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港に到着し、承太郎は望遠鏡で水平線の方角を見つめる。

港に近付く1隻の船──…

「来てる…ジジイの船が。時間通りだな。あと20分程の距離だ」


「乗客はジョセフ・ジョースターさん1人なんですか?」
「そうだ。乗組員は全てSPW財団の人間だ」
「こういう時、ジョセフが乗り物に乗るとロクな目に遭わないって、承太郎言ってたよね」

──ロクな目に遭わない。

敵のスタンド能力と長年生きてきて本人も乗り物運の悪さを流石に自覚したのか、今回は何かがあった場合に救出が行える海の上を進む船、それも第三者を巻き込まない為にSPW財団所有の船を貸し切りで使っている。
もしこれが陸にいる承太郎達が手出し出来ないヘリや飛行機だったなら一方的に墜落させられ、潜水艦だったなら海中深くに沈められるだろう。

「スタンド『レッド・ホット・チリ・ペッパー』は電気のある所しか動けないが、これからヤツは何が何でも、何らかの手段でこの海を越えてあの船に乗り込もうとするだろう」

九龍と康一は真剣に承太郎の話に耳を傾ける。

「もしヤツが俺達より早くジジイの船に乗り込んだなら、俺達の負けだ…ジジイは殺される。俺達の方が早ければ、ジジイは守れる」


「承太郎さん、ボートのチェックは済んだぜ」

波止場の下から、仗助の声が聴こえる。

「このボートのバッテリーにゃあよぉ〜、奴は潜んでねえ!出発出来るぜ!」

仗助と億泰は波止場に停めた小型ボートに乗っていた。

最早、船が港に到着するのを待ってなどいられない。
レッド・ホット・チリ・ペッパーがジョセフと接触するより早く、ジョセフと合流して彼の身を守る為、このボートを使って船の元に向かう。
それが、承太郎の計画だ。

「仗助、そのボートで向かうのは俺と九龍と億泰だけだ。お前は康一君と一緒に、この港に残れ!」
「えッ!?」

意外な指示に4人は驚く。
てっきり、5人全員が乗るのは無理でも仗助がジョセフの護衛に回るのは当然だと思っていた。

「今、『チリ・ペッパー』の本体はこの港のどこかに隠れているだろう」

そう言って、承太郎は自分達以外誰もいない港を見渡す。
かつて歴戦を潜り抜けた承太郎には確信があった。

「奴は、俺達がボートに乗って海に出た途端、ジジイの船に向かってすかさず何かを飛ばすだろう」
「飛ばすって空を飛行するって事ですか?」
「そうだ。俺の予想では奴は船を使わん。大方、スタンドを取り憑かせたラジコンの飛行機ってとこかな」

今のところ、それらしき物体が船に向かって飛んでいる様子も船から異常を知らせる連絡も無い。
承太郎達が港に到着するまでに、レッド・ホット・チリ・ペッパーの射程距離内にまだ船が近付いていなかったのだろう。
そして今は、迂闊に行動すれば承太郎達に本体を探し出されて痛い目に遭うと判断し、小心者な彼は身を潜めたまま動かない。
だが、承太郎達がボートに乗って港から離れれば話は別だ。

「…だから仗助、お前は何かが飛んだらこの港で『本体』を探せ。もし奴が俺達を追い越したら、『自分の父親』はオメーが陸地で守らなくてはいけないんだからなッ!」
「…ああ、一秒を競いそうな事態だっつー事がよーく分かってきたよ」

