25 いつもの時刻、九龍の携帯にいつもの着信メロディが流れ、いつもと同じ登録名がディスプレイに表示される。 「もしもし、ホリィ?」 『ハァーイ、九龍ちゃん、元気ー?』 九龍にとって大切な、家族。 もし九龍が誰かを『母』と呼ぶとしたら、きっとこの女性しかいない。 「僕も承太郎も元気だよ。承太郎は今ちょっと出掛けてるけど」 『あら。ねえ、九龍ちゃんはママに電話をくれるけど…承太郎は、あの子はちゃんと徐倫ちゃんやお嫁さんに電話してるの?』 「……あー、うん…その…」 してません。 娘が高熱出したと連絡あっても放置のろくでなし親父です。 (こういうの、家庭崩壊って言うのかなあ…) ホリィの夫、承太郎の父であり九龍の義理の父親でもある空条貞夫も仕事であまり家にいない人であったが、もしかして『父親』という生き物は皆こうなのだろうか。 本当の父親DIOはあまりに人としてイレギュラー過ぎて、人ではなく父として見た時に、承太郎達より死ぬまで傍に置いてくれたDIOの方が父親らしい父親だったのか九龍には、よく分からない。 「九龍や、準備出来たかの〜?」 そして、此処に父親と呼ばれる人物がもう1人。 「ジョセフ、今ホリィと電話してるんだよ。出る?」 「おお、ホリィが!」 音量を操作してからジョセフに携帯を渡すと、九龍は承太郎が机の上に置いた写真立てを眺めた。 †††††††† 杜王駅前のバスターミナル──… 「おい、ちょっと」 仗助と承太郎達が初めて出会った場所。 そのバス停で仗助と九龍は立ち止まるが、ジョセフだけは歩みを止めない。 「ジョセフー?」 「………」 「もしもしィ!聴こえるかよッ!おいッ!」 仗助が大声で呼ぶと、ようやくジョセフが立ち止まった。 「……何かわしを今呼んだかの?」 「ああ、呼んだよ…タクシー、この時間つかまんねーッスから、バスに乗ってオレん家まで行きますよ」 そういえば、九龍が仗助や康一と初めて会った時もこの時間で、康一に同じ様な事を言われた。 あれからまだひと月で、そんなに経っていないのに、どこか懐かしく感じる。 あの時の目的はジョセフの代わりに仗助に会いに来たはずなのに、まさかこうしてジョセフ本人が来るとは… 九龍も承太郎も、仗助も予想していなかった。 来るはずの無い人間。 だからこそ、仗助は念入りに確認する。 「で、いいかい?しつこいようだけど、お袋にはよォ〜遠くから見るだけスからね…決して話しかけたりしない事、っスよ!約束して下さいよ?」 すると、仗助は一転して深刻そうな表情で静かに語る。 「…アンタが会いに行ったって、お袋は幸せじゃねーよ。取り乱すに決まってっからよォ」 仗助の予想は正しい。 何せ仗助の母、朋子は似ているとはいえ50も歳の離れた孫の承太郎をジョセフと見間違え、泣いて喜んだのだから。 『ジョセフ──ッ、遂に戻って来てくれたのねッ!待ってたのよッ、ず──っとッ!ジョセフッ!』 妻と余生を過ごすジョセフが、この杜王町にずっと留まる訳にはいかない。 朋子とは一緒にいられない。 すぐ、帰ってしまう。 そうすれば、朋子は悲しむだろう。 ジョセフを待ち続けていた16年間よりもっと… 「わかっちょるよ。約束…するよ…」 本当は会って、自分に知らせず息子を産んで育てた朋子に沢山話したい事が、謝りたい事があるのだろうが、母を案じる息子の気持ちを汲み取ったのだろう。 悲しげな表情で、頷く。 それから、仗助は気まずそうにジョセフから顔を背けながら続ける。 「もう1つ……オレよ、アンタの事…『ジョースターさん』て呼ばせてもらうよ」 「!」 「?」 これには流石に予想外で驚いたのか、ジョセフは歳を取って折れ曲がり、自身より身長の低い仗助よりも低くなった目線から顔を上げる。 「な、なんつーか、この際…はっきり言わしてもらうと、つまり…」 伝えにくそうに言い淀みながら、仗助は己の正直な本音を伝える。 「いきなり初めて会った人でよ…冷たいようだけど、とても…その…アンタを親父とか父さんとか呼ぶ気にはなれねェーって事でよ。………そんで、お袋を見たら、すぐにアメリカへ帰ってほしいっス」 先程、朋子の話をした時よりもっと悲愴な表情を浮かべ、ジョセフが頷く。 「そうじゃな…その通りじゃな……わかったよ」 「ジョセフ…」 「………」 罪悪感に苦悩しているのだろう。 仗助は背を向け、俯いたまま、それ以上何も話そうとしなかった。 「まだ時間あるね。ジョセフ、飲み物買って来ようか?何がいい?仗助も」 「おお、すまんの九龍」 「あれ?」 九龍が自販機でドリンクを買ってバス停に戻ってくると、そこにジョセフの姿は無かった。 「ねえ仗助、ジョセフは?トイレ?」 ずっとそこで悩んでいたのか、九龍が訊ねるとようやく仗助は顔を上げる。 「へ?あ、あれ?」 仗助は自分達が並んでいたバスを待つ列の人にジョセフの行方を訊く。 すると… 「あの〜ここにいた身体のデカいじいさん知らないっスか?」 「そのおじいさんなら、あのバスに乗ったわよ」 そう言って、相手が指差した20m先にはなんと、札幌行きの遠距離バスが走り出していた。 「なぁあああ!?」 「ええぇぇぇ!?」 「ど、どうしよう、仗助!」 「ちくしょー!っざけんなよぉおお!」 突然、仗助が走り出す。 「え、ちょっ…仗助!?」 まさか走って追い掛ける気なのか。 相手は、バスなのに… >>主人公とお母さんと呼ばれる人のお話。 |