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答えは必要ですか?
 


2001年──…

「この少年の『皮膚の一部』を採取して送ってほしいんだ」


康一はある日突然、2年前に知り合った男に呼び出された。

「…SPW財団に、その少年の『体質』を調べて貰う為にね」
「………?」

手渡された1枚の写真と男、承太郎を交互に見比べ、康一は問う。
この状況で至極、当然の疑問を。

「体質?何ですかそれ?『何者』なんです?この少年は…?」
「それを調べる為の調査だ」

ますます謎が深まる。

「危険な人物ではない。しかし念の為、会ったり話をするのは避けて、イタリアに居る彼の皮膚を薄皮1枚でいいんだが採ってきてくれないか」

皮膚…DNA?
信用出来る相手からの話なのに、どんどん危ない方向に話が向かっている様な気がして康一は身震いする。

「本来なら自分で行くところなんだが、君が適任なのだよ。君の『エコーズ』なら私や仗助よりも彼に気付かれずに出来ると思うし、旅費は目的地だけでなくても報酬として全額負担する。春休みにアルバイト付きのヨーロッパ旅行と思えば、どうだろう?」
「ぜ、全額ですか?」

確かにタダで海外旅行に行けるのはおいしい話だ。


康一は話を引き受け、資料として受け取った先程の写真をまじまじと眺める。
名前と髪の色で日本人の印象しか無かったが、よく見ると彫りの深い、西洋人みたいな顔だ。

「でも、この『少年』…失礼ですけど、どこか承太郎さんに似てますね。あと九龍君にも」
「………」

2年前にあれでも14歳だった九龍は、あと少しで16歳のはずだ。
しばらく会っていないので知らないが、本来なら写真の少年と同年代の容姿だったのだろう。


「あれ?そういえば今日は九龍君、いないんですね。いつも一緒だったのに…」



††††††††


手配したチケットの飛行機の発着予定時刻だと、そろそろ康一はイタリアに到着している頃だろう。

汐華初流乃の遺伝子を調べる…

正直な所、承太郎はDIOにもう1人子供がいた事を知って、安心した。
比較対象が存在すれば、謎の解明に近付ける。

今後について思案を巡らせていた矢先、1本の電話が承太郎の元に入る。


「もしもし、康一君か?」
「じょ、承太郎さんッ!ぼ…僕ッ!……」

早口で、電話越しでも切羽詰まった様子であると伝わる、酷く慌てている声だ。

「ど、どこから話したらいいのか…そ、そうですね、『結果』から話します。『彼』は『スタンド使い』です」

スタンド使い──…

可能性を考えなかった訳でも無い。
承太郎自身と、汐華初流乃と同じくDIOの血を引く九龍がそうであった様に、DIOがスタンドに目覚めた事で幼き頃にスタンドを発現させているのではないかと。
しかし、事前の身辺調査では彼の経歴にそれらしき奇怪な騒動は無い。
イタリアの全寮制学校に通う、普通の学生のはずだ。

しかし…

「『汐華初流乃』はイタリアでは発音のせいで『ジョルノ・ジョバァーナ』と呼ばれています。髪の毛も写真の黒ではなく、金色に変わっています。中学生のクセにチンピラの様な事をしていて、偶然出会ってしまって僕、お金も荷物も、彼に全部盗られてしまいました…」

道理でそれ以外の情報があまり得られなかった事に納得がいく。
公的な場所以外では通名で通している上に、容姿が変わっているのだ。

「イタリアに、き…来たばかりですけど、ヤバい事なら…ぼ、僕!もう帰りたいです!!」
「すまなかったな…もしやとは思ったが、スタンド使いだとは知らなかったんだ。すぐにホテルを手配して送金するよ」

こうなると最早、『汐華初流乃』が一般的な、他者に危害を加えたりしない存在であるという情報はアテにはならない。
面が割れ、彼がスタンドを使うような状況にも遭遇してしまった一般人の康一をこれ以上、巻き込む訳にいかない。


「その…聞かせてもらえますか?承太郎さんと『ジョルノ・ジョバァーナ』は一体どんな関係なんですか…?」
「………」

そして、事情も知らず巻き込まれてしまった康一には知る権利がある。

承太郎の視線は、デスクの上のフォトフレームへと向けられていた。
母を救う為に世界を渡り歩いた13年前の旅の途中、今ではもう誰が言い出したのか覚えていないが仲間達と撮った写真。
彼らともう1度同じ写真を撮影する事は、もう叶わない。

13年前、たった1人の男を殺す為に、その半分が犠牲となった。


「彼の『父親』は私が殺した…名前は『ディオ・ブランドー』」
「えっ!?」



『──DIO…お前の親父は、もういない。死んだ』

父親の姿を探す幼子に現実を突きつけた記憶は、承太郎の中に今でも鮮明に残っている。


「今年になって判ったのだ。そして、確認したかったんだ。汐華…いや『ジョルノ・ジョバァーナ』が本当にDIOの子供で、彼もDIOの肉体を少なからず受け継いでいるのかどうかを、彼の皮膚からの遺伝子で調べたかったのだ」

DIOが後天的に得た吸血鬼の特性は本当に遺伝するモノなのか。
九龍の身体の成長は、吸血鬼と時の速さを操るスタンド、果たしてどちらが影響しているのかを。
同じDIOの血を引くジョルノ・ジョバァーナの遺伝子を調べれば、解明出来るのでは無いかと承太郎は考えていた。


「あの『弓と矢』のDIOですか?九龍君の父親の?DIOの子供なら、もしかして彼は九龍君の…」
「康一君、スタンド能力を受け継いでいると分かった以上、もうジョルノ・ジョバァーナには近付かなくていい」

…分かっている。
彼らは血を分けた『兄弟』だ。

それでもどこか認めたくなくて、承太郎は敢えて康一の言葉を遮った。

「それと…今回の件は他言無用だ。ジョルノ・ジョバァーナの事を仗助達には話すな。特に九龍には、絶対に知られてはいけない。いいな?」

彼ら兄弟が接触する事で何が起こるのか…
ジョルノ・ジョバァーナという少年がどういう人間か分からない以上、2人に互いの存在を悟らせてはならない。


(いや、詭弁だな…)

本当は恐れているのだ。

未だ血の呪縛に囚われる九龍が血の繋がった家族の存在を知り、承太郎の手を離れて『DIOの息子』として生きるのではないか、と。


>>書いてて承太郎が重度のブラコンに…

 



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