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「…ほらよ」

別れの日、仗助はジョセフに1枚の紙を渡した。

いや、これはただの紙では無い。
写真だ。
そこに写るのは──…

「ん?おお…!」
「お袋の写真…結局、お袋の姿見せてやれなかったからな」
「…ありがとうな、仗助」

今と変わらない朋子の姿、幸せそうな笑顔…
恐らく、1番最近の物で笑っている写真を探してきたのだろう。

「あー急いでたからよォ、ちっと破れちまってるけど、これしか無くて…これで勘弁してよね〜」

仗助の言う通り、写真の角が少し欠けている。

「いやいや、構わんよ。本当にありがとう、仗助」
「『財布』にでも入れてくれよな!」
「?」

今、仗助の目が怪しく光ったような…

「うんうん、大切にするからのぅ!」

しかし、ジョセフが喜んでいるなら、九龍が父と子の話に口を挟むべきではない。
それ以上、深く考えないでおく事にした。


「仗助、僕達がいなくなっても無茶しないでね。仗助は自分の傷、治せないんだからさ」

ジョセフに写真を渡してどこか上機嫌な仗助に、九龍はこれからについて釘を刺す。


無茶をするのがジョースターの血筋なのだと、今回の杜王町滞在で九龍は嫌という程、思い知った。

「分かってるって」

九龍から目を逸らし、仗助が応える。
これだからジョースターの一族は信用出来ないのだ。

「じゃ、約束の指切りしよ。ね?」

右手の小指を差し出し、九龍は子供っぽく笑う。
仗助が左手をポケットに突っ込んだまま、ぶっきらぼうに右手を出すと、それを見て頬を膨らませる。

「…指切りって、目を合わせてするものだ、って言うんだよ?」
「ったく、しょーがねぇなあ〜」

…と、仗助が屈んだ瞬間──…


──ちゅっ。


「またね、ジョジョ」
「……!テ、テ、テメー!この、待てーッ!」



††††††††


「………」

動き出した船の上から、承太郎は町の方角を見つめていた。

「心配か?承太郎…」

結局両親の見つからなかった赤ん坊を腕に抱き、ジョセフは問う。
傍らには、ホリィが実家のジョースター家に里帰りしている為、九龍も一緒だ。

「他に、まだ吉良の様なスタンド使いがいるかも知れないのに、この町を去ってしまっていいものか、と」

ジョセフの核心をついた言葉に、承太郎は町から目を逸らさないまま、頷く。

「………。ああ、少しな」
「承太郎…」

九龍が不安そうに承太郎を見上げる。
確かにこの町には多くのスタンド使いがいた。
まだ出会っていないスタンド使いが杜王町に居るのかも知れない。

これまで出会った吉良以外のスタンド使いが全て味方だった訳ではない。
アンジェロや音石明といった悪党だって存在し、戦った。


「この杜王町の今回の事件に関わる仗助達を見ていて、1つだけ言える事を見つけたよ。この町の若者は『黄金の精神』を持っているという事をのォ」
「黄金の、精神?」

聞き慣れない単語に九龍は首を傾げる。


「かつて、ワシらもエジプトに向かう時に見た、『正義』の輝きの中にあるという『黄金の精神』…ワシは、仗助達の中に見たよ」
「正義…」

九龍が真っ先に思い浮かべたのは、己の使命を果たす為に戦い続け、ようやく天に昇った幽霊の少女。
現世のしがらみなど関係の無い身になったのに、彼女は15年も吉良の犠牲者が増え続けるのを止める為に自分の出来る事をやり続けた。
例え、誰にも相手にされなくても…
それでも諦めなかった鈴美が康一達に吉良の存在と危険性を伝えた事で仗助達は動き出したのだ。

そして、承太郎が持つ揺るぎない覚悟に影響を受け、大きく成長した仗助や康一…

「それがある限り、大丈夫じゃ。彼らの示したその精神は、吉良の事件を知らない他の人々の心の中にも教えなくとも、自然と染み渡っていくものじゃ。そして、次の世代にもな…この町はもう、心配ないよ」


『優れた画家や彫刻家は自分の"魂"を目に見える形に出来るという所だな』

それは絵画や彫刻と違って、目に見える形には残らない。

『ルーヴルは何十年に渡って毎日だ。開館は1793年…毎日4万もの人間がモナリザとミロのヴィーナスに惹きつけられ、この2つは必ず観て帰っていくというわけだ。凄いと思わないか?』

だが、魂や生き方は人から人へと受け継がれていく。
絵画や彫刻と同じく、長い年月を掛けて──…


(そういえば…)

『なあ…知ってたか、   ?パリのルーヴル美術館の平均入場者数は一日で4万人だそうだ』


あの言葉は、何処で聴いた──?



その時、港から離れていく船に向かって1人の少年が波止場を駆ける。

「おい!ジジイッ!聴こえねーのかよ、ジジイッ!」

「ッ、仗助!?」
「どれ…今一度、我が誇り高き息子に、別れを言おうかのう!」

ジョセフは抱いていた赤ん坊を承太郎に預け、身を乗り出す。
杜王町に来るまで、杖が無いと上手く歩けなくなっていたのに、すっかり元気になったな…と九龍は祖父を見つめる。

「おい、ジジイッ!さっき渡した俺のお袋の写真よォーッ、ちゃんと持ったァーッ?」
「ああ、お前の言うとおり、ちゃんと財布に入れたよ。お前の母さんには会わずに行くが、幸せを祈っておるよ〜」

財布の入った裏ポケットの箇所を叩きながら、ジョセフが答えると、仗助が不敵に笑む。

「そう…入れたのね…?お財布に…フフ、これ写真の切れっ端ね」

そして、怪しげに笑いながら紙の切れ端を見せた。

「あ」

『急いでたからよォ、ちっと破れちまってるけど、これしか無くて…これで勘弁してよね〜』
『"財布"にでも入れてくれよな!』

「『クレイジー・ダイヤモンド』!!」

仗助がスタンドを発動させ、自身が手に持つ写真の切れ端を再生させる。
すると、財布ごとジョセフの持つ写真が切れ端の元に吸い寄せられていった。

「あっ!!」
「貰っとくぜーッ」

飛んで来たジョセフの財布を受け止め、見事に仗助は財布を手に入れた。

「父親ならよォー、息子にお小遣いくれてくもんよねェ〜〜ッ!それに、お袋の写真、家に持って帰ったら、婆ちゃんとまた揉めちゃうぜ〜」
「こ…このガキ〜!」

息子にまんまとしてやられた事を悔しがるジョセフの背を見た後、九龍は承太郎を見上げた。

「ねえ、承太郎。こういうの、慰謝料とか養育費って言うのかな?」
「さあな」

一応ジョセフが犯したツケなので仗助を責める気にもならないが、承太郎はからかいの意を含めて目の前の祖父に問う。


「さて、ジジイ。『黄金の精神』を持ってるって台詞、撤回するかい?」


>>第四部完ッ!
2回目のキスも女子ではないッ!
この九龍だッ!


 



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