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「──…」

夜は嫌いだ。
いつも、独りになってしまう。


勉強を終わらせた九龍は、眠る承太郎の元に向かった。
ベッドの上で承太郎の横に寝そべり、じっと寝顔を見つめる。

(承太郎…)

いつか、この目が本当に開かなくなる時が来る。



「おぎゃあ!おぎゃあ!」


「!」

その時、静寂を破る泣き声が壁の向こうから聴こえた。


「ジョセフ?」

隣の部屋の扉をノックし、九龍が中に入ると、部屋ではジョセフが透明になりつつも赤ん坊をあやしていた。

「おーよしよし」

透明化する能力のスタンドを持った赤ん坊。
この前、九龍がジョセフと仗助とはぐれた時にジョセフが拾って来た例の赤ん坊だ。
自身でもまだ能力を制御出来ていないスタンド使いという事で、親の行方を探しながらジョセフが保護している。

「なんじゃ、九龍。起こしちゃったか?」
「違うよ。僕、この時間は起きてるんだって」

その境遇は、どこか九龍と重なる。



「ねえ、ジョセフ。その赤ん坊の親、もしかしてもう…」
「………」

…この世にいないのではないか。
最悪の可能性だ。

そもそもこの赤ん坊は一体どうやってスタンドを得たのか。
先天的に備わっていたのかも知れないが、もし後天的に得た力…
彼女が、この町で続出してしまった、『弓と矢』でスタンドを引き出されたスタンド使いだったのだとしたら。
赤ん坊だけが狙われたのだろうか。

矢にスタンド使いの器として選ばれなかった者は、死ぬ。
もし、赤ん坊だけでなくその親も矢に射られていたとしたら…
そして、親の方はスタンドに目覚める事が無かったとしたら…

「考えたくは無いんじゃがのォ。そん時は、ワシが責任持って立派なレディに育てるよ」

場を和ませる様にお茶目にウインクして答えるジョセフに、九龍は顔を綻ばせる。

「ふふ…ジョセフ、もうお爺ちゃんのくせに」
「何をッ、ワシはまだまだ現役じゃ!」


「だから、ワシが九龍に悲しい顔させるのはまだまだ先の話かのォ」
「ジョセフ…」


ジョセフ自身も人の事は言えないが、承太郎には躊躇わず体を張って物事を解決しようとする所がある。
文字通り命を懸け、散っていった大切な戦友を見送った側が知る、残される者の深い悲しみ…

(シーザー、シュトロハイム…アヴドゥル、イギー、花京院…)

残される側としてそれを体験しても尚、護るべきモノと自身の誇りの為に命を捨てる覚悟で戦わなければならない時がある。

ジョセフの祖父の友人である男は生前、ジョースター家の男は代々短命だと語った。
高潔な心を持つが故に、大切なモノを守るために命を懸け、死んでいったのだと。

既に80近い高齢のジョセフに今更、短命も何も無いが、ジョセフが1番恐れているのは承太郎の事だ。


「──寝ちゃった」

ジョセフが亡き戦友達に思いを馳せていると、九龍が小声で囁く。
その視線の先、自身の腕の中に目線を落とすと、赤ん坊がすやすや眠りについていた。


赤ん坊をベビーベッドに寝かせ、2人はベランダに出た。


「覚えとるか?DIOが死んで、お前さんを引き取ろうとしたのは…ワシじゃった」

ジョセフの言葉に、九龍は少し驚いた様に顔を上げる。
その表情の変化だけで記憶の有無を悟り、ジョセフは1人頷いて続ける。

「じゃが、日本に戻ったらホリィの奴が突然、九龍ちゃんは私が育てるーと言い出してな」
「……そうだったんだ」

一体、自分がどういう過程で空条家に引き取られたのか、常々疑問に思っていた九龍はようやくパズルの1ピースが埋まった様な納得感を得た。
確かにホリィなら言い出しそうな事だ。
戸惑う承太郎とジョセフの姿が目に浮かぶ。

「ホリィには大変な思いさせちゃったね。明日、謝らないと」

まさか吸血鬼で、しかも身体の成長が遅い厄介な子供だとは思いもしなかっただろう。

「…ホリィの奴はそんな風に思っちょらんよ」
「………」

自嘲気味に微笑む九龍の頭を撫で、ジョセフは愛する娘を思い浮かべる。


『ねえパパ、今日ね…九龍ちゃんが笑ったの!』

その日の報告の電話はいつも以上に声が弾んでいた。
初めて九龍が笑顔を見せたのだと。


「母親、じゃからのォ」

母親──…

誰の、とはジョセフは言わない。
だが九龍には、ジョセフが伝えようとしている『母親』の意味が何となく予想出来た。

九龍は徐ろに夜空を見上げ、小さく口を開いた。


「…こういうの、違ったね。明日ホリィに、いつもありがとうって言わないと」


>>小休止回。
次からあのキャラの存在が見え隠れ…


 



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