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2人が辿り着いた奥の部屋、そこは幸運にも台所だった。

「ここならいっぱい火があるぞ!時間を稼いで仗助君を呼ぼう!」
「康一!」

九龍から携帯電話を受け取り、急いで康一はキッチンのコンロへ向かう。


(承太郎…)

意識の無い承太郎を床に降ろし、九龍は自身の手にべっとり付いた鮮血を見つめていた。

ゴクッ…

(駄目…駄目だ!これは承太郎の血!)

九龍にとっては糧だが、本来は生命機能を繋ぐ大事な存在。
このまま血を流し続ければ、仗助と合流する前に承太郎が死んでしまう。

(止血…しないと)

しかし、此処はキッチン。
手当てに使えそうな物は無い。
それでも諦める訳にはいかないのだ。

「無垢なる皇子-イノセント・プリンス-!」

九龍は承太郎を抱き締めると、無垢なる皇子のスタンド能力で承太郎の時の流れを遅らせた。

(限界まで、緩やかに…)

日中に動いて本体が疲労しているからか、なかなか思った速度を出せない。

血の匂いは更に九龍を誘惑する。
口の中に唾液が溜まり、喉が渇く…
唾液を飲み込めば、喉が焼ける様に熱く、苦しくなった。
それでも、今は…今だけは、この赤が忌避すべき存在でなくてはいけないのだ。
本能に負けて大切な承太郎を死なせれば、九龍はもう人間で無くなってしまう。

(死なせない!絶対、承太郎は死なせない!)


だが、コンロを点けてから康一はある重大な事実に気付く。


「な…なんで!?この家、ガスじゃなくて電気コンロだ!」
「えっ!?」
「オーブンもだッ!暖まるのに時間が掛かる!」

電気コンロに無垢なる皇子を使えば、温度が上がるまでの時間を早める事が出来る。
…が、それはこの重傷の承太郎を放置しなければならない、という意味だ。

無垢なる皇子が時間を操作出来る対象は…『1つ』


『どんな者だろうと、人にはそれぞれその個性に合った適材適所がある。それが生きるという事だ。スタンドも同様、強い弱いの概念は無い』

九龍本人がこの限定的な条件を時に持て余しているが、九龍の父はその特性を九龍以上に上手く『使って』いたのだ。

『"天国"へ行く方法があるかも知れない。この子のスタンドが私に天国ヘ向かう手段を教えてくれたのだよ』

九龍のスタンド能力から、更に自分自身の未来を見据えながら…


バリィィーン!


とうとう電灯を全て破壊し終え、スタンドは台所へとやって来た。

「ヤバイ、迫ってくる!何か無いの!?」

康一は手元にあった魔法瓶の水筒を投げる。

「わあああ!か、空っぽだぁぁ──ッ!」


(承太郎は、死なせない。何があっても…!)

スタンドと応戦する康一を見守りながら、九龍は自身のスタンド能力を承太郎に使い続ける。
それでも、皮肉にも九龍の決意とは裏腹に、服の布地や床に赤色が染み込んでいく。
緩やかだが、確実に…

父や承太郎のスタンドと違って、九龍の無垢なる皇子では完全に『止める』事は出来ないのだ。

「どうして…?こんなに頑張ってるのに!ねえ、どうして止まってくれないの!?」

無垢なる皇子を見上げ、九龍はやり場の無い感情を物言わぬ自分の分身に訴える。

「承太郎ッ、承太郎…死ぬなんて、駄目だよ……──そんなの、許さない」


──カチッ…


その時、何かが聴こえた。

「何?」

あの敵スタンドかと思ったが、違う。
康一が独りで応戦しているからだ。

「『熱い物に向かって決して突撃を止めない』のなら、決して止めないって所に『弱点』はあるッ!」

エコーズで敵スタンドのボディに、提灯アンコウの様な形状で『熱』の音を作っていた。
自身の眼前の熱の音を追ってスタンドはぐるぐると走り回る。

「これでコイツは僕らを見失った。待ってて九龍君、すぐ仗助君に電話するから」
「う、うん…」

では、あの音の正体は何だったのか。
腑に落ちないまま、九龍は承太郎の出血の程度を確かめる為、承太郎の身体に視線を移した。


「──え?」


一瞬、我が目を疑う。

「じょ、承太郎さんの怪我が…治ってる!?九龍君!」
「ど…どうして…?」

承太郎の外傷が消え、九龍の衣服から承太郎の流した血が綺麗に消えていた。

分からない…
何が起きたか分からないが、安心して気が緩み、九龍はスタンド能力を止めた。

しかし──…

「──!?」

その数秒後、承太郎の外傷は『元に戻った』のだ。
怪我が消えたのでは無い。
スタンドの爆発のダメージを受けた時と同じ状態に『戻った』のだ。
今は承太郎に触れてもいないのに、九龍の衣服が血を吸い込んでいく…

