後の展開はだいたい読めているだろう。しばし視線を泳がせた結果、私の勝ちだったらしい。

「一枚だけだからな…」
「わあい、千尋さん大好き!ありがとう!」
「…」

私はさっそくスマホのカメラ機能を起動させて、千尋さんにカメラを向ける。フレームに不満そうに納まる千尋さん。カメラ目線は意地でもくれないのか、めちゃくちゃ視線を逸らされる。どうしよう、せっかくの一枚だし、もうひと押しいいかな。

「千尋さん目線いいから、せめてぽ…ピース一つくらい…」
「…はぁ」
「私こんなにやる気のないピース初めて見たよ!」
「…さっさと撮れ」
「あ、はい」

カシャ。無機質な機械音が鳴った瞬間に千尋さんはピースをやめて、不機嫌そうにストロー軽く噛んだ。私はその写真をすぐにお気に入りして、千尋さんにありがとうと、小冊子を渡す。千尋さんは無言のままで、しばらく口を聞いてくれなかった。

でも、目的は達成できたので、いいのだ。それに、ちゃんと帰りも手を繋いでくれたから、本気では怒っていないらしい。

***

普段入らない店に連れて行かれた上に、写真まで撮られた。最悪だ。報酬としてもらった小冊子は今後作品を読む上でも、目を通した方が楽しめるからいいものの。どちらにせよ、気分が良いことではなかった。たださえ、あまり写真と言うものは好きではないのに。…俺の写真を撮って、嬉しそうにスマホを見つめる彼女の笑顔は嫌じゃないが、それでも、気が進まなかった。

そう思っていた矢先、先に帰っていた彼女がリビングのソファで昼寝をしていた。無防備な寝顔は相変わらず間抜けで、気が抜けそうだ。

俺は彼女の半開きの唇をそっと閉じさせて、バスタオルをかけておく。…あ、そうだ。



「ねえ、千尋さん」
「なんだ」
「こないだ行ったご飯屋さんの写真ある?友達に送りたいんだけど」
「どの料理?」
「えっと…あれ?千尋さんご飯なんてフォルダあったけ?てかフォルダ作るの意外だね…わあっ」

ある日の午後。彼女の手から勢いよくスマホを取り上げれば、彼女はきょとん、として首を傾げる。…しまった。言い訳を考えている内に、彼女は勝手に自己完結してしまったようで、にっこりと笑う。

「千尋さん…えっちな画像で怒ったり、変な目で見たりしないよ?」
「違う!名前の」
「…私の…?」

てん、てん、てん、とそんな沈黙を経て、彼女の頬が赤く染まって、瞳がきらきらと輝き出した瞬間に俺は悟る。こんなことになるなら、撮るんじゃなかった…と。

***

しぬ…。今回の研究は思っていたより、ハードで家に帰る暇も、寝る暇もなくて、日々疲労だけが貯まっていく。ご飯を食べると言うより、詰め込むと言った方がいい。…彼女にも一か月近く会えていないかもしれない。日にちの感覚が曖昧の所為もあって、長く会っていない気分だ。

最近はメモの代わりに写真で済ましてしまう事が多い。カメラロールをスクロールしていると、ふと俺のカメラロールの中でも、場違いな写真を一つ見つける。無防備にあどけない彼女の寝顔に、俺は思わず口元が緩んでしまう。慌てて研究室を確認したが、俺以外誰も居なかった。

…まあ、写真も悪くない…かもな。



「あれ?黛くんよく寝れたみたいだね、良かった良かった。
 夢見でも良かったのかな?」
「え、…ああ、まあ」

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