38 「証拠を持って行かれるッ!」 「待て!うっかり追って行くんじゃない」 承太郎は迂闊に飛び出そうとした康一を引っ張り、制止する。 「…あのもたつき、演技臭い。あそこに近付くよう俺達を誘っている…」 では何故、身元を知られる事を恐れているはずの犯人がそこまでリスクを冒し、承太郎達を誘き出そうとしているのか。 2人のやり取りをよそに、九龍はハンガーラックまでの通り道の真ん中に倒れたままの店主の死体に釘付けだった。 いや、正確には死体から流れ出る血に… 今日は天気が良く、九龍は体力を消耗し、とても喉が乾いていた。 ゴクリ… 甘美な匂いに涎を飲み込む。 だって、駄目なのだ。 いくら死体とはいえ、赦されない。 『いいか、これはお前が生きる為の約束だ』 約束、したから… 『お前は、俺が守る。…だから、俺達から決して離れるな』 約束を破れば、承太郎は悲しむ。 九龍が人間らしく生きる意志を放棄すれば、承太郎達は傷付く。 「──九龍?」 様子のおかしい弟に気付き、承太郎は九龍の視線の先を目で追う。 上着の奪還を阻止し、犯人に近付くには、九龍が見つめている死体の側を通らなければならない。 死体の口には、まだスタンドが嵌ったままだった。 そこで、承太郎はハッと異変に気付く。 「このスタンド…何かヤバイ!」 九龍と康一を庇いながら、急いでスタンドから離れた。 その瞬間、スタンドが店主ごと先程とは比べ物にならない威力で爆発したのだ。 「わあああああ!」 爆風が収まり、承太郎達は背後を振り向く。 すると、そこにあるはずのモノが2つ、姿を消していた… 「爆弾のスタンド…し、重ちー君はこ…こんな風にやられたのか…だから、重ちー君は、どこを探してもいなかったのか…」 死体が、跡形も無く消えていた。 『貴方達、この町の少年少女の行方不明者の数知ってる?』 この状況で康一が思い出したのは、幽霊の少女の言葉だった。 彼女は死亡者の数ではなく、わざわざ『行方不明』と言っていた。 誰にも知られず表沙汰になる事の無い、連続殺人… 最初から死体が見つからなけいのだから、当然の話だ。 もう1つ、承太郎達が爆発から逃れる隙に奪い取ったのか、大事な手掛かりだったスーツの上着も無くなっていた。 その時、ドアの向こうから遠ざかる足音と玄関の扉らしき開閉音が聴こえ、康一が反応する。 「犯人が逃げるッ!」 「あれも追わなくていい、康一君」 「え?お、追わなくていい?何言ってんですか?今追えば犯人の顔が見れるんですよ!?」 康一の抗議に、承太郎はこれまで得た情報から特定出来た大まかな犯人像について語る。 身長、年齢、職業、家族構成、経済状況、服の趣味… この全てに当てはまる男をこれから探していけばいい。 「な、なるほど。い…いや!だからといって追わないって!?鈴美さんが言ってた殺人鬼なんですよ!」 「犯人探しに行ったら、何か問題あるの?」 死体が消え、正気を取り戻した九龍の問いに承太郎は頷く。 「…追うな、と言うより、『追えない』んだ。どっかその辺に、さっきの爆弾スタンドがまだいるからな」 ──商品の靴が並べられた店内を見渡しながら。 「スタンドが!?み、見たんですか?」 「見ては、いない…だが、いるはずだ。このままゆっくりとドアから外に出るんだ」 「………」 九龍は目を閉じ、聴覚を働かせる。 承太郎はガラスの外に先程覗いた時にいなかった人物…スタンド使いらしい男が外に現れないか確かめたが、相変わらず犯人は承太郎達の前から隠れている様だ。 しかし、その憶測でしかない忠告に康一は不満を漏らす。 「『はず』?ちょっと待って下さい!見えないのに居る『はず』ってどういう事です?」 「犯人が店の主人だけを始末して逃げる様な男なら、15年以上も殺人を犯し続けて逃げ延びられるはずが無い…自分に繋がる証拠は全て消す奴だ。つまり、俺達も始末する気だ」 (消す…始末……全部、殺すってコト) どこかで聞いた事のある様な状況だ。 きっと、それは──… 『根絶やしにせねば…ジョナサンの一族は、排除せねば…』 今の承太郎の、豊富な戦いの経験を作った頃の記憶だ。 「観察しろというのは…見るんじゃなく観る事だ…聞くんじゃなく聴く事だ。でないと…これから死ぬ事になるぜ、康一君」 そうやって承太郎は生き延びた。 薄らとしか覚えていないが、承太郎が何度も命を狙われ、また命の危機を乗り越えてきた事を知る九龍に、これ以上重く響く忠告は無い。 圧倒的な経験の差…踏んだ場数が違う。 死角を埋める為に承太郎と背中合わせに九龍は立つ。 「うわあああああ!」 だが、油断し、無防備に商品棚に近付いて背を向けた康一に、敵のスタンドが襲い掛かってきた。 商品の靴の中に潜んでいたのだ。 『コッチヲ見ロッ!コッチヲ見ロッ!』 『オラァッー!』 承太郎のスタープラチナがラッシュを決め、勢いよく床に殴りつけるが、ダメージを受けた形跡が全く無い。 「コイツ、これだけ殴ったのに、結構硬いヤツだな…」 「どうするの?」 「こうするんだよ」 かったるい事は嫌いなタチなんでな…と、承太郎が言い終えた時にはもう、九龍と康一はたった数秒の承太郎とスタープラチナの行動を感知する事が出来なくなっていた。 スタンドが爆発してしまわない様に時を止め、徹底的に殴る。 そして、時は動き出す… 「あ」 『オラァッ!』 床に転がるスタンドに、何が起きたかは分からないが九龍と康一は勝利を確信する。 「やっ…やったッ!」 だが、スタンドはカタカタとキャタピラを使って移動し、なおも承太郎達の方に向かってくる。 「ば、馬鹿な、コイツ壊れないッ!?こ、こんなに攻撃しているのに…奴には、ダメージが無いんですかッ!」 再びスタープラチナが拳を叩き込んでも、微かに凹んだ痕跡はあるだけで破壊されず、スタンドは止まらない。 一方で、九龍の視線の先…幾度もスタープラチナで殴った承太郎の拳からは血が滲み出ていた。 スタンドが受けたダメージは本体に跳ね返る… これでは、本体は再起不能になる事なく、恐れず攻撃してきて防戦一方だ。 飛び掛かってきたスタンドをスタープラチナが手で受け止める。 「離れてろ、九龍!康一君!」 「承太郎ッ!」 スタンドが、カチリと鳴る。 先程、店主を跡形も無く爆破した時と、同じ… 爆発する瞬間、スタープラチナはスタンドを掴み、店の外にぶん投げた。 窓ガラスを割り、店の外へ投げ出されたスタンドの爆発の衝撃が前線にいた承太郎を襲う。 『コッチヲ見ロォ〜ッ』 アスファルトの地面の上に着地する変わらぬ姿のスタンドを眺めながら承太郎は溜息をついた。 「…やれやれだぜ、こんな頑丈なスタンドには初めて出会った。逆に俺の自信ってヤツがブッ壊れそうだ」 >>杜王町に来てから、承太郎の戦いの経験豊富な姿を見る度に、その原因を思って居た堪れなくなってくる主人公。 |