22 杜王グランドホテル324号──… 『肉の芽って、何…?』 九龍は鏡台の前に座り、鏡に映る自分を見つめる。 (まさか、僕も…?) 脳裏に過ぎる疑問。 暴走した肉の芽に蝕まれた億泰の父親と写真の幸せそうな男が、同一人物… 九龍の父親が寄生させた細胞で、人間とかけ離れた姿の不死の生き物になってしまった。 承太郎の話によると、肉の芽は末端の部下だけではなく、腹心であるエンヤ婆にまで植え付けられていたという。 (僕にも…?) あれを植え付けられていて、いつか自分も…あんな姿になってしまうのだろうか。 胸のペンダントを握り、眼を閉じると心の中の父が問い掛ける。 お前は私を殺した仇の言葉を信じ、この父を疑うのか?と。 けれど、今更承太郎が嘘をついて一体、何のメリットがあるだろうか。 「…っ……」 …怖い。 分からない事が、知らないという事が、怖くて堪らない。 何を信じたらいいのだろう。 (ダディ、教えて…) 否、違う。 答えを教えて貰えなくても、構わない。 今、九龍が求めるのは、父と居た時の絶対的な安心感。 父が傍に居てくれるだけで、全てが満たされた。 恐怖したり、何かに強く心を動かされる事も無かった。 代償に九龍の世界は閉ざされていても、きっとこれが幸せ『だった』のだ。 『オメーにはせっかく父ちゃんとの思い出があんだからよぉ』 忘れなくてもいいと言ってくれた彼は、九龍の父を知って、どう思ったのだろう。 「…オイ」 「!」 突然、ぽんと肩を叩かれ、九龍は弾かれた様に後ろを振り向く。 「承、太郎…?」 そこには、シャワーを終え、濡れた髪の兄が立っていた。 「どうした?ぼーっとして。具合でも悪いのか?」 「ううん、違う…」 「…そうか」 九龍が椅子から立つと承太郎も鏡台の前から離れ、コーヒーを煎れ始めた。 暫くして、九龍の前に温かいカップが置かれる。 ミルクも砂糖もたっぷりのカフェオレを一口飲んで九龍は笑う。 「僕、もう子供じゃないよ」 承太郎がまだ空条家に居た頃に九龍が好んでいた味だ。 だが、あれから数年。 もう普通にコーヒーは飲めるし、我慢すればブラックだって飲めない事はない。 「そういう事を言ってるうちはな、まだガキだ。黙って甘えとけ」 「じゃ、此処に居る間は我が儘言うから許してよね」 「チッ、開き直りやがって…」 ドライヤーで髪をセットし、コートを羽織って帽子を被れば、いつもの空条承太郎の完成だ。 「僕もちゃんと覚えてるから。承太郎の好みは、これだよね」 今度は九龍が承太郎にコーヒーを淹れ、カップを差し出す。 受け取ろうとした所で、突然、部屋の電話が鳴り出した。 『空条……承太郎さんですか?』 形兆の死から数日… 承太郎と九龍が滞在するホテルに1本の電話が掛かってきた。 「聴き慣れない声だな。そういうアンタは誰だ?」 『誰でもいいさ…空条承太郎、アンタ…この杜王町からよ…出てって下さいよ』 若い男の声だ。 「何者かわからないヤツからイキナリ理由もなく出て行けと言われてもな。アンタが俺だったら素直に出て行くかい?」 『虹村形兆の"弓と矢"を頂いたのは、オレです』 「!!」 まさか、あちらの方から接触してくるとは… 異変に気付いた様子の九龍をハンドサインで制止し、承太郎は通話を続ける。 『アンタを殺してもいいんですが、ちょいと手強いかなと思いまして…電話でとりあえず警告する事にしました…』 「"弓と矢"で何をするつもりだ?」 『別に、アンタらにゃあ迷惑は掛けませんよ。東方仗助だって邪魔さえしなければこっちからは何もしやしません。オレは折角、スタンド能力つーもんを身につけたんだ。ちょいと面白おかしく生きたいだけです。受験だ就職だって煩わしい人生は真っ平なもんでね』 社会人なら出てこないその単語に、承太郎はすかさず反応する。 「お前、学生か?」 『んなこたあどーでもいいだろうッ!いいかいッ!あんましオレの町に長居するよーだったらよォ…アンタも仗助も可愛い弟さんも殺しますぜ!いいですねッ!?』 図星だったのか途端に口調が荒くなり、受話器から電流攻撃が流れた。 「!!…ウッ!」 「承太郎っ!」 レッド・ホット・チリ・ペッパーのスタンド能力だろう。 恐らく、電話番号を調べたのではなく、電話を掛ける段階からスタンド能力を使ってこの部屋の電話を探し当てたに違いない。 承太郎が受話器を投げると、ボゴォォンと電話が爆発し、不気味な笑い声が流れた。 やれやれ、間一髪だ。 「承太郎、ケガ大丈夫?」 「こんなの掠り傷だ。一々騒ぎ立てるな」 「やれやれ、やはりしばらくこの町に滞在する事になりそうだぜ」 >>悩みが重すぎて表向きは仲良し兄弟だけど綱渡り的な危うさがある関係に… 主人公を救うには人間じゃちょっと無理です。 |