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結婚し、娘を持ち、承太郎は『親と子』という関係について、初めて深く考えた。
自分が親の立場になり、意識も変化した。

これまで、九龍は早く実父の事など忘れてしまうのが1番幸せなのだと、そう思っていたのだ。
しかし今、自身の意識の変化が九龍を戸惑わせている。



††††††††


九龍の体質に気付いた少し後、承太郎は再びエジプトを訪れていた。

DIOが住んでいた館、そこで本棚の書物を1冊ずつ調べていた承太郎が見つけたのは、本の様に豪華な装丁の今時珍しい分厚いノートだった。
ボールペンやサインペンとは違うインクの濃淡と金属のペン先でないと生まれない筆跡から、ノートの持ち主は古風な筆記具を愛用していた事が分かる。
綺麗な字で書き込まれたブリティッシュイングリッシュ…
これを書いた主はイギリス人、つまり19世紀を生きたイギリス人のディオ・ブランドーである事は明白だ。
承太郎は人払いをし、慎重にページを開く。


内容はDIOの胸糞が悪くなる様な目的と、息子である九龍についてだった。

あの男はやはり九龍を自分の道具としてしか見ていなかったが、まるで実験動物の観察記録の様に細かく記された九龍の記録は、九龍の今後を考える上で貴重な情報だ。
九龍の体が一体どこまで普通の人間と異なるのか、九龍の保護者となる事を選んだ承太郎達は知らなくてはならない。
褒められるのはその1点のみで、全てのページを読み終えると承太郎は恐ろしい計画が書き残してあったそのノートに火を点け、跡形も無く燃やした。


「いいか、これはお前が生きる為の約束だ。破れば俺はお前を……殺さないといけねえ」

九龍が吸血鬼の能力を受け継いだ人間だと確定し、SPW財団からは何度も警告を受けた。
それ故の、苦渋の決断だった。

「約束…?」
「ああ、『人間から血を吸うな』。それはな、悪い事なんだ」

何が良い事で何が悪い事か…
幼い九龍はまだ知らない。
DIOが既に歪めてしまった価値観は正さねばならない。

──九龍が生きる為に。

「お前は、俺が守る。…だから、俺達から決して離れるな」



††††††††


あの時はただ、罪滅ぼしのつもりだった。

九龍から唯一の庇護者をこの手で奪った自身には彼を守る責任があると、10年前の承太郎は考えていた。
今思い返せば、こんな憐れみなど侮辱でしかないのに。


だが今は──…

あれから暫く経ち、もしかしたら九龍が人間と同じ時間を生きられないかも知れないと判明し、何とかしてやりたいと願う感情は罪滅ぼしでも無く、何の打算も無い。
九龍が幸せに生きる事が出来るなら…
ただ、それだけが、承太郎を動かした。

すぐに結婚した承太郎が九龍と一緒に暮らした時間は、母よりも短い。
しかし、それでも…

──『兄と弟』として、九龍を守りたい。


大切な弟だから、DIOの呪縛など早く忘れて欲しかった。
だが、承太郎は間違っていたと気付く。
母がとっくの昔に知っていた答えに、ようやく辿り着いた。

子供を持ち、親子という関係を改めて考えた今だから分かる。
親子という、絶対変えられない関係。
例えDIOが子供を愛していなくても、幼き頃の九龍には父親しかいなかった。
無かった事にするなど、最初から無理だったのだ。


忘れさせるのではない。
父親への愛情を受け入れ、そして九龍はDIOの呪縛を乗り越えなければならないのだ。
人間の『空条九龍』で在る為に。



「この部屋、海見えるっていいよねー」

日の光が苦手な癖に、九龍は朝っぱらからテラスに出て外の景色を眺めていた。
すると…

「ねえ、承太郎。この前貞夫がお土産に星の砂くれたけど、星の砂ってあれ、何?小さいおっとっと?」

砂浜を見ていて思い出したのか、部屋の方を振り返って唐突に承太郎に訊ねてくる。

「あれはな…お前にも分かりやすく説明すると、海に住んでるアメーバの仲間の微生物の死骸だな。1つ1つが砂粒みてえに小さいから、それが陸に打ち上げられて何十、何百、何千と集まると砂に見えるって訳だ。菓子じゃあない」
「へえ…さすが、海洋学者。承太郎は何でも知ってるよね」

職業柄持っている薀蓄を語ると、九龍は素直に承太郎を褒めた。

「お前だって、あと何年かしたら、かなり物知りになってるだろうぜ」

空条家に引き取られ、次第に母の影響か明るくなっていった九龍は何でも知りたがる様になった。
14になっても変わらぬその気質は将来、自分と同じ学者になるのに向いているのではないか、と承太郎は柄にもなく兄馬鹿な事を考える。
実際の年齢より見た目が幼かろうが関係無く、いつまで経っても九龍は承太郎から見れば幼い弟だ。
…などと本人に言えば、きっと子供扱いをするなとむくれるのだろう。


「失礼致します」

コンコンとドアがノックされる。

「空条承太郎様、お荷物が届いております」

承太郎が返事を返すと、ドア越しにホテルの従業員は用件を伝えた。
流石SPW財団、仕事が早い…
荷物という単語に思い当たる節のある承太郎がドアを開けると、ホテルの従業員は分厚い封筒を持って待っていた。
封筒を受け取り、ドアを閉めると早速承太郎は封を切る。

『DIO』とスタンド能力を発現させる『弓と矢』──…

アンジェロが話していた男の知る『ディオ』とは本当にあのDIOなのか。
スタンド能力を目覚めさせる矢とは一体何なのか。

承太郎はSPW財団から送られてきた資料に目を通し始めた。


>>承太郎さんの兄バカ日誌。
そして私は書いてて食べたくなったのでコンビニにおっとっとを買いに行く。


 



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