「んー瀬呂くんって、アレだよね、うん」
「アレって、なに?」
「いい人止まりではないんだけど。……んー、異性としては見れるんだけど、でもそこそこって感じ」
「は?」
「だから、この人じゃなきゃダメって思わせる男じゃないよねってこと!んーと、本命にはなれないタイプ」
「……」

 初めて出来た年上のカノジョに言われた言葉。それはもう幼気な少年の、俺の心をズタズタにしてくれた。いやーな、初めてだった。恋の酸いも甘いもとか言うけど、こんな酸いはいらないっての。

「最悪…目覚め悪すぎる…」


 なんで、今更こんな夢を……。


「…せろ、くん…?」
「…お、おお…名字悪い、起こした?」

 ううん、と首を横に振る彼女はのそのそとベッドから這い出て、うーんと背伸びをする。あ〜、ここでチラッと見えないのが、名字だよな。むしろ、背伸びした腕が俺に当たってる。その腕を引っ張って、朝のちゅーでもしようものなら、グーパンが飛んでくる。歯磨いてから!と以前、顔を真っ赤にして怒られたので、しない。瀬呂くんは学習できる子なのです。彼女はそのまま洗面所に行くらしい。ぼさぼさで、乱れている彼女の髪型を後ろから見ながら、妙に気分が和む。



「なんか、落ち込んでる?」

 俺の顔を覗き込んだ彼女の顔はさっぱりしていて、完全に起きた!と言うモードである。対して俺は一応顔を洗って歯を磨いたけど、起きる気がしなくて二度寝をしようとしていた。彼女も俺に便乗しようしているのか、ベッドに入り込んでくる。彼女の分も入れるように、俺は壁側による。

「俺そんなに顔に出てた?」
「え、落ち込んでたの」
「え」
「ごめん、何となく言った。私そんなに察しよくない」

 ここで両手を合わせて、ごめんね?とかだと結構可愛らしい謝り方だと思う。彼女は悪い!今度は付き合うから!と飲みを断るような、片手を突き出して謝る。彼女は咄嗟に出る行動が意外と雑で、素直だ。俺は今度こそ、彼女の手を引っ張って彼女にキスをした。二人とも、甘くない。ミントの爽やかな匂い。戸惑っていた彼女も、俺の首に腕を回して、俺も彼女を持ち上げて膝に乗せる。これで、丁度いい高さになる。唇を押し付け合って、彼女の唇を舌で突いて、彼女の口内へ舌を入れる。ヒトの、内側のぬくもり。あー……もっと、中から名字に触りたくなって来た。

「ふ、…ん」
「…名字」
「う、ん?」
「……しても、いい?」
「私も、したい」

 彼女はこれからすることには似合わないくらい、嬉しそうな笑みを浮かべて俺の頬にちゅ、と音を立ててキスをしてきた。たまらず彼女をベッドに押し倒しながら、軽いキスを繰り返す。本当にバカップルかよ、って自分で突っ込まないとやってられないくらい、俺は浮かれているのかもしれない。

「名字〜」
「きゃー」
「棒読み……」
「ご、ごめん」
「でも、そういうとこが癖になるくらい、かわいいんだよな」
「えっ」


 名字と言う、クラスメイトを俺が意識したのはクラスの奴らと一緒にやった花火がきっかけだった。比較的に俺のクラスは穏やかで明るい奴が多く、絵を描いたような『みんなでなかよく』を自然に当たり前のようにやっていたのだ。卒業してすぐ行われたクラス会も、文化祭の後の打ち上げも、このクラスだからほぼ全員参加しているのだと思う。先生も参加して、それなりにでっかい駐車場を借りて、受験生の夏休みの息抜きに行われた花火…大会って、ついてたっけ。本当にコンビニで売っているような、花火をクラスの奴らとやっただけだから、大会ってほどでもない。

 確か名字は運が悪く線香花火が中々出来なくて、みんなで一緒に一斉にやるってのでもすぐに落としちゃって、やけに落ち込んでいたのが印象的だった。

「なー瀬呂ちゃんと取れた?」
「んー、まあ」

 受験生だろうと、色恋が気になる年頃。俺はこっそりと抜き取った二つ分の線香花火を指で撫でた。一人では気まずいから、俺も交えて好きな奴も誘うと言う魂胆だった。線香花火は人気だから、すぐになくってしまうのだ。やっぱ、雰囲気出すなら線香花火だろ!とクラスメイトが言うので、仕方なく目を盗んで抜き取ったのだ。

