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嘗て、人と人が巡り会う現象を『引力』と呼び、九龍に教えた人物がいた。

その時の出来事は長い年月で記憶が薄れ、もう九龍は覚えてはいない。
ただ、空条九龍の持つ価値観に、人格の形成に根強く刻み込まれている。

まるで与えられた種子が芽吹き、大地に強く深く根を張る様に…


「仗助って、何か引き寄せる力持ってるんじゃないの?」


東方家から戻ってきたばかりの承太郎達の元に届いた仗助からの一報──…
それはアンジェロにスタンドを与えた学生服の男と接触したという連絡だった。
先のアンジェロの件も、仗助が偶然接触して解決に至ったのだから、仗助の持つ強運…いや、悪運には九龍も舌を巻く。

残念ながら弓と矢は第三者のスタンド使いに強奪され、学生服の男…虹村形兆はその際に死んでしまった。
弓と矢を強奪したスタンド使いは形兆に弓と矢で射られ、皮肉にもその特異な力に魅せられて野心を抱いたらしい。
形兆が弓と矢で誰を、何人を射ったのか彼の弟の億泰も知らない為、弓と矢を強奪した人物の正体と形兆がスタンドを発現させた相手の数は不明だ。

だが、悪い話ばかりではない。
形兆達との戦いの最中、弓と矢で射られた康一がスタンドを手に入れたのだ。

『──で、億泰達の親父が昔、DIOに協力してたらしいんスけど…なんか、その…』

受話器の向こうで仗助が言葉を濁す。

「どうした?」
『うーん…説明すんの難しいんですよ。承太郎さん、"肉の芽"って知ってます?』

肉の芽──…

DIOは多数の部下を従えたが、DIOに仕える事を望まぬ優れたスタンド使いの獲得やDIOにとって不利益な情報を承太郎達に洩らされぬ様に、己の細胞を手に入れたいスタンド使いや情報を持つ部下達に植え付ける事が度々あった。
それが、肉の芽。
自分がDIOに切り捨てられると分かっていても最期までDIOのスタンド能力を隠し通し、暴走させられた肉の芽で殺された腹心こそが、先日届いた弓と矢の資料に写るエンヤ婆だ。

「にくのめ?って、何?」

会話を聴いていた九龍がコーヒーを淹れながら首を傾げる。

「知ってるが、それがどうした?」

とっくの昔にDIOは死んでいる為、肉の芽の支配力も肉の芽を植え付ける存在もとうに消えている筈だ。

『億泰達の親父はDIOが死んで暴走した肉の芽でとんでもねー事になっちまってて、虹村形兆はそれを何とかしたかったみたいなんですよ。オレのスタンドでも治せないみたいで…』
「…!」

『肉の芽』が何なのか知らなくても、仗助の話から危険性は察したのだろう。
絶句する九龍は縋る様に承太郎を見上げた。

「………。元々、夜にお前の家に行く予定だったが、これから虹村億泰とその父親に会いたい。案内頼めるだろうか?」
『え、はい…』


用件を終え、承太郎が電話を切ると、九龍は開口一番に全てを知っているであろう目の前の人物に、震える声で訊ねる。

「肉の芽って、何…?」



虹村家は東方家の近所に存在した。

「知ってる。こういうの、廃墟って言うんだよね」
「今はオレ達が住んでるからよォ、いくらボロ屋敷でも廃墟じゃあねーと思うぜ」

厳つい顔の少年、虹村億泰が訂正を入れた。

「君の処遇だが、SPW財団が学校の編入手続きを手伝うそうだ」
「これは仕事が早いって言うんだよね」

携帯電話での通話を終えた承太郎が億泰に伝える。
金はあっても保護者から何の後ろ盾も無く未成年が生きるには、日本という国はあらゆる制度がしっかりしすぎている。

「へェ、助かります。オレ、ずっと兄貴に頼ってきたもんだから、こーゆーの全然分かんなくて…」

逆に、大人の手を借りずに10年もの間、弟を支えて生きてきた虹村形兆は賢い青年だったのだろう。
彼の遺体はSPW財団が回収し、近くの共同墓地に葬られる事になった。


「これが昔の親父の写真です」

そう言って億泰は仗助が復元した家族写真を見せた。

「親父の奴、何も分からなくなってもずっとこの写真探してたんで、その…」
「…分かった。コピーを取らせて貰ったらすぐに返そう」

億泰の言わんとしている事を理解し、承太郎は九龍にも写真を見せる。

「この男に見覚えは?」
「…知らない、と思う。多分…」
「そうか」

妻と2人の息子と写る幸せそうな男。
父の部下であったという男は、九龍の知らない人物だった。

いや、もしかしたら会った事があるかも知れないが忘れてしまったのかも知れない。
曖昧な幼児期の記憶という事を差し引いても、あの頃の九龍は絶対的な存在である父以外の人間など、どうでも良かった。
無関心だったのだ。

「電話でも話しましたが、オレのクレイジーダイヤモンドでも試したんスけど、駄目でした…」

そんな父が残した置き土産。
自我と人としての姿を失ってしまった存在…

スタンドではなくDIOの血と吸血鬼の能力を受け継ぐ者として、肉の芽を制御出来ないか九龍も億泰の父親と会って試したが、結果は失敗。
どうする事も出来なかった。

「………」

首にかけたロケットペンダントを握り、九龍は俯く。


肉の芽の暴走を治癒出来るスタンド探しは気長に行うとして、目下の問題なのは──…

「レッド・ホット・チリ・ペッパー、か」

虹村形兆から弓と矢を奪った電気のスタンド使い。
彼から弓と矢を取り返さなければ、今回の騒動はまだ解決しない。


>>幼児期だけの知り合いは顔じゃなく名前出さないと思い出すの無理かな。
もしくは一緒に写る写真。


 



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