ずるい、と思う。普段から、彼の周りは明るくて笑い声が絶えない。彼の友人は彼のことを太陽のようだと、言う。
確かに、その通りだと思う。ぎらぎらに暑い太陽じゃなくて、穏やかで優しいぽかぽかとした陽だまりのような太陽だ。
そんな彼の、笑顔はずるい。みんなを笑顔にするための笑顔じゃなくて、本当に気持ちが零れてしまうみたいに笑った顔はずるい。本当に、とてもずるい。
私はその笑顔を見たさに、雄英を受けて、ヒーロー科を受けて、一瞬一瞬がとても厳しい日々の世界を身を投じて、三年目になった。
「ぶっちゃけ私貴方がここまで持つと思っていなかったわ」
「私もそう思います」
「でも、そこまで己を殺さなくてもいいじゃないかしら?
貴方はちゃんと周りも見てるし、自分のことを俯瞰的に見ることだって出来るでしょう」
「…」
「自信がないのね?」
「……はい」
ミッドナイト先生は魅惑的な太ももを隠すことなく、堂々と足を組み直し、悩まし気に眉を寄せる。私が男の子だったら、大変なことになっていたと思う。
ミッドナイト先生と私の個性の方向性はよく似ているので、個人指導をして貰えるくらいには可愛がられている、と思う。先生は俯く私の顔を下から覗き込んで、
思いっきり頬を引っ張った。痛いです、先生。
「ムカつくぐらい、もちもちでぴちぴちね」
「一応十代です」
「一応じゃなくて、堂々と十代でしょうが」
「…うい」
「はぁ…いっそのこと、眠らせてモノにしちゃえば?」
「先生アドバイスがどんどん雑になっている気が…」
仮眠室のソファで優雅に足を組んでいた先生はぷく、と頬を膨らまして、私の頬をまた思い切り引っ張った。やっぱり痛いです、先生。
「つまんないじゃない!三年目でこれって!展開無さ過ぎ!」
「生徒の恋愛事情に面白さを求めないで下さい」
「いい?青臭い恋愛ってのは…あ、そうだ。貴方コスチューム悩んでたでしょ?」
「え?あ、はい」
「私が希望出しておいたわ」
「エッ」
にんまり、と楽しそうに笑う先生。私は丁度今からある、演習の授業をこんなにもサボりたいと思ったのは初めてだった。
***
一言で言うなれば、最悪だ。元々私のコスチュームは露出が少なく、機能性重視ものだったのに。いや、今の、このコスチュームも機能性はあるんだろう。
でも、それ以上にファッション性を重視され過ぎていて、やばい。最悪で、やばい。
「名前ちゃん!」
「…ね、ねじれちゃん」
「どうしたの?何で隠れてるの?もしかして、今からの演習は隠れんぼなの?」
「ち、違うよ」
「そうなの?じゃあ…あれ?コスチューム違うね?」
演習場でも目立たない、隅の方の、草陰に隠れていたのに、見つかってしまった。さすがねじれちゃん。マシンガンのようなねじれちゃんのトークに
圧倒されていると、気になる!見せて!とねじれちゃんにぐいぐいと腕を引っ張られてしまう。見かけによらず、ねじれちゃんもヒーローの目指すだけあって、パワーがある。
「わあ〜すごい!派手!えっとね…セクシー!まるでミッドナイトみたい!」
「…あはは」
にこにこと言われた言葉に、私は頬を引き攣らせた。確かに、このコスチュームはミッドナイト先生を連想させる。配色の所為だろうか。露出の所為だとは思いたくない。
身体のラインをはっきりとさせるボディースーツは慣れない。いや、まだボディースーツの方がいい。レオタードはさすがに恥ずかしいでしょ、と先生の要らない気遣いのおかげで、
ショートパンツのような丈と、ノースリーブの形のボディースーツになっている。それに合わせた手袋やロングブーツのおかげで、先生ほどの露出はないけど…けど、十分恥ずかしいです、先生。
「ここに居た!探した!…よ?」
「あ、通形!見て!名前ちゃんのコスチューム!おニューなんだって!」
「…!?」
いやあああ。
思わず心の中で悲鳴を上げてしまう。急に聞こえた声は壁から聞こえて、ぐいぐいとまたねじれちゃんに背を押されて、嫌でも目が合う。
くりくりとした独特の目と。ぱちくり、と大きく見開いた目が上から下まで、じっくりと私を見た。全然やらしくなくて、むしろ確かめるみたいに。もしかして、私って分からなかったんじゃ、ないのかな。
「名字さん?」
「…う、うん」
一応頷けば、壁から顔だけ出していた通形くんは引っ込んでしまった。居なくなった。…あまりの、酷さに引かれたのだろうか。残酷な現実に打ちのめされていると、横でねじれちゃが先生来たね!と私の腕を引っ張った。私は引きずられることしか、出来なかった。ショック…ショック過ぎる。
***
名字名前さん。本当に根から、良い子だ。目立ったりするわけじゃないけど、本当にいい子だ。周りが面倒だと、いつものことだと、流すようなことを流さずに、一つ一つ丁寧に気に留めて、向き合う。そんなとても丁寧でやさしい心の持ち主の子だ。だから、目立たなくても、意識しなくても、俺の目に止まる。
どんなに勢いが止まらぬマシンガントークでも、環が壁に向かってるときも、彼女は足を止めて声を掛ける。そんな子だ。上手く友達が作れないと言う環でさえ、彼女には気兼ねなく話している姿を見る。ミットナイドだって、彼女のことを信頼しているし、可愛がってるし、彼女の丁寧さは少しずつ、でも確実に人の信頼を築いていく。それこそ、ちょっとやそっとじゃ崩れない、信頼だ。彼女は当たり前のように、当然のように、やっているけど、全然そうじゃない。
「…ミリオ?」
「あ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」
「具合でも…、もしかして名字さん?」
「うっ」
さすが幼馴染とでも言うべきか。俺の不調の原因を見抜くなんて、さすが環だ。環はフードを深くかぶり直して、そっと視線をモニターに向ける。その先には、白い肌が覗くコスチュームを身に纏った彼女が真剣に頷いて、ペアの子と作戦を立てている。俺も、気を引き締めなきゃ…でも、気になる。たださえ制服のときでも、全寮制になって部屋着姿を見ても、彼女は露出の少ない格好ばかりなのに。いきなり、アレは刺激的過ぎる。ほら、男子がざわざわしてる。
「珍しい…」
「それって名前ちゃんのコスチュームのこと?あれね!