祖父の命が掛かった一大事。
最も重要な役目を、承太郎はジョセフの息子である仗助に託す。

「………」


『ば…馬鹿なッ!こ、このDIOが…このDIOがァァァァァァ〜〜〜ッ!』

ふと、九龍は考える。

あの時、承太郎は父を殺す為に戦った。
幼かった自分は、殺される父を、守りたいと思ったのだろうか…


「乗れ」

降りる仗助達と入れ違いに九龍達がボートに飛び乗る。

「大丈夫、覚悟出来てる人間は凄く強いんだって。…頑張って」
「おう」



「…!仗助と康一が戦ってる…チリ・ペッパーのスタンド使いと!」


ボートが発進して暫くして、後部席に座って港の方向を見ていた九龍が声を上げる。
チリ・ペッパーを操る男が港に残る仗助達と交戦を始めたのだ。

「へ?オレにゃあ、なぁんも見えねーけど…」

既にボートと港は大分離れている。
承太郎は前を見据えたまま、九龍にある事を訊ねた。

「奴の顔は見えるか?」
「眩しくて無理ーッ!もう限界!目ェ痛いー、チカチカするーッ!」

そう叫ぶと、九龍は頭を伏せた。

「あッ!船だッ!俺の肉眼でもトラフィック号が見えたぜェーッ。もっ、もうすぐだッ、それに…模型飛行機もまだ飛んでこねースよーッ」


正午、ジョセフが乗る船が港に着くまで、後50m──…

『本体…音石明は倒したよ承太郎さん!』

康一のスタンド、エコーズからの勝利報告に、船の甲板に待機していた承太郎は口元を緩ませる。

「よくやったな。安心したぜ、康一君」

一方、九龍と億泰はジョセフが休む船室の中に居た。

「あ〜ところで君はぁ…その…名前は何ていうのかね?」

「億泰っス」
「オクヤス?」
「仗助とは近所で俺もスタンド使いっス」
「え?」
「スタンド使いっ!」
「え?」
「ス・タ・ン・ド・づ・か・いッ!」
「行かんぞ歯科医?ワシも入れ歯にしてからはとんと行かなくなったのー」

ジョセフと億泰のやり取りを見ながら、九龍はジョセフの耳がだいぶ遠くなっている事を実感する。
確か最後に会ったのは、手術で入院するジョセフを見舞った時だ。

「おーおーそうなのか!アンタもスタンド使いなのか、大変じゃね。ところで九龍にオソマツ君、ワシの杖が見当たらんのじゃが知らんかね?」

…と、杖を持ちながら訊ねてくるジョセフに、駄目だ、こりゃ…と呆れながらも九龍は老いた人間の儚さを感じた。

「ジョセフ、こういうの、自分の手をよーく見た方がいいよ」
「あっ、スマンスマン、ワシが持っとったわ」


「それにしても、九龍は大きくなったのぉ」
「前に会った時と、あんまり変わってないよ、僕は。変わったのは…ジョセフだと思う」

皆、変わっていく。

しかし、九龍の時間は進んでいるはずなのにあまりに遅すぎて、周りに追い付きたくても引き離れていく一方だ。
…いや、時の早さに取り残されるだけで無く、後から産まれた存在が人並みの速度で成長し、もうすぐ九龍に追い付こうとしている。


「…ところで2人に訊きたいんじゃが、産まれたのも知らずに16年もほっといたワシの事、仗助は何と言ってたかね?」

「え?」
「あんましよぉ〜、そういう話はしねーなぁ」

仗助がジョセフをどう思っているのか。

16年間一度も会った事の無い父親の身内が突然現れ、驚いてはいたが…
仗助自身がジョセフにどんな感情を抱いているのか、彼は一切語らなかった。

『なあ、1つ訊きてぇんだけどよぉー。オレの親父…ジョースターさんってオメーから見て、どんな人だ?』

ジョセフを知る九龍に訊いてきた事はあっても、ジョセフと関わる気は無いと、仗助は言っていた。

「そうか…話は、しないか」

寂しげに呟くジョセフの姿に胸が締め付けられるが、九龍は義理の祖父よりも仗助の方が気に掛かる。
関わる気は無い、会う気は無いと何度も意思表示していた仗助は、この船が港に着いたらどうするのか。
一体、この親子の関係はどうなってしまうのか…

「僕、ちょっと承太郎の所に行ってくる」

承太郎に意見を求める為、九龍は席を立つ。

「ジョースターさん、荷物を運びに来ました」

九龍と入れ違いに、SPW財団の職員が船室に入って来る。
まさかこの男が職員に扮した音石明だとは、まだこの時点では誰も気付いてはいなかった。



今度こそ本当に音石明を倒し、港に到着したジョセフ達を仗助と康一が出迎える。

「………」
「………」

仗助は気まずげに顔を逸らしていた。

…と、その時、ジョセフの体が足場の高低差によろける。

「足元…気をつけねーとよ、海に落っこちるぜ」

間一髪のところでジョセフを支えたのは、仗助だった。

「す…すまんな。杖があればちゃんと降りられるんじゃが、さっきへし折られちまったもんでな」

先程の音石明と億泰の戦闘に巻き込まれ、年老いたジョセフの歩行を支える杖は無惨にも真っ二つだ。
すると、仗助は顔を逸らしたまま、照れ臭そうに手を差し出す。

「しょ…しょうがねえな〜、オレの手に……掴まんなよ」

仗助のスタンド能力なら、壊れてしまった杖くらい簡単に修復出来る。
だが、今日の仗助は『直さない』


『承太郎…仗助とジョセフ、大丈夫かな?』
『何、あの2人なら心配いらないさ』

「ホントだね、承太郎」

父親を支えながら歩く仗助の背を、九龍は暖かく見送った。


>>DIO様涙目(汗)

 



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