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「はぁ…」

1人の少女が美しい顔を憂いに染め、カフェでコーヒーを飲んでいた。


一方、九龍は日傘を差して、仗助、ジョセフと彼が面倒を見る赤ん坊と駅前を歩いていた。

「よお〜、由花子じゃあねーか」

カフェに居る彼女の姿を見つけ、仗助が声を掛ける。
そこでようやく、九龍はセーラー服を着た少女が何者なのかを思い出した。
オーソンでの集まりの中に居たスタンド使いだ。


「………。こんにちは、ジョースターさん、空条さん」

由花子の挨拶に仗助は含まれない。
相当仲が悪いと見た。

「…何してんの?」

直前の丁寧さの欠片も無い由花子からの問いに、九龍が抱いた疑惑は確信に変わる。

「例のボタンさ」
「大した情報は今のとこ無いがのォ」
「ふーん」

少女は興味無さげに呟くと、再びコーヒーカップに口をつける。

「おやおや、どーした?パワーねーじゃんよォ〜っ。さっきも溜息ついてたけど、どーかしたのかよ?」
「仗助…やめときなよ」

本当に元気の無さそうな由花子に尚も絡もうとする仗助を九龍は止めようとする。
落ち込んでいる女性を気に掛けるのは良い事だが、これではただのチンピラだ。

「あたしに用が無いなら行ってちょうだい。今は1人で居たい気分なのよ」

当然、少女は少し苛ついた様に返す。

「ハッ!オメ〜、まさか!また康一の奴に何か良からぬ事をしようって魂胆じゃねーだろーなあ〜?康一に何かしたらこの仗助さんが許さねーからな!」
「仗助っ、本当にやめなよ」

すると、仗助が出した『康一』というワードに、由花子は哀しげな表情で反応した。


「…いいえ、何もしないわ。いえ…何も出来ないわ」


俯く由花子は握った拳を震わせる。

「だって、一体何をしてあげたら康一君が幸せになるのか、あたしには分からないもの。どうしたら康一君があたしの方を振り向いてくれるのか、分からないんですもの…」

彼女は康一に好意を抱いている。
…とても、真剣に。
その言葉に、仗助は拍子抜けした様な表情を見せた。

「あ…そ、そうかい。そーゆー事なら別にオレはよォ…邪魔したな」
「ええっ、そこは引いちゃうの!?待ってよ仗助!」

退散しようとする仗助を、慌てて九龍とジョセフが制止する。

「おい仗助君、ちょっと可哀想じゃあないかのォ。彼女は恋する乙女なんじゃよ」
「ああ、ちょっとな…でも駄・目ッ!こればっかりは突っぱねるしかないの!2人は知らねーだろうけど、だってあの女、正体はスゲー異常で怖いんだもん!」
「だって知らないんだもーん」
「真似すんなッ、このおチビ」

2人がじゃれ合っていると、赤ん坊を抱いたジョセフは由花子に声を掛けた。

「ちょいとお嬢さん、余計な事かも知れんがのォ〜」

九龍を追い掛け回していた仗助はジョセフの元に走り、慌てて腕を引く。

「あっ、やめろよジジイ。ほっとけよォ、もう〜」
「さっきボタンの事を訊きに行った店の隣に『エステシンデレラ』という名前のエステの店があっての。『愛と出逢うメイクします』って看板があったんじゃよ。いつもと違うメイク…オシャレをすれば、気分も変わるって意味なのかのォ?」

よくそんなの覚えてたな…
九龍は素直に感心した。
こういう女性しか興味を持たなさそうな事も見て、記憶する所がジョセフが老人になっても若い女性から好意を寄せられる理由なのかも知れない。

「人から好かれるとか嫌われるっていうのは、ほんの微妙な気の持ち方からじゃと思うんじゃ。ただの下らん嘘の看板かも知れんがの、ヒントになればと思ったんじゃが余計な事だったかの〜」

「………」

ジョセフの助言に、何か思う所があったのか、静かに考え込む由花子に別れを告げ、仗助達は次の目的地に向けて歩き出した。



「本当に康一が好きなんだね、由花子って人。そういう気持ち、よく分からないけど」


「だから困るんだよ…まーた何かやらかさなきゃいいけどよォ」
「九龍は好きな女の子はおらんのかのォ?」
「は?」

義理の祖父からの質問に九龍は戸惑う。
一般的に、身内から訊かれて返答に1番困る内容だ。
だが、九龍にはもう1つ、困る理由がある。

「…いないよ。どういう人を好きになるっていうの、『僕』が」

実年齢に合わせるのか?
相手はショタコンじゃないか。
見た目に合わせるのか?
僕がロリコンになるじゃないか。

(そういうの、どっちも犯罪って言う。うわ、ヤダなぁ…)


「仗助は?仗助はいないの?」

「げ、オレ?」
「ほぉ!」

九龍から唐突に話題を振られ、今度は仗助が困る番だ。
孫だけではなく息子の色恋話にも興味津々な父親の視線を向けられ、すっかり目が泳いでいる。

「オ、オレは…ほら、純愛タイプだからよォ〜…」

あ、これはいないな。

「……何か、安心した。こういうのを『友達に先を越されてなくてホッとする気持ち』って言うんだろうね」
「ってオイィ!?それ、どーゆー意味だよ、チビ!」


>>恋愛する事を意識的に避けてる主人公。
でも、恋はするモノではなく落ちるモノと言うので…ね(何)


 



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