背の高い後ろ姿も見つけられず、私は首を傾げた。腕時計に視線を落とすと、予想よりも早めに着いてしまったようだった。なるほど。これくらい前なら、居ないんだ。デートの待ち合わせで、私は相手よりも早く来たことがない。いつも待たせる側だ。決して、遅刻しているわけでもないし、時間にルーズなわけでもない。相手が早めなのだ。もっとゆっくり来ていいよ、と言っても、もし待たせたらとか、遅刻したらとか、色々心配していて、結局私はいつも待たせてばかりだった。

 何か新鮮だ。私を待たせたって、ショック受けそうな気もする…。何か悪い事している気になってきた…。

 化粧室に行って、最終チェックとかしてたら、丁度いい時間になるかな。今日のリップは新品だから、べたべたしてないか、とか色々不安だ。いや、でも、うん、私が遅刻したら嫌だしな。私も相手程ではないが、心配性な方だ。待ち合わせ場所の、時計台の前でうーんうーんと唸って数分、すっかり聞き慣れた呻き声が聞こえて私は顔を上げた。そこには予想通り…、ショックと言うか、顔を青くして私を見つめてる待ち合わせの相手が立ち尽くしていた。私は笑いながら、そんな相手の手を取る。

「天喰くんこんにちは」
「…こんにちは」
「暗いね?」
「ああ、いや…すまない…待たせてしまった…」

 大げさだ。天喰くんは私を少し待たせたくらいで、この世の終わりのような顔をしている。でも、私だから、そんな風に気にしてくれるのかな。そうだったら、嬉しいけど。重ねた手を握り直して、私は目的地に行くため電車に乗ろうと、天喰くんの手を引っ張って歩き出す。天喰くんも足を動かしながら、ぶつぶつと呟いて、また器用に改札も通ってしまう。天喰くんに気付かれないように、私は小さく笑う。

「なんで?」
「え」
「いや、何で私を待たせたら、申し訳なさそうにするのかなって。だって、遅刻してないのに」

 きょとん、と瞬きを繰り返す天喰くんを見て、私は天喰くんのペースを崩すことに成功したようだ。ついでに、私の腕時計を天喰くんに見せるようにして、私は首を傾げる。天喰くんは真剣な顔で私を見た後、つま先に視線を落として、口を開いた。

「…俺は…待ってる間、不安になる」
「え」
「…名字さんが来てくれるかなとか…名字さんが交通事故に巻き込まれてないかなとか…待っている間、すごい不安な気持ちになって…、時間が長く感じて、…名字さんの姿が見えると、すごいほっとする」
「…」
「…だから、…あんまり…そういう不安な思いは名字さんにさせたくない…から、今日みたいになると、申し訳ないって思う」

 痛い。少し痛いくらいに、天喰くんは私と繋いでいる手を握りしめる。電車はまだ来ない。誰にも来ないような、隅にいつも私たちは立って、電車を待っている。歩ている通行人の邪魔にならないように。天喰くんはいつも、そう。私に痛い思いも、怖い思いも、不安な思いもさせないように、大切にしてくれる。相手を傷付けないように、大切にしてくれる人。でも、そんな優しい人を誰が傷付けないように、大切にするんだろう。あと、やっぱり心配性でくらい。ううん、本当はくらくない。前を向こうとして、空回ってくらく見えているだけ。

「ねえ、天喰くん」
「…」
「私はね、今日天喰くんを待っている間ね、わくわくしたよ」
「…え」

 天喰くんが目を見開いて、顔を上げる。そうだよ、つま先なんて見てちゃやだよ。私の方を見て欲しい。その気持ちを伝えるように、私は繋いでる手を揺らして軽く引く。甘えん坊みたいだ。でも、天喰くんの前でしかしないから、いいや。

「やっと二人で会えるなぁって、今日何を話そうかなぁとか……あと、久々にキスしたいなとか…天喰くんのこと待っている間、ずっと天喰くんのこと考えててね、わくわくしたの。だって、今日すっごく楽しみだったし、その直前だよ?楽しみのピークでね、天喰くんが私の前に来たとき、もう抱き着きたいぐらい、こう、気持ちがぶわぁって、なって」

 もう言葉では無理だ。私は通形くんほどはないけど、わさわさと両手を動かして、気持ちを表現してみた。繋ぎながら、両手を動かしたから、天喰くんもつられて片腕が揺れた。ちょっと、恥ずかしい。でも、天喰くんは上手いのだ。ずるい。こうやって、気持ちを伝えさせるのが上手い人だ。天喰くんと一緒に居ると、自分の気持ちを届けたくなってしまう。ねえ、聞いて欲しいよ。天喰くんから見る天喰くんとね、私から見る天喰くんってこんなに違うんだよって。知って欲しい。

 私と、天喰くんの考え方はきっと全く同じときと、全く反対なときがある。でも、根本的な気持ちは一緒なんだ。二人とも、互いが好きで、大切だから、それぞれの行き付く気持ちが逆だったとしても、元を辿れば同じ。だからね、天喰くん…そうやって、意外なそうな顔しながらも、何処か嬉しそうに目元を赤くしてくれるんでしょう?

「…名字さん…ちょっと」
「うん?」

 天喰くんは自分のカーディガンを開いて、繋いでいてる手を思い切り引いた。反動で私は天喰くんの胸の中に両手をついて、顔を上げた。どうしたのって訊こうしたのに、訊けなかった。人の足音や、話す声が遠くなる。薄暗い小さな、二人だけの世界。そんな中でも、天喰くんの白い頬は赤くなると分かりやすい。ああ、もう、ほんとうに、ずるい。天喰くんは…ほんと、ずるいひとだ。

「…ごめん、急に」
「謝ってほしくないよ…悪いことしたの?」
「う…、名字さんが…可愛いことを言うから、したくなった…」
「…」

 あっと言う間に、数秒の前の世界に戻って、明るさが目に痛かった。ただ数秒だったのに、長い出来事のような錯覚を受けた。ずるい。私は自分で、自分の首を絞めた気分だ。もう。唇を噛み締めながら、軽く天喰くんの脇腹を小突く。

「…名字さん」
「なっ、なに?」

 痛くない癖に痛いと言いながら、天喰くんは私の手を取る。ずるい。嬉しくて、恥ずかしくて、もう意味が分からない。熱くなる気持ちを静めるように息を吐いたときに、話しかけられたから、思わずどもってしまった。

「いつもより、名字さんの唇柔らかかった」
「!」
「…顔真っ赤」

 ああ、もう。ほんとうに、ずるい。
お願いだから、そのやわらかくて、あたたかい笑顔は他の子の前でしないでね。

あとがき

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