32 「ところでSPW財団に頼みがある」 通話を再開した承太郎はすぐさまSPW財団に指示を出す。 周囲の立ち入り閉鎖に鼠の囲い込み… その判断の早さは、横で見ている仗助と九龍も舌を巻く程だ。 「──鼠のスタンドは極めて凶悪だ。日没までに俺達が追撃し、始末する」 通話を終えた承太郎に、慎重な仗助が抗議する。 「ちょっと待って下さいよ、承太郎さん。日没までって!こんなに広い田園地帯に逃げたちっこい鼠をどうやって追うつもりなんですかァーッ!」 「そうだよ!何言ってんのさ!」 だが、承太郎には確かな根拠と手掛かりがある。 「鼠という奴は相当に視力が弱く、臭いやヒゲの触覚で通り道を決める」 「…?それで?」 「だから縄張り内では自分の通り道は決まっていて、知らない道は通りたがらない。つまり、奴が逃げた方向は間違いなく例の用水路だ」 指差しながら、承太郎は徐ろに畑に向かって歩き出す。 「そして、鼠は常に何かを食っていないと短期間で餓死する。逃げながらも何かを齧ってないといけない。例えばだ…九龍、お前が見た鼠が逃げた方向はこっちだったな」 そう言うと、畑の作物を適当に掻き分け、茎の根元を確認する。 するとそこには、小さな歯型の齧り跡が付けられた作物と地面には見覚えのある小さなフンが落ちていた。 「これって…」 承太郎は作物の齧り跡をじっと見つめる。 噛み口から水分が抜けていない…という事は、齧られてから殆ど時間が経っていない。 「つい今まで此処で食事中だったという訳だな」 「やったッ!こいつはスゲェっス!追い詰められるぜ、野郎をよォ〜!」 「泳いだか…」 痕跡を辿り、排水口に戻って更に足跡を追跡すると、池の前に辿り着いた。 「………」 背の低い九龍を担ぎ、承太郎は迷わず濁った水の中に足を突っ込むが、仗助は違った。 (まいったな…ここ行くのかよ〜。承太郎さん泥で汚れんの平気なのかな) 身に着けている物がお気に入りのブランド物という事もあり、躊躇する。 考えた末にズボンの裾を両手で捲り上げ、お気に入りの靴下や靴を口で銜えて素足で進む事にした。 (うえ〜泥の感触、気持ち悪っ) 「………」 「ん?」 ふと、先を進む承太郎に米俵の様に担がれている九龍からの視線に気付き、仗助は顔を上げる。 「………」 いや、違う。 仗助を見つめているというより、もっと下の、別の何かを見ている様な… すると、承太郎が何かに気付いて口を開く。 「厶?この池…蛭がいるな」 「えっ!?」 驚き、声を出す仗助だったが、口を開いた事で… ボチャン! 「あーっ!!」 口に咥えていた大切な靴下と靴を水の中に落としてしまった。 「知ってる。こういうの、泣きっ面に蜂って言うんだよね」 「うるせ〜…」 池から続く足跡を発見し、承太郎達は岸に上がる。 だが、ある地点で足跡を辿っていた承太郎が立ち止まる。 「承太郎?」 九龍は珍しく焦った表情の承太郎を見上げた。 「馬鹿な…」 「どうしたんスか、承太郎さん」 辺りを見回し、承太郎は2人に忠告する。 「気を付けろ……続いて来た足跡が、いきなり此処で消えている」 「えっ?」 承太郎は途切れた足跡の少し先の土に軽く指を立てた。 土の柔らかさを確認する為だ。 しかし、足跡が途切れた箇所から土の固さが変わった訳では無さそうだ。 「なんスか、こりゃあ!…分かった!土の中だ。穴を掘って潜って蓋をしたんだ!」 「空を飛んだーとか?」 「違う、これは『バックトラック』だ!…鼠もやるとは思わなかったんで油断していた」 足跡で後をつけられている事に気付いた鼠は、後ろの足跡を重ねて踏んで後退し、別の場所に飛び移ったのだ。 しかも、ただ追跡を撒く為ではない。 足跡を追うだけだった時には意識していなかった周囲の地形… 「どうやら、ヤバい雰囲気だな…狩られているのは、俺達の方かも知れん」 辺りを岩や草むらで覆われた傾斜に囲まれたこの場所は傾斜の上から見れば、狙撃するには絶好のポイントだ。 3人は、まんまと誘き出された事にようやく気付いた。 >>以下、シュールなので削った場面 「今からコイツを『虫食い』と呼ぼう」 だが、標的の鼠はとっくに残り1匹。 承太郎以外の2人がこの鼠を「虫食い」と呼ぶ事は無かった。 |