「承太郎ッ!」

慌てて九龍が無垢なる皇子の能力を使う。
すると、再び承太郎の怪我が治っていく。

「違う、治ってるんじゃない…きっと、巻き戻ってるんだよ!承太郎さんの時間が!」

承太郎の傷が消えていく過程を見た康一は指摘する。

「僕の、スタンドで…?」

こんな事、今まで一度も無かった。
スタンドが成長したというのだろうか。

今、はっきりと分かるのは、この能力は時間を巻き戻しても現実に起きてしまった事象は変わらないという事。


「仗助君…僕、康一だけど、大変なんだ!今すぐ来てほしいんだ!」

急いで康一は仗助の家に電話を掛けた。

『何だってぇ?いきなりで話が見えねーぜ!』
「とにかく、すぐ来て!あの殺人鬼と出会ったんだ!ここにスタンドを捕まえてるんだ!」
『何を捕まえただとォ?オイ、分かるように言え!どこだ、そこは!?』

すると、通話の最中に異変が起こる。

「な、なんだ?」

カタカタと電気コンロの上に乗ったヤカンから聴こえる音…
康一がコンロの上に手を翳すと、確かに熱を感じる。

「電気コンロ…今頃になってどんどん熱くなってきてるぞ!」
「えっ!?」
『オイッ!康一どうした?そこは何処だって訊いてんだよッ!』

この状況に、九龍達はある事を恐れ、皮肉にもそれは現実となった。
自分自身を追い掛けていた敵のスタンドが更に強い熱を察知し、目標をコンロに変更したのだ。

「『靴のムカデ屋』だよッ!早く来てッ!」

急いで康一が言い終えると同時に、スタンドは爆発した。
間一髪、2人は承太郎を連れて勝手口から外に逃れたが…

「うわああああ!」
「康一!」

爆発でエコーズの文字も破壊された事で、康一の背中にダメージが跳ね返ったのだ。

「また追ってくる…でも、もうしっぽ文字が使えない…」

だがその時、無垢なる皇子だけでなくエコーズの身にもまた、変化が起きる。
以前、エコーズはAct2へと成長した。
あの時と同じ変化がまた起こったのだ。

「Act3…!」

Act3に成長したエコーズの能力で敵スタンドはアスファルトの地面に沈み、動けなくなる。

「道路にめり込んで爆弾スタンドの動きが鈍くなったぞ…一体、Act3の能力は何なんだ?」

──Act3の能力は対象物の重力を操作する。



「大丈夫、九龍君?顔、真っ青だよ?無茶…しない方が、いいよ」
「ううん…僕だけ呑気にしてられない。絶対、承太郎を助ける」

日の当たる場所でスタンド能力を使い続ける事は、かなりのエネルギーを消耗する。
普段なら血を摂取すれば解消出来る強い疲労感と眠気が九龍を襲っていた。

(仗助が…仗助が来てくれるまで…)


2人が仗助の到着を待っていると、不自然に血を流す手をもう片方の手で抱えた男が息を切らしながら歩き、こちら側に近付いて来る。

まるで、その左腕が『とても重い物』であるかの様に──…

「ハァ…ハァ…」

男は3人の前で立ち止まると、意識のある少年2人へ話し掛けてきた。

「『ボタンのついた上着』は置いて来たよ」

何も知らない人間ならば、意味の分からない言葉だろう。

「「!」」

だが、九龍と康一は知っている。
そして、そんな情報を知る人間の正体も、知っているのだ。


「後で、取りに行く。君達を…始末してからね!」


>>主人公のスタンド能力のイメージは針を手動で調節出来る時計やビデオテープです。
ビデオテープ…


 



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