慣れない。いつだって、テストは緊張する。それが、実戦形式のテストなら、尚更緊張してしまう。私はコスチュームのポケットから、種を出す。植物には昔からお世話になりっぱなしだから、意識しなくても、自然と個性を使いこなせる…はずなんだけど。
おかしい。香らない。慌てて視線を落としてみて、私は驚愕した。種がない。
今まで一度だって、そんな、嘘だ。私はコスチュームに付いているポケットを全て確かめる。触って、裏返して、…嘘だ。一つも、ない。今まで一度だって、種を切らしたことなんてない。こんなの、うっかりで済まない。自然なら、何でも力を借りることはできる。でも、植物が一番慣れてて、使いやすいし、今までの経験で培われた力とか、自信もあって…。今は学校で、テストで、忘れ物って言えるかもしれないけど、本番なら、実戦なら、武器を持たずにのこのこ出て来た、ただのバカだ。
ああ、どうして、こんなミスを…。疲れてたわけでも、忙しかったわけでもない。本当に、ただの気のゆるみだ。三年生にもなって、恥ずかしい。
「…さん」
「…」
「名字さん」
「!」
しゃがみ込んで、自分の駄目さに飲み込まれていたら、私の目の前に影が出来ていた。心配そうな声に、顔を上げると、天喰くんと目が合う。アイシールド越しに、天喰くんは目をぎょっとさせて、私に合わせてしゃがみ込んでくれた。やさしい。
「…ど、どうしたの」
「…」
私は開きかけた口を閉じてしまう。天喰くんに言いたくない。こんな情けない失態を知られたくない。幻滅されたくない。本来なら、言わなければならない。今私は手持ちの武器を持っていない、状態と一緒だから、プロならきっと自己申告して、それでもなお、その状況で適したベストの戦い方をしなければならない。こんな小さいプライドの所為で、言えなくなるなんて、情けない。
「…お腹痛いとか?」
「…」
天喰くんは視線を色んな所に彷徨わせながら、頬を薄っすら染めて、気まずそうに小声で私に尋ねた。ああ、情けない。こんな時ばかりは人の優しさが、気遣いが辛い。
「…うっ、…あの、ね」
「…!」
ああ、ごめんなさい。天喰くん、急に泣いてごめんなさい。天喰くんの所為じゃないんだよ、本当に。
***
「…ほんとうに?いいの?」
「う、うん…」
遠慮がちな彼女の声に頷いて、俺は彼女に向かって頭を下げる。どの姿勢がいいのか、分からないけど。軽く曲げた腰が若干痛い。失礼します、とまた遠慮がちな声にどきどきしながら、唇を噤む。そっと、少しくすぐったいぐらいに優しく触れる彼女の指先が、想像より感触がしっかりとしていた。
日々、鍛錬している証だ。あと、意外にくすぐったい。普段、自分で触れたりしないし、意識しない所を触れられるのはくすぐったい。まるで、心の裏側を柔らかく引っ掻かれるみたいだ。
「…ど、どう?」
「…天喰くんやじゃない?平気?」
「俺は何ともない…ただ名字さんの、役に立っているのか…不安なぐらいで…」
壁の方を向きたい。彼女に気付かれないように、視線を動かしても地面や彼女の胸元しか見れなくて、俺は余計に追い詰められた気持ちになった。俺の言葉に、彼女の手が止まって、そのまま耳から頬へ流れるように動いて、俺の顔を上げる。両頬に感じる、温かいものは彼女の小さな手のひらだった。予想もしない展開にたじろいでいると、彼女は眉を下げていた。
でも、柔らかく笑って俺を見上げる。
「めっちゃ役に立ってます、ありがとう」
「…そ、それなら、よかった」
「うん」
俺はまだ彼女の笑顔を直視できない。彼女はそんな俺の態度も気にせずに、笑っている。俺から離れる彼女の体温に、惜しいと思ってしまう。
「天喰くんも緊張してる…?」
「え」
「ほっぺ触ったときに、こめかみ辺りすごく脈速かったから」
「…実は…してる…」
顔を見られるのが何だか恥ずかしくて、俺はコスチュームのフードを深く被った。
個性の都合で素足に、生ぬるい風を感じる。もう、夏も終わってしまう。雄英生で居られるのも、もう少しだ。卒業しても、俺はやっていけるだろうか。そんな不安を吹き飛ばすような大きな風じゃなくて、そっと包み込んでくれるような、
柔らかい風を感じた。
「…?」
「…良かったら、私の…触る?…天喰くんみたいに素敵な耳じゃないんだけど」
「…え」
「いや、えっと、理屈になってない、ね!?変なこと言ってごめん!」
柔らかい風の正体は、彼女の個性だったらしい。彼女は両手を胸の前で組んでいた。まだ完全に制御出来ない自然の分類には、昔から集中するときの癖で、胸の前で両手を組んでしまうらしい。最近話すようになって、教えてくれた。柔らかく優しい風は俺の手を彼女の耳へ、導くように吹いていたが、彼女の集中力が乱れた所為で、中途半端な位置で不自然に止まった。
「…名字さんの、触っていい?」
「…う、うん」
ふわふわと、柔らかい風に身を任せれば、彼女のまるい曲線を描く白い耳に俺の指先が触れる。柔らかい拘束はそこで解けて、俺は彼女の真似をして、彼女の耳に触れた。彼女は少し肩を揺らして、くすぐったいねと楽しそうに笑った。どうやら、俺は本当に彼女の役に立てたらしい。
***
不思議だ。いつもは思ったように力を借りることが難しいのに、いつもより馴染むように、風が思った通りに動いてくれた。種を切らして、緊張どころじゃなくて、自分が情けなくて仕方ないってバカみたいに泣きじゃくってしまった私を、天喰くんは引くことも、呆れることもしないで、話を聞いてくれた。もちろん、そんなことをする人じゃないって知ってたし、分かってた。
せっかく天喰くんと話せるようになって、天喰くんがくれた呼び名通り頑張ろうと思った矢先にこれだ。人生は本当に上手く行かない。
「…あの、…気休めにも、ならない…けど」
「?」
天喰くんは被っていたフードを思い切ったように脱いで、私を見つめる。…正直、びっくりした。身長差がそれとなくあるし、天喰くんは目付きが良い方でもないし、だから、勢いよく見つめられると、ちょっとびっくりして、怖い。じっと見つめられ、私は小さく首を傾げる。
「…俺の、耳は…エルフっぽいらしいから…その…」
いつかの私のように、天喰くんは口をもごもごとさせて、何とか伝えようとしてくれた。その一所懸命な天喰くんの姿に、不謹慎にも胸が縮こまってしまう。
「…もしかして、緊張解そうとしてくれてる?」
「…」
私の言葉に、天喰くんの頭は傾く。その際に、くせっ毛がふわふわと揺れた。
「…じゃあ、天喰くんの耳触ってみてもいい?」
あとがき
ALICE+