ノックする音がしたので、扉を開けると、そこにはクラスメイト兼恋人の姿があった。にこにこと笑って、入ってもいい?聞かれて、断るわけもない。でも、名字さんとは隠れて付き合っているから、俺は部屋の外をきょろきょろと確かめながら、彼女を部屋に招き入れた。別にやましいことなんて、ないけれど。でも、女の子が男の部屋を訪ねるような時間でも、ないし。いやいや、部屋に来ただけで、そう言った展開を考えるなんて、単純すぎる。
一人で葛藤をしていると、彼女に手を引かれて我に返った。
「尾白くん?」
「ごめん、ぼーっとしてた。なに?」
「…もしかして、疲れてる?帰った方がいい…っぽい?」
「いや、だいじょうぶだけど…」
「うん?」
彼女はいつものように俺のベッドに座って、突っ立っている俺を上目遣いで見上げていた。…不可抗力ってのは分かっているし、単純だと言われてもいい。俺は彼女の上目遣いに弱いのだ。彼女の横髪を耳にかけるようにして、触れれば、彼女は少し惑いながらも目を瞑ってくれる。彼女の唇を塞いで、感触を確かめるように何度も重ね合う。次第に、それだけじゃ足りなくなって、彼女の口内へ舌を入れてしまう。気付いたら、俺は彼女を押し倒していた。
「…」
「…」
ああ…やってしまった。俺は気まずさを誤魔化すように、彼女の鎖骨辺りに顔を埋めて、ぐりぐりと押し付けた。彼女も、俺の様子を察したらしく、くすくすと笑って、俺の頭を撫でる。ダメだ。全寮制になってから、心が休まる場所があんまりなくて、ついつい彼女に甘えることが多くなった。別に何が疲れたとか、嫌だったとかではなくて、単純に彼女と一緒に居ると居心地が良くて、つい…気を抜くと、彼女にすり寄ってしまう。
彼女も彼女で、俺のことを甘やかすし…。いや、彼女の所為ではないんだけど…。そんな俺の悪い手は、勝手に彼女の服の中へ入ろうとする。そのとき、彼女が身体を起こした。…あ、やり過ぎた…かもしれない。一人で顔を青くしていると、彼女はぽんぽんと俺の頭をまた撫でてから、両手を合わせてお願いのポーズをしてきた。
…?
「…今日はね、用があって来たの」
「用?」
「尾白くんの尻尾をね、観察させて欲しいんだけど…」
俺の尻尾…?
***
「なるほど…あー…これは…、尻尾にも骨ってある…?」
「あるよ」
「だよねえ」
彼女は熱心に俺の尻尾を眺めて、触って、一人で頷いている。彼女は戦い方の種類を増やしたいらしい。彼女の個性を使えば、尻尾の一つや二つなんて生やすことは容易いだろう。そう伝えてみると、彼女は渋い顔で頷きながらも唇を尖らせた。生やすことできるが、使いこなせるわけではない、と…そりゃあ、そうだろう。俺の尻尾は生まれつきだし、いきなり生やした彼女が俺と全く同じ動きが出来るとも思えない。尻尾の根本から、毛先まで満遍なく彼女の細い指が俺の尻尾に触れる。…確かめるような手つきだから、全然やらしくないし、雰囲気もエロくない。
…彼女から、見たらそうかもしれない。でも、俺から、見たら違う。全然違う。俺のベッドの上で、俺の身体の一部を恋人に好きにされている、と言う見方しても…おかしくない、と思う。…いやいや、彼女の純粋な向上心を邪魔するわけにはいかない。別に、彼女との時間を取れなくて拗ねてるとか、へそを曲げて…屁理屈をこねているわけでもない。…いや、本当はちょっと…残念には思ってる。
「…よし。尾白くん見てて!」
「え?」
彼女は軽やかにベッドから立つと、俺に背を向けた。彼女が愛用しているワンピースの部屋着の裾が持ち上がって、そこからふわふわとした毛に覆われた細い尻尾が現れて、ゆらゆらと揺れていた。
「…もしかして、猫の尻尾?」
「正解です。どうせなら、尾白くんと違った形の方が芸があると思って…ちゃんと生えてる?動いてる?」
ゆるく揺れていた尻尾が、少し激しく揺れ始めた。彼女が意図的に、動かしているらしい。きっと彼女の尻尾にも、感覚はあるんだと思う。でも、完璧に感覚を掴んでいないのか…ゆらゆらと揺れる尻尾と一緒に、若干お尻も揺れている。…これは目の毒だ。やばい。
「生えてるし、動いてるよ」
「良かった…!」
彼女の尻尾は嬉しそうにぴん、と伸びて、ゆらゆらとまた揺れ始めた。
「あとね、尾白く…!?」
急に後ろから抱きしめたから、彼女は驚いて口を噤んでしまった。俺は大柄な方ではない。でも、たぶん…高一として、平均身長があるはずだ。だから、彼女を包むように抱きしめることぐらい、できる。逃げないように。顔を赤くして、彼女は視線を泳がして、俺の腕の中でもぞもぞと逃げ道を探っている。まあ、そうだろう。そう言ったつもりで、彼女は今日俺の部屋に来ていない。
「…名字さんは勉強熱心だから、猫の尻尾についても勉強したんだよね?」
「え?え、えっと…一応、一通り調べてある、けど」
じゃあ、猫の尻尾の付け根のことも…分かってる?
ふわふわの尻尾を遠慮なく…、少し強引にぐっと掴むと、彼女の口から弱弱しい悲鳴が零れた。今度は慰めるように、優しく擦るように手を動かした。俺の手の中の尻尾がぞわぞわと毛を逆立てて、彼女はかくんっ、と落ちそうになる。俺はしゅるしゅると、俺の尻尾で彼女の腰を支えて、彼女の耳元で囁いた。
「…ねえ、…してもいい?」
「…」
何を、なんて聞くのは野暮だ。だって、俺と彼女は年頃の男の子と女の子。
彼女は耳まで真っ赤になりながら、小さく頷いた。
あとがき
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