ミッドナイト先生がアドバイスした結果なんだって!
でも、名前ちゃん落ち着かないから、元に戻すらしいよ!」
「…は、波動さん」
「?」
いつものように、マシガントークにたじたじな環(急に現れるからびっくりしているらしい)を見ながら、俺は嫌なを音を立てていた自分の心臓の鼓動が落ち着いていくのが分かった。ああ、ダメだな。こんなことで、動揺して、安心するなんて。
「通形!」
「うん?」
「良かったね!名前ちゃんがいっぱい肌出してると、落ち着かないんでしょ!」
「うんっ!?」
「あ、名前ちゃんグループ終わったみたい!」
モニターにはペアの子とハイタッチを交わして、嬉しそうに笑う彼女の姿があった。ああ、また君は俺の気も知らないで、そんな可愛い顔をする。
「通形さ、早くしないと名前ちゃん取られちゃうよ。名前ちゃんもだけど」
「うんっ!?」
自由人の発言には正直慣れたつもりでいたけど、全然慣れない。横で、波動さん…とたじたじとしながらも、フォローをしようとしている環が居る。やっぱり、今日の演習はダメかもしれない。爆弾を落とされてばかりだ。
「ね、通形」
珍しく真剣な声に俺は顔を上げる。何か助言でも、してくれるのだろうか。なんだかんだ言っても、俺たちは雄英のビッグスリーで、仲間だ。
「名前ちゃん落ち込んでたよ。新しいコスチューム、通形くんに引かれたかなぁって」
トドメだった。
***
「名字さんっ!」
「!」
演習も終わって、講評もそんなに悪くなくて、後はモニター室で…と気が緩んだところで、大きな声で呼ばれた。思わず肩を揺らしてしまうくらい、大きくて存在感のある声は彼しかいない。振り向けば、やっぱり通形くんで、ずんずんっ!と勢いよく歩いてくるから、私は後退りしそうになる。とんっ、と軽い音がして、私の背中がモニター室に続く、廊下の壁に当たってしまう。私は通形くんではないから、通り抜けれらない。完全に袋のネズミだ。
「…」
「…?」
「コスチューム」
「う、うん?」
笑顔じゃない。どちらかと言うと、怖い…いや、険しい顔をして、通形くんは私を見下ろす。ちょっと怖い。通形くんの、手袋越しでも分かる固い指先が私の、ボディースーツとロングブーツの間の肌をなぞった。ゆるゆると、何度も何度も触れる指先の感触に私は自分の身に何が起こっているのかが分からなかった。ただ、好きな人に触れられることは予想以上に心臓に悪いのに、何処か居心地が良かった。自分でも知らない、身体の芯を溶かされている、そんな気持ちになる。
「…あの、とおがたくん」
「ダメだよ、このコスチュームは」
「…え、っと」
「…脱がしたくなるから、だめだよ。似合ってるけど、だめ」
「えっと…」
「名字さんは可愛いから、隙を見せたらだめ」
「は、はい」
ぐずぐずに溶かされそうな頭では何を言われているか、分からない。でも、私は頷いていた。子どもに言い聞かせるような、でも子どもには見せてはいけない情欲を含めたやさしい声色に逆らえるはずもなかった。頷く私に満足したのか、通形くんの指は離れていった。
「次のグループだから俺行くけど…、まだ話終わってないから」
「うん」
「俺のこと見てて!じゃあ!」
わさわさ、とよく分からないけど、大きい動きをして通形くんは気合を入れている。通形君の言葉に大きく頷けば、通形くんはにっ、と私の大好きな笑顔で応えてくれた。
背後で、青臭いと興奮しているミッドナイト先生の存在に私が気付いて、悲鳴を上げるのはまた別の話である。
あとがき
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