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11月2日、九龍・ブランドーは考える。

(女の買い物って長いな…)

身嗜みを整えたのは、彼女の要望でショッピングモールでの買い物に付き合うと約束していた為。
今年で12になる少女はまだ幼いが、こういう所はもう立派に女性だ。

少女の名は、静・ジョースター。

美しい黒髪を持つ日本人の彼女は、12年前に日本のS市杜王町でジョセフ・ジョースターが拾い、両親が見つからずに養女に迎えたあのスタンド使いの赤ん坊だ。

『そん時は、ワシが責任持って立派なレディに育てるよ』

今ではスタンドも制御出来るようになり、あちこちを透明化して行方不明騒動になる事も無い。
一時期同居していた最も身近な親戚で見た目の歳も近く、同じスタンド使いの九龍を年に何回か呼び寄せて外出に付き合わせるくらい、可愛いものだ。


「!」

ジャケットのポケットに入れた携帯電話が着信音を鳴らす。

この着信音はアドレス帳に登録していない番号からの着信に設定してある曲だ。
あまり外に交友関係を広げない九龍の携帯に知らない番号から着信が来るのは、稀である。
間違い電話だろうか、と思いながら九龍は電話に出た。


「──何だって?」


通話を終えると、九龍は急いで静に事情を話し、ジョースター家の運転手を呼ぶ。
可愛い叔母の買い物につき合っていられる状況ではなくなってしまった。



──空条徐倫。

義兄、空条承太郎の娘が轢き逃げで逮捕された。



『ああ…どうしましょう!ジョジョがッ!ジョジョがぁー!』
「落ち着いて、お義姉さん」

警察から徐倫逮捕の電話を受けた後、九龍が連絡を取ったのは空条『元』夫人だった。
承太郎は今、電話の繋がらないアフリカに仕事で出掛けている為、警察は承太郎の次に承太郎の同居人である九龍に連絡を入れたのだった。

何も知らない警察はともかく、最後に会ったのは19年前の九龍が今は20代の青年だと知っているはずなのに九龍の声に何も疑問を持たない彼女は、娘が捕まって相当動揺しているに違いない。

『こんな時にも"あの人"は仕事なのね…』

ようやく落ち着きを取り戻すと、彼女は海の向こうの元旦那への怒りを滲ませる。
以前にも似たような事があった。
5年前、徐倫は窃盗容疑で補導された。
あの時も承太郎は仕事で日本に渡っていた。

「流石に今回は事が事だ。連絡が行けば承太郎は戻って来る。僕からも連絡が取れるよう知り合いに頼んでみるよ」

それに、と九龍が続ける。

「頼りになる良い弁護士を紹介する。今、重要なのは徐倫を重い罪にさせない事だ」
『そ、それが…』

受話器の向こうで彼女は言葉を濁す。

訊けば、既に弁護士を付けてしまった後らしい。
こんなに早く…?
どこか違和感を覚えたが、もし頼りにならない弁護士なら切らせてしまえばいい。

──その時はまだ、楽観視していた。



SPW財団にアフリカに居る承太郎へのコンタクトを頼み、それから数日が過ぎた。

未だ承太郎は帰国出来ていないが、どうにか娘に起こった事態を伝える事だけは出来た。
後は、今日の裁判の結果を待つだけだ。

「昔はよく分からなかったが、どうやら私の父は昔、法律家を目指していた様だ」

裁判関係の本を読みながら、九龍は目の前の財団職員に話し掛ける。

「それは、空条博士とのですか?それとも…あの吸血鬼のDIOですか?」
「フフ、その吸血鬼のDIOだよ」

目の前の職員は意外そうな表情をした。
年配の彼は財団でも古株で、まだ新米だった頃に承太郎達のDIOを倒すエジプトの旅にも間接的に関わった経験を持つ。

「勿論、私が幼かった頃の話ではないよ。私が産まれるずっと昔、此処の創設者が生きていた頃の話さ」

あの頃は分からなかった。
毎日、ジャンルを問わず多くの本を読み漁っていた九龍の父が法典の本を開くと、九龍に『懐かしい』『昔はこれで勉強していた』と語るのだ。
恐らく、九龍が無知な子供だから自身のそんな過去を話せたのだろう。


「私は半端者だから何が良かったのか解らないが、父は人間の人生を捨てて何故吸血鬼になったのだろうな…」


意地悪な質問で職員を困らせていると、もう1人の職員が部屋に駆け込む。

「た、大変ですッ!ブランドーさんッ!」
「大変なのは君の姿だよ。汗だくじゃないか」

息を切らしてやって来た青年にティーカップを差し出すが、青年は受け取らずに話を切り出した。

「判決が出ました!空条徐倫、懲役15年ッ!」
「…長いな。何かあったのか?」

轢き逃げの証拠隠蔽と前科があるにしては罪が重い。

「それに早すぎやしないか?」
「うむ、確かに」
「そ、それが彼女…空条博士の娘さん、どうやら司法取引に応じたそうなんです…」

青年は机の上に今日の裁判の資料を置く。

「司法取引だと…?チッ、何をしているんだか」

これでは刑を軽くする為の控訴も出来ないではないか。
苛立ちながら、九龍は資料に目を通し始めた。


「………。この内容、とても司法取引したくなる話に見えないな」


最初、取り調べでは徐倫は頑なに殺人容疑を否認していた。
司法取引とは弁護士費用を抑える為や基本的に罪が軽くなる為に行う物だ。
裕福で無罪を主張していた人間が15年の刑期に応じるだろうか。
判決が出た後、彼女は驚愕し、裁判官ではなく弁護士に猛抗議したらしい。
証拠隠滅にまだ生きている被害者を殺したとはどういう事だ、と。


「…調べて欲しい事がある」
「はい、何でしょうか!」

九龍が自分と同年代だと知る青年は畏まった態度で答える。

「空条徐倫の弁護士と検察の調査、それと被害者の遺体を入手してくれると尚良いな。『空条博士』の娘だからね、出来るだけ早く頼むよ」


>>承太郎達の前じゃない場合の主人公。

 



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