09
 

「おおっ、美味そうだな。しかしホリィ、病み上がりで無茶して大丈夫なのか?」
「もう全然平気よ。パパ達が帰ってくるのを待ってる方が疲れちゃうくらいだったもの」

食卓に並ぶ豪勢な食事は全てホリィの手作りだ。
夫の貞夫はあいにく不在だが、違う国同士に住む家族が集まる機会など滅多に無い。

「九龍ちゃんも遠慮しないで食べてね。嫌いな物はある?」

ホリィはジョセフ達が連れ帰った少年に話題を振る。
人見知りをするタイプなのか、ほとんど喋らない無表情な子供の事を、ホリィは気に掛けていた。

「………」

昔、承太郎が使っていた子供用の先端が丸いフォークを使って、九龍がハンバーグを一口食べる。

「……おいしい…」

零れ出た小さな呟きに、その様子を見守っていたホリィは明るく笑って承太郎達にVサインを送った。



「そう、そんな事があったの…」

晩餐後、承太郎達の話から全てを知ったホリィが2人に優しい微笑みを向ける。
話題の中心人物の1人である九龍は日本見物兼買い物がしたいスージーQに連れられ、外に出ていた。

「ねえ、パパ」

父を見据えるホリィの瞳は優しく、それでいて強い覚悟を秘めている。


「──九龍ちゃんはあたしが育てるわ」


「なッ!?突然、何を言い出すんじゃあ、ホリィ!」
「おいアマ、犬や猫じゃねーんだぞ」

父と息子の抗議を受けても、ホリィは全く引き下がらなかった。

「パパ達が九龍ちゃんを一人ぼっちにさせてしまったのは、あたしの為でしょう?だから九龍ちゃんの傍にいて、支えてあげないといけないのは…あたしだわ」

DIOの息子、九龍。
DIOが九龍にとってどんな父親であろうと、彼の命はホリィを救う為に散ったのは事実。

普通の子供と違い、危険を孕んだ存在だとしても…

「それに承太郎も、このまま九龍ちゃんとお別れするのは嫌なんでしょう?」
「チッ」
「ウフフ、ちゃあんとお見通しなんですから」

図星を刺され、舌打ちする承太郎。
確かに責任を取らず、九龍をジョセフに任せて日常に戻るのは後味が悪いと感じていた。

「…やれやれだぜ。そういう訳だ、ジジイ」
「承太郎、お前まで…ヌウウ」



──その日の深夜。

皆が寝静まる中、九龍はもぞもぞとホリィと一緒の布団から抜け出していた。

「………」

部屋の主であるホリィの真似をして扉を横に引くと、扉が開く。
すぐ側に外に繋がるガラスのついた扉もあったが、鍵の開け方が分からないので、宛てもなく真っ直ぐ廊下を歩いていった。


その頃、承太郎は自室で本を読んでいた。

「…ん?」

ギッ、ギッと襖の向こうの廊下から聴こえる小さな足音。

「──誰だ」

ガラッと襖を開け、廊下に出る。
しかし、誰もいない。
…と視線を下に向けた所で、承太郎はようやく足音の正体を知った。

「お前…何だ、迷子か?ったく、あのアマ」

早速、目を離しやがって…
母に対し1人ごちながら、承太郎は廊下をうろついていた九龍を抱き上げて捕獲する。

「便所なら反対方向だぜ」

「………」


空虚な瞳がジッと承太郎を見上げる。
暫し見つめ合った後、出会ってからずっと無表情を貫いていた九龍に変化が起きた。

「…!」

承太郎と同じ、碧の瞳。
色素の薄い睫毛に縁取られたその瞳から、唐突に涙が零れる。

「………」
「オイ、泣くな」

泣き喚かれるのは鬱陶しいが、こうして無言で泣かれるという状況も、いざ直面してみると厄介なモノだ。



一方ホリィの部屋では、目を覚ました主が異変に気付いていた。

「あら?九龍ちゃん?…九龍ちゃん!?」

部屋のどこにも見当たらない九龍を捜し、ホリィは慌てて廊下に出る。

「九龍ちゃん!どこ!?九龍ちゃーん!」

見つからない…
まさか庭の中に?
庭には大きな池もある。
不安が過ぎり、ホリィは承太郎を呼びに行く。


「承太郎っ!」

自室の前に、承太郎はいた。

「承太郎…?どうしたの?」

ホリィが声を掛けると、承太郎は仏頂面の中に戸惑いを隠した目を向ける。
そして、彼の腕の中にはホリィの捜し人が存在した。

「…!九龍ちゃん!」

2人の元に駆け寄り、ほっと安堵の溜息を漏らす。

「ああ、良かった…無事だったのね」
「コイツから目ェ離してんじゃねーよ」
「大丈夫?九龍ちゃん。どこも怪我してない?」

承太郎が床に降ろした子供に目線を合わせ、ホリィはその顔を覗き込んだ。

「!」

そこでようやく、ホリィは九龍が無表情のまま泣いている事に気付いたのだった。

「………」

小さく2回、九龍の唇が動く。
声にならなかった呟きの意味を、何となくだがホリィは察していた。

「九龍ちゃん…」

優しく、強い腕が九龍を抱きしめる。


「…泣いても、いいのよ」



何故、この女性がこんな事を言うのか、九龍は解らない…


>>やった、第1章完ッ!
主人公は何を考えてるか、自分でもまだよく分かってない。


 



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