「悪い、やっぱお前一人で頑張れ」
「は?瀬呂待っ」



「名字」
「…!」

 そこそこいい時間になって、自由解散でなくとも、門限が厳しい奴や省エネの奴は気付いたら帰ってしまう。どちらかと言うと、彼女もそっちの部類に入るらしい。とぼとぼと見るからに落ち込んでいる背中に声を掛ければ、彼女は驚いた顔をして振り返った。

「門限とかやばい?」
「え、……そんなことないけど」
「だったら、俺と線香花火しない?」

 俺が二つ分の線香花火を指先で揺らして見せれば、彼女は嬉しそうにして勢いよく頷いた。そして、すぐに首を横に振った。どっち。申し訳なさと心配を足した感じの、顔をして彼女は眉を下げる。

「で、でも火とかないし、瀬呂くんしたい人が居たから二つも」
「火なら、俺ライターもってるし。どうせ余りもんだから、気にすることねぇって」
「……じゃあ、したいです」

 今度こそ、彼女は嬉しそう笑ってくれた。



「瀬呂くんって優しいね」
「え、そう?」
「うん、私結構線香花火出来なかったの落ち込んでたから……、友達にも顔に出過ぎって言われちゃって」
「あー……」
「あ、いや、ごめん…、なんか自意識過剰みたい!だね?」

 暗く少しの街灯しかない、小さな公園に俺たちは寄って花火をすることにした。水場があった方がいいし。薄暗い中で、顔を赤くして青くする彼女の肩をぽん、と叩いた。

「俺ってそんなに周り見えないように見える?」
「!」

 ちょっとおどけて見せれば、彼女は首を横に思い切り振った。それとなく彼女に尋ねてみれば、彼女は受験不安で仕方ないらしい。気休めでもいいから、線香花火の、あの最後まで落とさなかったら願い事を叶うに頼りたかった、と。でも、全然出来ないし、やっと出来てもすぐに落ちるし。もう受験がダメと言う意味ではないか、と飛躍までしまって、大袈裟に落ち込んでいたのだ。

「んー、でも……名字なら、そこまで不安にならなくても、いい気がする」
「え、ええ…」
「まあ、でもこの線香花火なら大丈夫。俺結構得積んでるから」
「……確かに」
「真顔で言われると、なんか恥ずかしいわ…。でも、俺もお願いするかなぁ」

 小さく呟いた言葉は思いのほか沈んでいた。そこそこ…、本命になれない…、あんだけズバッとはっきり言われると凹むよなぁ。男だろうが、女だろうが、恋したらみんな繊細な生き物なんだっての。気分まで沈みかけたときに、彼女の声が聞こえた。

「じゃあ瀬呂くんのお願いごと、私がするね」
「いやいや、名字さんのお願いことしなきゃ、ダメじゃね?」
「ううん、もう言っちゃったし、いいの。自分で何とかする!」
「だとしても、俺なんかの為でいいの?」

 吹っ切れたように明るい顔をする彼女に少なくとも俺は焦る。でも、そんな俺の気持ちも知らないまま、彼女は俺を見上げて、迷わずに言った。

「うん、瀬呂くんがいいの」
 
 熱くなる目元とか、緩まりそうな口元とかを隠したくて、思わず顔を俯かせた。その言葉に大した意味はないだろう。律儀な彼女のことだから、線香花火とか、話を聞いたとか、俺に対するお礼だと思う。……でも、それでも、その言葉は俺が欲しかった言葉だった。偶然も、何でも、嬉しかった。あー……、ほんと、こういうの、予想もしないの、弱いんだって、俺。

「……ごめん。瀬呂くん落としちゃった」
「え?」
「私めちゃくちゃ線香花火の才能ないかも…」



「瀬呂くん聞いてもいい?」
「なるべく普通のことでお願いね」
「瀬呂くんって、私のこと好きになるきっかけとかあった?」
「…名字は?」
「瀬呂くんと関係持ってからかなぁ」
「言い方……」
「瀬呂くんは?」
「……笑顔が可愛いとこ」
「逃げた……逃げたよね?瀬呂くん!」
「はーい、遅い朝ごはんにしますよー」

あとがき

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