期末試験が終わって、夏休みに入る前のほんの僅かな休日。堅くもなくラフでもない服装に着替えて、俺は恋人の家に向かっていた。暑い日差しが容赦なく、首筋を直撃して若干痛い。手で庇うように擦りながら、俺は舌なめずりした。きっと彼女は今頃程よくクーラーが利いた部屋で、無防備に眠りこけていることだろう。休日に進んで早起きをするほど、彼女はキリキリとした奴ではないのだ。どちらかと言うと、のんびりしている。俺が早歩きがちでも、くるくると日傘を回して後ろから歩いてくるような奴だ。早く歩くことよりも、日傘を周りの人に当たらないようにすることの方が大切らしい。

 マイペースなようで、彼女なりの思いやりがあるのだ。……ちょっと罪悪感。舌で舐めた唇もすぐ乾いてしまう。俺と違って焼けていない白い肌や、柔らかさを思い出すだけで、すぐに乾く。唇も、喉も…乾いてしまう。

***

 他人の部屋って、どうしてこうも匂いが違うのか。不思議だ。彼女の部屋に来る前は、勝手に甘い匂いがすんのかと思ってたけど、そうでもなかった。普通に、いい匂いがした。あー、彼女が纏っている俺の好きな香りって感じだ。俺は無意識のうちに彼女の部屋の扉を、静かにしめていた。手に持ったお盆の上のグラスが音を立てた。氷の入った麦茶だ。見た目だけで、すぐに涼しくなる気がする。彼女の親が出かけるからと、留守番よろしくね、という言葉ともに持たせてくれた。

 彼女の部屋のローテーブルの上には、教科書とノートが散らばっている。どうやら夏休みの宿題をしようとしていた、ようだ。俺と彼女は高校が違うから、ペースが異なる。散らばっている教科書とノートを隅に寄せて、俺はローテーブルの上にお盆を乗せた。また、カランと氷が音を立てる。普段よりも、大きく聞こえる音に俺はびくっと肩を揺らした。そっと視線を向けた先には、タオルケットを腹にかけて、すやすやと予想通りに無防備に寝ている彼女の姿だった。

「……名前」
「…」

 一応、呼んでみるが返事はない。ベッドに近付いて、俺に背を向ける彼女の顔を覗き込んでみた。その過程で、ベッドに乗ってしまうのは不可抗力ってやつだ。彼女を起こしちゃ悪い。せっかく気持ちよさそうに寝ているんだから。無駄に慎重に動くことに、やらしい意味はないはず、だ。やっぱり、ある。半開きの唇がむぐむぐと動いて、彼女は猫のように丸くなった。暑いからと言って、家の中でキャミソールで過ごす彼女の肩は剥き出しだ。白い肩に手を置いて、もう一度名前を呼ぶ。名前、起きろ。

「…」

 返ってくるのは可愛らしい寝息。

「……俺はちゃんと起こそうとしたから、な」

***

 久しぶりに抱き締める彼女の身体は小さくて柔らかかった。相変わらず彼女の髪の匂いは甘ったるく、むせそうだ。一度俺の家に泊まりに来て、俺のメントールトニックシャンプーを使って、目が痛い!と騒いでいたこともあった。懐かしい。あの頃よりも彼女の時間は大きく減ったしまった。彼女も俺も何も言わない。俺がヒーローを目指し始めたときから、雄英に合格したときから、きっと近い将来こうなるのだと、と互いに分かっていた。それでも、俺たちは一緒に居ようと決めたのだ。

 寝ている彼女を後ろから抱きしめるのはちょっと難しい。彼女の首の下に腕を通すと、唸られた。何とか、彼女の様子を伺いながら腕枕を成功させる。もぞもぞと落ち着かなかった彼女の頭が落ち着いて、また寝息が聞こえて来て一先ず安心した。彼女の髪に顔を埋めて、彼女が苦しい思いをしない加減を注意して抱きしめた。俺の腕の中におさまる、彼女は小さい。小さい癖に、柔らかい。自然と俺の足は彼女の足に絡んでいて、ハーフパンツから剥き出しのふくらはぎをつま先で軽く撫でる。柔肌が軽く沈んで、戻って、その繰り返し。

 クーラーが利いた部屋の中に長時間いた所為か、彼女の身体は冷たい。俺の体温が移ればすぐに熱くなるだろうが、キャミソール越しのぬるいぬくもりでは物足りない。そう思ったら、勝手に手が潜りこんでいた。彼女の素肌は俺の手のひらとは全く違って、今でもどうやって触れたらいいか、たまに分からなくなる。彼女の肌を傷付けていないかって、不安になる。彼女を大切にしたい、とも思う。

 お、もう…。勝手に俺の手は彼女の胸に到達していて、下から包み込むように触れる。柔らかくて、重みもある。自分の身体には絶対にない、感触。ぐぐ、と俺の身体の一部に熱が集中して、その熱を彼女の尻に押し付けてしまう。俺も彼女も服を着たままだ。それでも服越しても、彼女の柔らかさは分かる。疑似的行為をするみたいに、俺は我慢できずに腰を揺らした。自然と手の動きも激しくなって、揉むだけだった手もねちっこい動きに変わる。俺の手に反応して、ときどき指先に当たっていた固いところ。そこを意識して、指先で擦ったり、押し込んだりすると彼女の息も荒くなった。

「名前っ…」
「…ん」

 彼女の首筋に鼻を埋めて、舌を這わせる。脱がないままの状態がもどかしかった。パンツの中は既にぬるぬるで、気持ちが悪い。片手は胸に触れたまま、もう片方の手をハーフパンツの方へ持っていく。その間も俺の腰はセックスの覚えたてのガキみたいに動いていた。みたい、つーか、ガキか。一人で場違いな笑みを浮かべてしまいそうだ。彼女のベッドがギシギシと音を立てているのに、止まらなかった。ハーフパンツ越しに彼女のところへ触れると、微かに湿っているような感じがした。

