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「救急車の後方は確認してたんです…いつの間にか、この男性がまるで自分から飛び込んで来る様に倒れていたんです」
「私の責任です。言い訳するつもりはありませんが、この男性、既に怪我してまして…そのせいか、かなり精神が錯乱していました。訳の分からない事を口走っていましたし…」

スタンド使いの戦いを知らない人々から見れば、訳の分からない状況だろう。
それこそ、死んだ男がパニック状態になっていたと判断するしか無いのだ。

「しかし、何ていう事だ!ちょうど地面とタイヤに挟まれて顔の皮膚が剥ぎ取られているぞ…」

顔の皮膚が、無い。
仗助の手当てを眺めていた九龍は、その言葉を聴いて顔を上げ、身を乗り出そうとする。

「あっ、駄目だよ坊や!子供が見るもんじゃないから!おとなしくしてなさい」

…が、仗助の傷にガーゼを貼る職員が慌てて注意する。


「身元は分かるかな?」

死んだ吉良は身分証を持っていなかったらしい。
職員の1人が女医に訊ねる。
すると、女医は迷いもせずに答える。

「吉良吉影…と、自分で名乗っていました」

『事故に巻き込まれ、怪我をした人間』が敢えて身分を偽る理由は無い。
『吉良吉影』の生存確認が取れなければ、死んだ男はこのまま川尻浩作ではなく『吉良吉影』として処理される。


「奴の最期は、『事故死』か…」

言葉にすると、本当に呆気ない結末だ。


「でも、これでいいんだ。アイツは法律では決して裁く事は出来ない。これが一番いいんだ」

裁けない存在が、誰も手を汚す事無く死んでいった。

「僕は、僕のパパと…」

早人は道路に落ちていた鞄を拾いながら呟いた。
吉良が遺した、川尻浩作の鞄だ。

「別に仲良しじゃあ無かったけど、僕のパパはアイツに殺された。僕は『裁いて』欲しかった…アイツを誰かに裁いて欲しかった」

鞄を抱き、早人は立ち去っていった。

「早人…」

そうだ、早人の父は吉良が入れ替わる為に殺されたのだ。


(裁いて、欲しかった…か)

九龍は真っ白で広い背中を見つめる。

(罪…僕も、裁いて欲しかった?)



††††††††


その後、病院で検査を行う事になった仗助に付き添い、康一と露伴を除く一行は病院に向かった。

「ねえ、承太郎。仗助まだかな…?どこか悪いトコが見つかってたりしないよね?」
「1分置きに訊くんじゃない」

やれやれ…承太郎は飽きる事無く繰り返し訊ねてくる義弟の姿に溜息を吐いた。
さっきまでは救急車に乗るのは初めてだとはしゃいでいたクセに、仗助の姿が見えなくなった途端にこれだ。

『仗助、承太郎!あっち!あっちに逃げた!』

咄嗟に1番最初に名前を呼ぶ程、気に入っている相手なのだから、当然か。

「あっ!」

診察室の扉が開いた瞬間、まだ誰も出て来ていないのに九龍は嬉しそうな表情に変わった。



「れ、鈴美さん、い…行っちゃうって本当ですか?」


一方、仗助の検査に付き添わなかった康一と露伴は鈴美に全てが終わった事を報告していた。

彼女は既に魂だけの存在。
今まで吉良に殺され、天に昇っていく同胞を幾度も見てきたのだから、2人が伝えなくても吉良の死も知っていただろう。
だが直接、鈴美にもう大丈夫なのだと教えたかった。

そして、話を聞き終えた鈴美は穏やかな表情で、自分も天に昇る事を康一達に伝えた。

「まだ、しばらく居てもいいんじゃないですか?この町の守り神がいなくなるって感じだし」
「ありがとう。でも、あたし達がこの町ですべき事はもう何も無いわ。この町を去る時が来たの、行かなきゃいけないの…それとも露伴ちゃん、あたしがいなくなったら寂しいって泣くかしら?」

鈴美は自分が吉良から救った、今では随分ひねくれてしまった可愛いご近所さんに問う。

「馬鹿言えよ!何故、僕が寂しがるんだ?前にも言ったが、この世の未練とか何とか言ってないで、さっさとあの世に行くのが正しい幽霊のあり方だってのは変わらない意見なんだぜ」
「………」

あまりに冷たい反応に、康一が無言で睨んでプレッシャーを掛けた。
すると露伴はとうとう根負けし、ヤケクソ気味に本音を叫ぶ。
伝えられるのは、これが最初で最後なのだ。

「ああ!分かったよ!最後だから、本心を言ってやるッ!寂しいさ!僕だって行ってほしくないさ!」
「…!」

鈴美の目に、涙が浮かぶ。

そこへ、治療を終えた仗助と承太郎達、吉良の一件に関わったスタンド使いがやって来た。


「さよなら、鈴美さん」
「死んだ人に言うのも何だけどよー、元気でな」
「オレも寂しいよー」

皆が口々に別れの言葉を鈴美に伝える。

「あんたは立派な女性じゃ。あんたの事は此処にいる誰もが忘れはしないじゃろう」

人との関わりで、最も重要な事は、記憶。
…相手の存在を覚えている事。
誰かに記憶され、存在を認識される事で初めて、人は自分の存在の証を残す。
理屈っぽく考える前に、誰もが当たり前の様に誰かが存在する証を残している。

九龍は、いつかの仗助の言葉を思い出していた。

『つーか、難しい事考えずにオメーが父ちゃんの事忘れたくねーって思うなら、忘れなきゃいいんじゃねーの?』

(やっぱり親子なんだね…)

横目で隣に立つ、間抜けだけど優しい少年の顔を見上げた後、九龍は鈴美に向き直る。

「忘れないよ。鈴美が居た事、鈴美がずっと戦ってた事。絶対、忘れない」


「ありがとう、みんな…さようなら、みんな…」

こうして15年間、孤独に闘い続けた鈴美と愛犬アーノルドは天に帰っていった。



──そして、九龍達が杜王町を離れる日が近付いていた。


>>次で4部は終わりです。

 



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