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「密閉されてる缶かビン詰めの飲料水と食物以外は…ヤバいから口にするな。アンジェロをぶっ倒すまでな」

2人にそう忠告し、じっくり容器を観察してから承太郎はようやく喉を潤した。


「ところで仗助、お前の唇の傷は…」

ふと目に入った仗助の口元…

「先日、俺が殴った時の傷だな。お前のスタンドは自分の怪我は治せないのか?」
「…そうですよ」

子供の頃にスタンドに目覚めてから、幾度かその能力について試してみたらしい。

「もしアンジェロの奴に侵入されたら……じいちゃんみたいに死ぬでしょうね。侵入されたらオレの負けです」


つうか…と、仗助は視線を落としたのち、承太郎に問う。

「そのチビまで連れて来ちまって本当に大丈夫なんスかぁ〜?」

赤い飲み物が入った透明なパックを吸う、眠そうな九龍。
どう見ても、ひ弱そうな子供だ。

「ああ。コイツは暗闇で目が利く。オマケに夜行性だから、見張りにしとけば真夜中に奇襲されても安心だ。ついでにコイツも一応スタンド使いだ」

ただし、そのパワーは承太郎や仗助のスタンドより遥かに劣る。
加えて、逆に日中は九龍に不利な時間帯である為、完全にサポート要員だ。

「へえ…つーか、それ美味そうだな」
「仗助、飲みたいの?そういうの、変わってるって言うんだよ」
「…?」

飲んでいた本人からの不思議な返答に仗助は首を傾げるが、パックを1つ分けて貰えたので早速封を切り、口をつけた。

…が

「ブフゥゥゥ──ッ!」
「わっ!仗助、汚い!」
「………」

パックの飲み物を勢いよく噴出し、周囲は一転、大惨事となった。
特に、お気に入りの白いコートを着ていた承太郎の被害は大きい。

「ペッペッ、何だよコレはよぉ!」

未知の味、という訳ではない。
恐らく誰もがこの味を知っている。
しかし、大抵の人間は少量でもあの味が口に広がった瞬間に眉を顰めるだろう。
生物の防衛本能が、この味を身体の異常と結びつけているからだ。

「承太郎さん!鉄、いやコレ血じゃねースか!何でこのチビこんなの飲んでんだぁ!?」
「知ってて飲んだんじゃなかったのか」

コートが血染めと化しても承太郎は冷静に返す。

知っていたら、たとえ好奇心を抱いても少量を舐めるだけで終わっていただろう。
よく見ればパックのパッケージに「BLOOD」、更にデカデカと間違い防止の為か「A」と書いてある。
ちなみに九龍が飲んでいる方はBだ。

(夜行性で血を飲むって、吸血鬼かよ…)


「ところで、アンジェロは一体何者なんです?」
「下手に好奇心持たれると危険なんで言わないでおいたが、知らなかったのか?コイツに訊いたら日本だとTVで報道された有名人らしい」
「有名人?芸能人かスポーツ選手ですか?」

的外れな回答に九龍は呆れた様に肩をすくめ、仗助に正しい答えを教えた。

「脱獄犯だよ、それも死刑囚の。捕まるまで凄い事してたみたいだから、脱獄前もワイドショーでずっとやってたの覚えてる」

この町出身の少年時代から幾度も犯罪を犯して何度も刑務所に入り、その再犯数と罪状からとうとう死刑判決を受けた危険人物。
人を殺す事に罪悪感などカケラも持ち合わせていない。

「胸糞悪くなるとんでもねー野郎ですね。…って、そんな奴がいるって知ってたなら、何でチビこの町に連れてきちまったんスか!?」
「奴が最後に捕まった犯罪ってのが、3人の少年を強姦して殺した事件でな。ちょうどコイツの見た目は目立…」

「囮じゃねーッスか!」
「承太郎の馬鹿ー!」



††††††††


「………」

夜、九龍は初めてTVゲームという物に触れた。
その後、日付が変わる時間帯に仗助が眠りにつき、程なくして承太郎も眠ってしまった。

(こういうの、退屈って言うんだよね。…もう慣れたけど)

孤独な九龍は持ってきた勉強のテキストを進めたり、本を読んだりする。
最早、日課となって久しい。

幼い頃は、傍にはいつも父が居た。

『ダディはいつも何を書いてるの?』

何を話したのか、もうあまり覚えていないが、父はいつも九龍の疑問に答えてくれた。

でも父の温もりだけは、覚えている。
直に触れる父の身体は冷たくて、温もりとは呼べないのかも知れないが、抱き締められると心が温かくなったのだ。
似た体格の承太郎も乞えば抱き締めてくれたが、彼の体は体温で温かく、何よりいつも厚着なので何かが違う。

同じ安心でも、父に対して感じた安心と承太郎に感じる安心はどこか違っていた。


(承太郎といると、安心するのに不安になる…)

父と承太郎が違うから?
それとも、九龍があの頃と変わってしまったせいだろうか…



翌朝──…

「う〜ん……あれ?」

まだ半分意識が夢の中にある仗助は、何故自分がこんな所で寝ているのか疑問に思う。
ソファの上でブランケットを掛けて、普段ならこんな行儀悪い寝方で夜を明かしたら母に叱られる所だ。

「………」

顔を横に向けると、綺麗な顔の子供がじっと仗助を見つめていた。

(あ、そうだ。アンジェロの奴とっ捕まえる為に承太郎さん達と…)

次第に寝る前の記憶を思い出していく。
すると、九龍は仗助の方へと身を乗り出す。

「おはよ、仗助」

チュッと柔らかい何かが唇に触れ、仗助は完全に意識を覚醒させた。


「ほげぇぇええええ!」


「どうした、アンジェロか!?」

仗助の叫び声を聴き、先に起きて他の部屋に居た承太郎が慌てて駆け込んで来た。

「ち、ちが、違いますけどぉ…オ、オレの…」

オレのファーストキス、男に取られた…

女にモテるが自称純愛タイプの仗助は、男からのキス…しかもファーストキスに、ショックと情けなさで頭の中が混乱していた。

(あんなあっさりオレの初チュー取られちまったぜ…つーか今のノーカン!相手はまだガキだしな!)

「なんだ…紛らわしい奴だ。やれやれだぜ」

仗助の叫びがアンジェロと無関係である事を悟り、承太郎は呆れた様に肩をすくめる。
アンジェロとは関係が無くても本人的には大事件なのだが、言っても恐らくこの人には理解して貰えない。
何となくだが仗助には分かっていた。

「承太郎」

九龍が190cm以上ある承太郎へと両腕を伸ばす。
仗助が2人の様子を眺めていると、さすが兄弟、相手の意図を察しているのか承太郎は身を屈めて九龍と目線を合わせた。

「おはよ」

次の瞬間、ごく自然に行われた行為に、仗助は目を見開く。

九龍は先程と同じ様に、今度は承太郎にキスをした。
ああ、さっきのは朝の挨拶だったのね…と外見通り外国人らしい九龍の行動に納得する一方で、意識せざるを得ない現実に仗助は心に大きなダメージを受ける。


(承太郎さん、それ、オレと間接キスっス。うげぇえ…)


>>初めての相手は女ではない!この九龍だ──ッ!

 



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