「名前…実は起きてんのか?なぁ?」

 耳に息を吹きかけても、彼女から返ってくるのは荒い寝息だけだ。早く彼女の声が聞きてぇなとか、こんなにも無防備で大丈夫なのか、とか色々心配だ。だが、その心配よりも目の前の興奮を優先させてしまう。ハーフパンツ越しだから、少しだけ荒く指を押し付けるように擦りあげる。彼女の腰が揺れて、俺の方へ当たった。

「…ん、う」
「わりぃ…我慢できねぇ」

 起きてもいない彼女に、俺は断りを入れてから彼女のハーフパンツに手をかけた。



 耳を塞ぎたくなるような、卑猥な音が彼女の部屋に響く。彼女の部屋には似合わない、くちゅくちゅと湿った音。指先でほぐす代わりに、痛いくらいに熱をもってしまったものを押し付けた。先端でなるべく、ゆるく、傷付けないように。彼女のハーフパンツも、下着も中途半端なところまで引き下げただけだから、彼女は少し居心地が悪そうに眉を顰めた。俺も同じようにしただけなので、上手く腰が動かせなかった。彼女の柔らかく、濡れているところの中で、胸と同じように固くなっているところがあった。先端でそこを刺激すれば、彼女は高い声を上げて腰を揺らす。
 
「…やぁ、…んっ…」

 クーラーが利いているはずなのに、彼女の身体はじわじわと熱くて汗をかいていた。腕の中で揺さぶられる彼女の後ろ姿だけでは物足りなくなって、彼女の顔を無理やり俺の方へ向かせてキスをした。吐息で湿っていたのか、唇をぬれていた。最後のデートを思い出した。彼女の家まで彼女を送り届けるまえにある、人目がつかない…ちょっとした路地裏でキスをする。俺たちのデートの終わり方だった。最後のデートのとき、珍しく彼女がもう一回と何度もキスをせがんで、彼女の息が上がるまでキスをした。最近の雄英に不安を感じているらしく、口に出さなくても俺を見つめる彼女はいつもより心配の色があった。

 そんな彼女の気持ちのようなキス。いつもは自分から舌を絡ませるなんて、してこない癖に。俺のシャツがくしゃくしゃになるほど掴んで、舌を絡ませてきた。彼女のいじらしい、ところに俺は弱いのだ。

 やわく、ぬくもりのある唇は俺の舌を受け入れる。でも、彼女の舌は無防備に眠り続ける彼女のように、ピクリともしない。絡ませて来なくても、いつも反応をくれるのに。最後にしたキスがあんなに求められたキスだったからか。彼女とのキスなのに、酷く寂しく感じた。

 名前のぬくもりが、ほしい。

 彼女の投げ出された手を取って、俺の熱の塊へともっていく。さみしい、と感じながらも、快感を求める腰は止まらなかった。すっかり俺と、彼女の所為でぬるぬるになっていた。高校生になって、何回か彼女と身体を一つにしたことがある。本当に片手で足りるぐらいだ。それでも、俺の身体は彼女のことを覚えてしまっていた。本能的に、彼女の中へ入りたいと思ったが、最後の理性がそれを阻む。起きてない彼女に入れても、きっとキス以上にさみしくなる。

 腰辺りにもどかしさが集まって、熱くなって、頭がどうにかなりそうだった。もう少し、あと少し…刺激が足りない。彼女の柔い手に俺の手を重ねて、彼女の太ももに挟まれた俺の熱の塊の先端に包むように触れさせた。疑似的な感覚でも、十分だった。ぐちゅぐちゅと、と音が激しくなって、彼女の小さな手が汚れていく。彼女の息も苦し気になる。ふいに彼女の太ももがきゅう、と俺を挟んで、丸っこい指先が俺を撫で上げた。

 不意の、その刺激は限界に近かった俺には十分で、俺は思い切り彼女の小さな手に自分の欲望をぶちまけた。

「はあ…名前」
「…ん…ふっ、あ…」

***

「てつてつ…くん?なに、してるの?」

 その一言が、彼女が起きてからの彼女の第一声だった。掠れ気味がエロいと思ったのは一瞬で、しまったと顔を青くした。寝込みに手を出されて、良い気になる奴がいるわけがない。久々だったとは言え、彼女に同意もなしに手を出してしまったことは、男として……、彼氏として……、やってはいけないことには変わりがない。



「……すまねぇ」

 ねっとり、と居心地の悪い下着もハーフパンツも彼女は脱ぎ捨てて、すっかり温くなってしまった麦茶に口をつけた。男の俺でも、惚れ惚れする飲みっぷりに拍手でも送りたくなる。一気にグラスの中身を飲み干した彼女はキャミソールにも手をかけて、脱ぎ始めてしまった。

「…ほんとだよ」
「うっ」
「徹鐵くんのせいで、汗でべとべどになっちゃった」
「…」

 ベッドから落ちていたタオルケットで身体を隠すように包み込んで、彼女はベッドの上で正座をする俺の隣に座った。彼女が俺の顔を下から、覗き込んだ。

「だから、一緒にお風呂入ろ」
「…名前っ」
「次はちゃんと起きてるときにして欲しい」
「つ、次も…していい、のか?」
「?
 もちろん」

 彼女はきょとん、としてから、いつものように笑って頷いた。



「え?別に怒ってない!ただ寝起きあんまり機嫌いい方じゃなくて……。
 そんなに怖い感じだった?」
「…」
「な、なんで目逸らすの!?」
「…(やっぱ夜這いはよくねぇ…昼間だけど)」
あとがき

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