視線を感じる。じっと、見られてる。その視線に気付いて、そっと振り向けば、いつも同じ女の子が居て、びくっと肩を揺らして不自然に視線を逸らされる。彼女と俺は三年間、同じクラスだけれども、詳しく話した記憶はない。話したことは、ある。でも、それはあくまで事務的なことであって、親しくなるために言葉を交わしたことはなかった。
いつも仲がいいだろう女子と穏やかに喋っている様子を見る。小さく笑う、姿が印象的だ。たまに、お腹を抱えて笑っていることもある。
どちらかと言うと、表情は豊かな方だと思う。
「…」
慣れない。三年目にして、いきなり全寮制なんて。色々事情があったとは言え、慣れない。他人と、一緒に暮らす。想像通り、落ち着かない。
共同スペースにあまり行かないようにしていても、どうしても用があれば行かなければならない。ケータイを置き忘れてしまった。食事中に、
事務所から連絡があったから、つい見てしまったのだ。
「あ」
「…天喰くん、お風呂?」
「…いや、ケータイ忘れた、から」
「ああ、そうなんだ」
寝る前に飲み物でも取りに来たとかだろうか。俺は不自然に途切れてしまった会話を続けるべきか、ぐるぐると思考を巡らしていると、彼女が動いた。
テーブルの上に置かれていたケータイを手に取ると、固まっている俺へと渡してくれた。何とか、お礼を口にすると、彼女は小さく笑った。
どうやら、俺にもその笑顔は向けてくれる、らしい。
***
俺は手の中にある冷たいアイスティーにちびちびと口を付けながら、彼女と向き合っていた。どうやら、彼女は寝る前に紅茶を飲む習慣があるらしい。
寝る前にカフェイン摂るの良くないよね、と彼女は困ったように笑って言う。良かったら、天喰くんも…と誘われて、遠慮しようと思った頃には、既にグラスを
出していたので、断れなかった。
彼女と演習以外と、話す機会があるなんて…。寮生活の効果なのだろうか。
「…耳?」
会話の話題がなかったのか、それとも以前から話したかったのか。彼女は少し真剣な顔で、みみと言った。思わぬ不意を突かれたので、聞き間違えだったら申し訳ない。
一応聞き返すと、彼女はうんと頷いた。
「う、うん…ほら、私って個性の名前に…名前負けしてるって言うか…」
彼女は恥ずかしそうに横髪を無造作に掴んで、自分の耳を隠す。…確か、彼女の個性は〈エルフ〉だ。正しい個性の名称ではないけれど、
俺たちのクラスではエルフで馴染んでいた。縛りがなく、自然を操ることが出来る個性の彼女はその使い方が妖精の一種の、エルフのようで、
俺がエルフと呼んだんだ。まあ、エルフみたいだね、って俺がこっそりミリオに言ってみたら、ミリオがぴったり!とみんなの前で本人に言ったから、馴染むことになったんだけど。
確かにエルフの特徴の一つとして、尖った耳とかあった気がするけど…。彼女の耳はまるく、柔い曲線を描いた可愛らしい白い耳だ。たまに、
横髪から顔を出している。
「だからね、つい…天喰くんの耳がね、可愛いと言うか、羨ましいと言うか…ごめん、気持ち悪いよね」
「…いや、そんな…」
眉を下げて困ったように笑う彼女に俺はたじろいでしまう。むしろ、そんなことを言われたら、密かに彼女の耳を可愛いと思っている俺の方が
気持ち悪いと思われそうな気がする。てか、そうだ。俺、気持ち悪い。申し訳なくなって来た。うう、心にズキズキと痛みを感じていると、彼女がでもね、と言葉を続けた。
「…耳とか、関係なく…その、天喰くんのことは気になってて…」
「えっ」
「…天喰くんはいつも自分のことを卑下したりするけど、全然そんなことなくって、実力もあって、…一所懸命で、すごいなって思ってて…。
そんな天喰くんが付けてくれた名称だもん、エルフって名前に恥じないように私も頑張ろうって思ってるんだ」
彼女は照れ臭そうに、でも力強い瞳で俺を見上げる。つい呆然として、彼女を見つめてしまうと、彼女は視線を逸らす。照れ、…なのだろうか。
それとも、俺に見つめられて気に障ったのか…。もんもんと考え込みそうなりながらも、俺は彼女の言葉を頭の中で繰り返した。
そんな天喰くんが付けてくれた名称だもん、エルフって名前に恥じないように私も頑張ろうって思ってるんだ
「…知って、た?」
「うん…内緒だよって、通形くんが教えてくれたの」
内緒だよって?ミリオが?彼女にそう言ったのか?
どうして、そんな言い方を…?
ずっと気付かれていなかったって俺だけが思ってて、そもそもミリオはどうしてそんな言い方を…?何故…?
最初から落ち着いていた空間ではなかったけれど、まるで体育祭の前のような気持ちになってきた。緊張して、思考がまとまらなくて、頭の中が真っ白になってしまう、あの嫌な感覚。
心臓の鼓動が頭の中で鳴り止まない。苦しい。もう、嫌だと思ったときに鼻を擽る、やさしい匂い。
顔を上げると、彼女の両手の中に綺麗な花が咲いていた。
「…あ」
「落ち着いた?」
「…うん」
彼女はいつも植物の種を持っていて、その種から自在に大きさや成長過程を微調節して、戦うことが多い。あと、今みたいにセラピー効果のようなものも、してくれる。
人前で緊張するときに、いつも香る。やさしい匂い。きっと彼女も、俺と同じって言うのもはおこがましいかもしれないけど、…緊張しがちな所が多分似てて、いつもテスト前や体育祭のときに、
彼女は手のひらに綺麗な花を咲かせて、自分を落ち着かせていた。俺も、実は落ち着かせてもらっている。
一度だけ、目が合って彼女がにこって笑ってくれたことがあった。
「がんばろう、天喰くん」
「…うん」
彼女は覚えているだろうか。そのとき、君は本当に妖精のようで、エルフのようで、優しくて綺麗だった。
未だに心臓は早く脈を打つし、考えもまとまらない。でも、知りたいと思った。
「…ミリオは」
「?」
「ミリオはどうして俺に内緒で、…名字さんに教えたんだろう」
「ああ…それはね…えっと」
言い辛そうに彼女は口をもごもごと動かした。ねえ、その可愛らしい頬の赤みはどういう意味なのかな。俺はね、確かに自分に自信を持っていないけど、そんな反応をされて、何も分からないぐらい、鈍感でもないんだよ?
あとがき
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